日経新聞で何が起きているのか 記者の大量退職、“物言う株主”に狙われたテレ東の運命は

日経新聞で何が起きているのか 記者の大量退職、“物言う株主”に狙われたテレ東の運命は

  • 文春オンライン
  • 更新日:2022/06/24

ジャーナリスト・小松東悟氏による「日経新聞で何が起きているのか」(「文藝春秋」2022年7月号)を一部転載します。

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最大の焦点は「天下りの禁止」

これからピークを迎える大手企業の株主総会シーズン。そのなかで、財界が密かに注目しているのが6月16日に予定されているテレビ東京ホールディングス(HD)の株主総会だ。民放大手、いわゆるキー局のなかで格下の扱いであるテレビ東京の総会がそこまで関心を集めるのは、今回の総会のテーマが同社の筆頭株主である日本経済新聞社との関係だからだ。そして、それは日本の経済報道をリードしてきた日経が覆い隠してきた宿痾の病巣でもある。

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日本経済新聞本社 ©時事通信社

テレビ東京HD(以下テレ東)は日経が32.6%を出資する持分法適用関連会社だが、同社の社長は1973年就任の佐藤良邦氏以来、半世紀にわたって日経からの「天下り」ばかり。実質的には植民地だ。

それがテレ東の経営効率を下げている、とかみついたのが、香港を拠点とする米国系投資会社、リム・アドバイザーズだ。アクティビスト・ファンド(いわゆる「物言う株主」)として著名な同社は4月14日、テレ東の定時株主総会に合わせて株主提案書を送りつけた。そこには、普段は日経からの指弾を恐れている財界人が溜飲を下げるような批判が並んでいた。

リムの提案は以下の7項目だ。

1 日経からの天下りの禁止
2 顧問等の廃止
3 社外取締役の選任
4 取締役報酬の個別開示
5 資本コストの開示
6 政策保有株式の売却
7 剰余金の処分

これらの論点はいずれも相互に関連しているが、最大の焦点は「天下りの禁止」である。

テレ東の取締役トップ3である小孫茂会長、石川一郎社長、新実傑専務はいずれも日経で取締役を経験した人物だ。さらに、この6月からは同じく日経出身の吉次弘志・常務執行役員が常務取締役に就任する。そうなれば社内取締役7人のうち4人が日経、プロパーは3人のみになる。

ほかの民放大手にも全国紙の資本が入っており、新聞社から経営者を迎える慣行はある。しかし、テレ東以外の局ではプロパーの社長も出ており、出資比率3割強の日経によるテレ東への強権支配は異様といっていい。

こうした要求を突き付けられ、テレ東はもちろん日経もパニック状態となった。翌日には、東洋経済オンラインのスクープにより株主提案の内容は市場の知るところとなった。

日経に牙をむいた元記者たち

パンドラの箱を開けたのはリムの日本投資担当者である松浦肇氏。実は日経新聞出身だ。1995年に入社し、主に証券部で数々のスクープを放ったが、ニューヨーク特派員を最後に退職。現地で産経新聞の編集委員を務めた後、金融界に転じた。

実父の松浦晃一郎氏は駐仏大使やユネスコ事務局長を務めた大物外交官。「日英仏のトリリンガルで、米コロンビア大学で複数の修士号を取得するなど経歴的にはピカピカ。だが、本人は坊主頭で筋骨隆々、むしろ野武士を思わせる人物だ。これまでの投資先を見る限り、本気で『世直し』のためにアクティビストをやっているふしがある」(元同僚)。

