37歳から不妊治療フルコースした私が台湾で卵子提供を受けるに至るまで

37歳から不妊治療フルコースした私が台湾で卵子提供を受けるに至るまで

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/09/11
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子どもが授かるということは、欲しくても必ずという保証はありません。国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、子どものいない夫婦の55.2%が不妊を心配し、不妊の検査や治療を受けたことがある、または現在受けている夫婦は全体で18.2%、子どものいない夫婦では28.2%。つまり6組に1組の夫婦が治療をしているのです。

さらに、女性には仕事との両立という問題もあります。現在不妊治療に挑む夫婦のアンケート調査では、その治療をするために退職せざるを得なかったという答えも多くあります。

米系大手ヘルスケア企業の台湾法人にて社長をつとめる新垣りえさんは、キャリアを積み、充実した仕事をしながら、不妊に悩む一人でした。37歳から3年以上にわたる不妊治療の末、卵子提供を受けるという決断をし、現在妊娠しています。FRaU Webにてその実体験を率直に綴っていただく連載第1回は、日本での不妊治療ののち、台湾での卵子提供治療を決断するまでのことを伝えてもらいます。

「23歳の卵子の力ってすごい!」

今年の3月10日、台湾の自宅で手元のスマホを見ながら、「23歳の卵子の力ってすごいなぁ」と笑いながら独り言をしていた。台湾のコウノトリ生殖医療センターのアプリ上で、6日前に夫の精子を授精させた卵子の培養結果を見ていたのである。匿名の台湾人女性から採取されしばらく凍結されていた20個の卵子は、解凍され、15個が正常受精卵となり、しばらくの培養ののち、9個が良質な胚盤胞まで育っていた。その結果通知が、写真とともにアップされているのだった。

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クリニックが運営するアプリで見られる、新垣夫妻の受精卵培養の様子と結果。右の画面で9個が胚盤胞育って凍結保存されたと書かれているのがわかる 写真提供/新垣りえ

日本で3年以上にわたり自分の卵子を使って高度不妊治療を続けてきた私は、採卵や顕微授精の結果が芳しくない時や、受精卵を移植しても妊娠判定が陰性の時に、幾度も「妊娠まで至らない主な要因は卵子の老化」という説明を受けてきた。昨年末に、41歳を目前にして台湾への駐在が決まったことをきっかけに、日本での自己卵子での治療に区切りをつけ、台湾で20代のドナーから提供いただいた卵子を使っての顕微授精に踏み切ったのである。

1回の挑戦で9個も妊娠確率の高い良質な胚盤胞が獲得できたという、想定を遥かに上回る結果に驚嘆すると同時に、今までどうしても自分自身のこととして受け止めることができなかった「卵子の老化」という現実が、妙にストンと腹に落ちた瞬間だった。

37歳から不妊治療をスタート

私の日本での不妊治療開始は2015年の5月に遡る。日本ではステップアップという考え方に基づき、タイミング法から治療を開始し、人工授精から体外受精・顕微授精へと治療が進んでいく。

体外受精以降は高度不妊治療と呼ばれる域であり、排卵誘発の方法・強度によって、完全自然周期法・低~中刺激法・高刺激法まで選択の幅がある。私の場合、37歳の年にタイミング法を数ヵ月試したが妊娠の兆候がなく、38歳を目前にした2015年10月に高度不妊治療にステップアップすることにした。

都内の不妊治療専門医院の中でも、低刺激法で評判が良かったこと、職場の割と近くであること、また、入籍していない事実婚カップルでも同意書があれば治療をしてもらえるという3つの理由で、S産婦人科を選んだ。

治療開始時は、「数ヵ月真面目に治療をすれば妊娠できる」と楽観的に構えていた。「37歳を境にした妊孕力の大幅な低下」「卵子の老化」などの知識はあったものの、現代の高度不妊治療技術をもってすれば何とかなるはずと、希望の方が圧倒的に大きかったのである。

この時は、その後の不妊治療が3年にも及ぶとは、また、卵子提供という選択をすることになるとは想像だにしていなかった。

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大手自動車メーカーへ就職後、ハーバードビジネススクールでMBAを取得。米系戦略コンサルティングファーム勤務を経て、米系大手ヘルスケア企業へ転職と、キャリア形成に力を注いできた新垣さん。20代で妊孕力について考えることはないし、30代で「妊孕力の低下」についての多少の知識はあっても「自分は大丈夫なはず」と思っていた Photo by iStock

「出口の見えないトンネル」の意味

不妊治療はよく「出口の見えないトンネルを歩き続けるよう」と表現される。その意味が本当に分かるのは、ある程度治療を重ねて結果が出ないことに苦しんでからだった。

1年目は、個々人に適した治療法を見極める過程であり、排卵誘発方法、卵子を成熟させる方法や採卵タイミングなどの組み合わせを、治療周期毎に先生と話し合いながら最適化していく。この過程では、結果が出なかった周期毎にガッカリはするものの、先生から激励の言葉とともに次の一手に関する提案もされるので、「よし、次の周期こそ」と立ち直るスピードも早い。

