大奥で猫が人気者だった!? あの篤姫は無類の猫好きだったという事実

大奥で猫が人気者だった!? あの篤姫は無類の猫好きだったという事実

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/02/21
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マンガ/山村 東

弥生時代から日本に猫は存在していた?

2月22日は「にゃんにゃんにゃん」の『猫の日』だ。1987年に愛猫家の学者・文化人が構成する、猫の日実行委員会と一般社団法人ペットフード協会が『猫の日』として決定したのだという。

ちなみに、ヨーロッパ諸国にも猫を祝う『World Cat Day』という日があり、こちらは2月17日。他にも、国際的な動物愛護団体が定めた『International Cat Day』は8月8日で、どんだけ猫、愛されちゃってるの?ってぐらいいろんな国で猫の日が設定されている。

中世ヨーロッパでは、魔女狩りの犠牲になり受難の時代もあったが、熱心に働くわけでもなく、ツレナイ性格であるのに、世界中で愛される猫。なぜそんなにもヒトは猫に惹かれてしまうのか? 猫沼にハマった歴史上の人物とともに、江戸時代の猫愛を題材にした漫画『猫奥』をご紹介しよう。

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中世ヨーロッパでは受難の歴史もあったが、熱心に働かずとも、長い友達の猫。なぜヒトは猫をこんなにも愛するのだろうか。photo/Getty Images

現在、私たちが愛でている猫は「イエネコ」と呼ばれるが、2007年にDNAの解析でその祖先はなんと、約13万1000年前(更新世末期)までさかのぼることがわかった。中東の砂漠(現在リビアがあるあたり)に生息していた亜種リビアヤマネコの血をひいているというのだ。

日本にやってきたのがいつか厳密にはわかっていないが、平安時代に穀物を守るために大陸から連れてこられた説が長く続いていた。ところが、2011年に長崎の壱岐島のカラカミ遺跡(約2千年前の弥生時代後期半ば)から、馬やネズミなど動物の骨がたくさん見つかった。そして、その中に猫の骨も発掘され、弥生時代にはすでに猫はいた説が浮上。韓国の同じ時代の遺跡からも猫の骨が出土していて、この時代アジア諸国に猫は生息していたともいわれている。

No Cat,No Lifeな歴史上の人物

ネズミなどから穀物を守るために重宝されたといわれる猫だが、猫はそんなにマメにはヒトのために働かないし、気ままだ。ネズミが獲りたいと思ったら獲るし、めんどくさいと思ったら興味も示さない。昔もそうであったに違いない。それでもこんなにも長く愛されるのは、やっぱり無類の可愛さがあるからに違いない。

歴史上にも、そんな猫の可愛さ、猫沼に堕ちた人たちがいる。

時は平安時代、第59代の宇多天皇(867~931年)は、無類の猫好きとして有名だ。飼育する黒猫について書物を残している。書いてあるのはこんな内容だ(超訳です)。

「他の猫の毛色はぼやけているのに、うちの猫ときたら漆黒の墨。いわゆるつややかでとっても美しい黒毛(自慢)。伏せた状態で足もしっぽも見えない感じに丸くなるとまるで黒い宝石(うっとり)。さらに、足音をさせないで歩くときは龍みたいだし、ネズミを捕るのも他の猫に比べてものすごく上手!(ベタ褒め)」

そして、猫の目を見つめて、「私の気持ちがわかるかい?」と猫に尋ねて、自己完結して胸がいっぱいに……(ハート)。宇多天皇の猫愛はかなりのものだ。

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中世の魔女狩りでは虐待されたこともあった黒猫だが、宇多天皇は溺愛していた。何をやってもかわいい、は今も昔も変わらない。photo/Getty Images

猫好きといえば、歌川国芳。そして『猫奥』!

ちょっと時代は進むが、江戸時代の猫好きといえば、やっぱり浮世絵師の歌川国芳(1798~1861年)を忘れてはいけない。美人画にもやたら猫が登場し、猫を擬人化させた作品もとても多い。国芳が描く猫は、置物のような決まりポーズではなく、猫ならではの柔らかく自由でしなやかな動きが多いところも魅力だ。

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歌川国芳が描く猫はポーズが超リアル。photo/Getty Images

国芳がリアルに猫のありのままを描けたのは、たくさんの猫と暮らしていたからだ。多いときには数十匹とかなりの多頭飼い。国芳が描いた自画像には、部屋中に猫がワラワラと描かれている。さらに、猫が亡くなると猫の戒名や仏壇なども作り、人よりも猫への愛情が強かったとも伝えられている。