その野武士が、テレ東の新たな社外取締役候補として連れてきたのはこれまた日経OB。自らが師と仰ぐ阿部重夫氏だ。在職中に日本新聞協会賞を2回受賞した古豪である。

阿部氏は退社後に複数の媒体で編集長を務めた。月刊誌『選択』編集長時代には、2003年に当時の鶴田卓彦社長が退陣に追い込まれた際に日経の内情を徹底的に暴いた。

この事件は、当時日経新聞ベンチャー市場部長だった大塚将司氏が、社員株主として鶴田卓彦社長解任動議を提出した騒動に端を発する。子会社ティー・シー・ワークスでの融通手形操作によって巨額の損失が発生したことと、不適切に会社経費を使用した疑惑によるものだ。鶴田氏はスキャンダルにまみれて退場したが、大塚氏も1度は懲戒解雇された後味の悪い展開だった。『選択』2003年3月号は、日経の企業風土を端的に描いた。

〈組合は御用組合、融資銀行は日経に気兼ねしてモノ申せない。株主投票は記名式で、秘書室は開封して×をつけた株主をチェックする。逆らった社員には人事の報復が待つ。まさにコーポレートガバナンスの北朝鮮である。だから企業から『企業統治のお説教だけは日経から聞きたくない』と言われるのだ〉

鶴田元側近の「OK戦争」

鶴田事件当時の経営風土が今も変わらぬことを象徴するのが、日経とテレ東それぞれの最高実力者だ。

日経のトップである岡田直敏会長、テレ東の小孫茂会長は、鶴田事件の前後に秘書室長を務めていた。ともに鶴田氏の毎夜のクラブ通いに付き添い、ゆがんだ統治構造にどっぷりつかり、それに順応してきた。

2人はともに1976年に日経に入社した。20人ほどしか採用されなかったという少ない同期のなかで、早くからお互いを意識していた。小孫氏は日経の多数派だった早稲田大学出身で、岡田氏はこのころは珍しかった東大法学部卒。記者としての力量に自負が強い小孫氏は、事務処理能力がとりえで入社当初から経営者になりたがっていた岡田氏のことを軽んじていたという。

性格は対照的だ。寡黙な岡田氏に比して小孫氏は気性が激しく、ゴルフ場でもキャディーを怒鳴りつける悪癖で知られる。大企業トップには珍しいキャラクターの持ち主というほかない。「最近は怒鳴るのは我慢し静かな口調でおどすので、よけいに怖い」(テレ東関係者)。

一方の岡田氏は「そもそも人づきあいが苦手で、記者時代も取材対象への食い込みを競うスクープ合戦とは無縁。さしたる功績もなかったが、企画づくりの手際はよかった。日経新聞の仕事はニュースの解説だと思っているようだ」(日経のベテラン記者A氏)。これでは水と油だろう。

日経の本流である経済部のエリートコースを歩んだ2人は社長レースでもデッドヒートを繰り広げた。社内で「OK戦争」と言われる全社を巻き込んだ争いの結果は岡田氏に軍配が上がり、小孫氏は涙をのんでテレ東に転出した。それまでテレ東社長の座は、歴代の日経トップが論功行賞のために側近を「天下り」させるポストだった。そこに岡田氏に敗れた小孫氏が派遣されたことは、日経の人事抗争に上場会社であるテレ東を巻き込む結果となった。岡田氏が意に添わぬ人材をテレ東に放逐する一方で、小孫氏は同社の独立王国化を図ってきた。

たとえば2020年度にはテレ東本社ビルの貸し主である住友不動産の株を政策保有株(いわゆる持ち合い株)として大幅に買い増した。これは、政策保有株の存在は企業経営を歪めると紙面で繰り返し論じてきた日経の方針と相容れないはずだが、テレ東が押し切ったかたちだ。

日経に遺恨を抱える「天下り」に勝手なことをされるテレ東こそいい面の皮だ。「ニュース番組に、テレ東側は望んでいない日経記者の出演を押し付けられることも増えた」とテレ東関係者は語る。

今回、リムがコーポレートガバナンス(企業統治)について疑義をつきつけたことに、テレ東の現場社員は内心声援を送っている。同社経営陣は対決姿勢をとっているが、これはまさに天に唾するもの。読者にガバナンスの重要性を説いてきた企業の独善性を自ら暴露した。