私の場合、2016年の5月に5度目の採卵・3度目の移植で妊娠陽性反応が出て、胎嚢が確認できる前に化学的流産になってしまった経験がある。一度は着床しかけたということから、「妊娠する力はある! 私の卵子はまだ使える」と、より一層治療に前向きになれる局面でもあった。

ただ、その後何度顕微授精を繰り返しても結果は出ず、徐々に採卵結果や受精・培養結果が思わしくなくなってきた。治療2年目に入る頃には焦りに駆り立てられ、いよいよ「出口の見えないトンネル」に突入することになる。

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病院に治療にいく前段階から、妊娠検査薬で一喜一憂する女性は多くいる。子供を望む人が妊娠するには女性の体への知識も大切なのだ Photo by iStock

治療中に会社で執行役員に昇格

2016年半ば以降が治療2年目にあたり、39歳を目前にして「後悔しないように出来ることは何でもやる」というストイック期に入っていった。漢方、サプリ、鍼灸、温活、適度な運動・睡眠時間の確保など、「妊孕力を向上させる効果がある」と言われていることは何でもやるという姿勢だった。

ただ、この年は、会社で執行役員に昇格し、より大きな責任を任せてもらった年でもあった。4週間先まで会議や出張予定が詰まっているスケジュールを常に睨みながら、どうやったら今周期の治療と仕事を両立させられるかということを考えなければいけない。

自分の力ではコントロールできない生理開始後3/4日目・排卵日・採卵日などを中心に治療計画は組まれるので、これらの日が大きな会議や重要な出張に当たってしまっている場合は、その周期の治療を諦めるか、アシスタントに頼んで細々とスケジュールを再調整してもらう必要がある。

スケジュールが調整できても病院での待ち時間は読めない。この後の会議に間に合うかどうか病院待合室でヤキモキしていることも多かった。いずれも執行役員1年目の私にとっては精神的な負荷が大きかった。また、採卵直前で早めに寝たい日に外せない会食が入ってしまったり、ヨガに行く予定だったのに会議が長引いて行かれなくなったりなど、「出来ることは何でもやる」と宣言しておきながら、実際には諸々制約があることも大いにストレスになっていた。今振り返れば、希望の方が大きかった1年目の反動もあって、トンネルの中で空転しはじめた2年目だった。

「もうダメなのかもしれない」

治療3年目にあたる2017年半ば以降は、「もうダメなのかもしれない」という思いが何度も頭をよぎり、不妊治療の止め時を考え始めていた。治療開始から採卵は15回以上にも及び、移植は10回したものの妊娠には至らず。統計的にも6回目の移植までは妊娠率が上がっていくが、その後は移植を繰り返しても妊娠率は頭打ちになるということが示されている。

私の場合、これまでに生活改善の自助努力をしつつ、不育症の精密検査も受け、軽度弓状子宮の所見に基づく外科的手術も受けた。さらに病院に薦められたオプション治療も一通り試しており、もう「今周期は治療方法がたまたま合わなかっただけ」では説明がつかないことは本人が一番よく分かっていた。

また、先生からも「これといった原因は見つからないし、考えられる手は全て打ってきているので、卵子の質としか説明しようがない」と、もはや新たな治療提案は出てこなくなってきていた。

「海外で卵子提供を受ける」という選択肢

2018年5月にS産婦人科で、直近実施した2段階胚移植の結果が陰性であったことを告げられた際に、院長先生からこう切り出された。
「このまま、質の良い卵子が出てくる周期まで今までと同じ治療を続けるということもできるけど、海外で卵子提供を受けるという選択肢もありますよ」
「ああ、遂に万策尽きてしまったのだな」と冷静に受け止めつつも、卵子提供を受けてまで子供が欲しいかどうか自分の覚悟の程が分からず、「はい、考えてみます」とだけ答えて診察室を後にした。

この時は結局、自己卵子での治療を諦めきれず、高刺激法での治療成績が良いと評判のTクリニックへ転院したのである。

その後卵子提供について調べてみると、日本ではまだ法整備が進んでいないため国内で提供を受けることは極めて困難であること、最近では米国に加えて台湾で卵子提供を受ける日本人女性が増えていること、卵子ドナーの年齢が若いので40歳を超えて治療を受けても妊娠率は高いこと、などが分かってきた。

まだ日本国内での自己卵子での治療に一縷の望みをかけていた私に、上司から台湾駐在の打診があったのは2018年も夏を過ぎた頃だった。この瞬間に「台湾で卵子提供を受ける」という選択肢が俄かに急浮上してきたのである。「もしかしたら、こういう宿命だったのかしら?」スイッチが入るとはまさにこのことで、ここから一気に台湾のコウノトリ生殖医療センターの卵子ドナー申し込みまで突き進むことになる。

次回は9月25日公開予定です。

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