歌川国芳同様、江戸時代の猫好きに、山東京山(1769~1858年)という戯作家がいる。この二人は猫を題材にタグを組んで作品を残している。共作の『朧月猫の草紙』は、現代でもファンが多い。カツブシ問屋のメス猫のおこまちゃんがとらさんと駆け落ちし、さまざまな珍事件や出会いのてんやわんや。猫好きだからこそ描けた、おこまちゃんの天真爛漫なかわいらしさもたまらない。

「実は、私も『朧月猫の草紙』は大好きな作品です。猫の史料としても欠かせませんね。江戸時代の人たちが、どんな感じに猫を飼っていたのか、人々が猫にどんな感慨を抱いていたのかが想像できて楽しいですね」と話すのは、週刊モーニングで『猫奥』を連載中の漫画家の山村東さんだ。

この漫画『猫奥』、猫好きたちの間でちょっとした話題になっていることをご存じだろうか。

舞台は、江戸時代末期の大奥。大奥に仕える女性たちのほとんどは生涯独身……。そんな彼女たちの楽しみ、癒しとなっているのが、なんと猫! 猫を愛でることだった! という、猫好きには思わずにんまりしてしまう、たまらない設定なのだ。

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山村東さんの『猫奥』。江戸末期の大奥で仕える女性たちと猫たちの日々を描いている。(C)山村東/講談社『猫奥』

あの大奥御年寄の「瀧山」が! なんと猫好き!?

「『猫と大奥』という組み合わせは、最初からあったわけではありません。当初考えていたのは、“ちやほやされて育った猫が庶民の家にやってきて、生活のギャップに戸惑う”というものだったのです。全然違いますよね(笑)。打ち合わせする中で、贅沢な暮らしをしている猫とは?と、設定を考えていく中で、大奥が出てきました」

最初は江戸を舞台にするなら、『朧月猫の草紙』のおこまちゃん的な町人の家の猫設定で、大奥は全く出てこないはずだった。それなのに、担当編集の方と話しているうちにどっぷり大奥設定になっていったのだという。

そして、物語の主人公的な立ち位置にいるのが、大奥系のドラマでは御馴染みの、あの「瀧山」だ。瀧山は、江戸幕府13代将軍徳川家定・14代家茂時代の将軍付御年寄。大奥の秩序を守り取り仕切る役回りとして、ドラマや映画では、いつも厳しく凛とした姿で描かれている。

その瀧山がこの『猫奥』では、猫好きなのに素直に気持ちを表現できず、屈折しまくる、なんともかわいく尊い姿で登場するのだ。

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大奥女中の有名人、あの「瀧山」の猫愛がなんとも尊い……。(C)山村東/講談社『猫奥』

「実はそんなに大奥に詳しかったわけではないのです。大奥にいた人物?と考えたときに、瀧山くらいしか思いつかなくて……(笑)。登場する猫は、滝山が飼っている猫ではないんですね。その設定もなんとなくですが、瀧山が飼っている猫ではないなぁ、瀧山は人の猫を愛でてしまうイメージかな? ということから始まったのですよ」と、山村さんは話す。

だが、調べてみると、どうも瀧山がいた時代、大奥には猫がいた可能性が非常に高い。というのも、瀧山が仕えていた徳川家定の正妻であり、家茂の継母である篤姫(天璋院)はかなりの猫好きで実際飼っていたのだという。しかも、その溺愛はかなりのもので、1年間の餌代がなんと25両(現代のお金で250万以上!)もかけていたという逸話もある。

『猫奥』はあくまでもフィクションだが、実際に瀧山は、幕末の混乱期に猫で心を癒していたのかもしれない。

そして『猫奥』で猫に萌える瀧山の気持ちは、猫好きならめちゃくちゃ共感してしまうことばかりだ。こんなふうに描けるということは、もしかして山村さん自身も相当な猫好きなのでは? と思い、「山村さんにとって猫とはどんな存在ですか?」とたずねてみると、めちゃくちゃシンプル「神!」とだけ回答いただいた。
あ、山村さんも、宇多天皇、歌川国芳、山東京山、篤姫に負けぬほどの猫バカ、いや猫好きだったのですね、と納得いたしました!

今も昔も、やっぱりヒトは猫が好きなのだ。猫の日に改めて思う、猫がいる星に生まれてよかった……!

山村東さんの人気漫画『猫奥』のその1~5までの試し読みはこちらから↓

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マンガ『猫奥』の1巻をまとめて読みたい方はこちら↓

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