外資が問題視する「天下り」

テレ東が無傷だったのは、アクティビストも日経を恐れていたからだ。それが証拠に、TBSHD、テレビ朝日HD、フジ・メディアHDなどほかのキー局はすでにアクティビストからリストラや増配などを厳しく求められてきた。PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回るのが共通点で、現預金や不動産を豊富に持っているわりに利益水準は低い。要は資産を有効に使えていないのだ。

2022年3月末時点でテレ東HDの純資産は898億円に及ぶが、足元の時価総額は約540億円。PBRは0.6倍にすぎない。同業他社と同じメタボ体質ということになる。テレ東だけが無事だったのは、日経を敵に回して記事で報復されるのは、一般企業はもちろんアクティビストにとってもリスクだからだ。

テレ東は5月12日にリムによる株主提案に対する「取締役会意見」を公表したが、事前に予想された通り一切要求に応じない「ゼロ回答」だった。株式市場関係者をあきれさせたのは、資本コストの開示を拒否したことだ。資本コストとは企業の資金調達に伴うコストのこと。資本コストを超えた事業収益率をあげていないビジネスは投資家の期待に応えているとはいえない。

テレ東は「競争に影響を与える情報である資本コストを広く一般に開示すると、当社が今後実施する成長投資へ向けた交渉等において、不利益が生じる恐れがある」として開示を拒絶した。同時に「当社グループは放送事業の免許を受け、災害報道等では国民に広く早く、かつ切れ目なく情報をお届けする義務があり(中略)相応の余裕資金や自己資本が必要です」と正当化した。

災害報道うんぬんの事情はどこのテレビ局でも同じ。他局と比べてテレ東の情報開示に関する姿勢はひときわ消極的で、経済報道を看板とする企業とは思えない。

政策保有株については「段階的かつ可及的に速やかに売却していくことが適当」としながらも「様々な経緯を踏まえて現在の状態になっている」と開き直った。

日本の株式市場で大株主や主要取引先からの「天下り」禁止は大きなテーマになっている。リムは2021年には平和不動産、2022年には鳥居薬品に、取引先や親会社からの天下りの禁止を求める株主提案を行った。

コーポレートガバナンスに詳しいギブンズ外国法事弁護士事務所のスティーブン・ギブンズ氏は、一般論としつつ、「大株主の企業で出世できなかった人間を『天下り』させるのは、子会社の経営効率を悪化させる。これはまさに、大株主には利益となる一方、子会社の一般株主には不利益をもたらす『利益相反』に当たる」と話す。

こうした議論は外国人を中心に機関投資家の賛同を得やすくなっており、松浦氏はそこに勝機を見出しているのだろう。

5月20日にテレ東はオンライン形式で2022年3月期の決算説明会を開催した。その場では投資家、アナリストから「日経との提携による売り上げ、営業利益の比率はどれだけあるのか」「6月からの人事案では社内取締役の過半数が日経出身となるが、狙いは何か」といった質問が飛んだ。リムの株主提案を受け、日経との関係に投資家からも厳しい目が向けられている。

リムのテレ東株の所有比率は1%台と見られる。今後の焦点は6月16日のテレビ東京HDの定時株主総会でリムの提案がどれだけの賛成票を集めるかだ。日経が3割強の株を押さえていることを考えれば、いずれかの議案で10%以上の賛成票を集められればリムとしては満足だろう。その場合は来年以降も繰り返し株主提案をつきつけ、テレ東のガバナンス改善を求めるとみられる。

現場を殺す「デジタルシフト」

アクティビスト襲来という「外患」の前に、日経は「内憂」も抱えていた。岡田氏が進めてきたデジタル路線の行き詰まりと記者の大量離脱だ。

ジャーナリスト・小松東悟氏による「日経新聞で何が起きているのか」は、「文藝春秋」2022年7月号と「文藝春秋digital」に掲載されています。

(小松 東悟/文藝春秋 2022年7月号)

小松 東悟

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