環境変化「しょうがない」住民の「反対」のみ込んだ豪雨

環境変化「しょうがない」住民の「反対」のみ込んだ豪雨

  • 西日本新聞
  • 更新日:2020/11/21
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再始動 川辺川ダム(中)

谷あいに注ぐ日差しを浴び、川面は光り輝いていた。豪雨災害から4カ月半。川沿いには解体を待つ家が骨組みを残す。復興のペースは自然の回復力には及ばない。

球磨川中流域、熊本県八代市坂本町の下鎌瀬集落。誰もが清流の恩恵を受けて育った。自宅の平屋が全壊した宮瀬勝士さん(65)は、被災してもなお「年齢を重ねるほど川がいとおしくなる」。片付けに追われ、県が開いた治水策の意見聴取会には参加しなかった。

その聴取会で得た「民意」で決めたとする19日午前の蒲島郁夫知事の意向表明。上流の川辺川へのダム建設容認を宣言するインターネット中継の画面に目を凝らしたが、途中で離れた。「自分たちの声が聞こえているとは思えない」。ダム建設を巡る議論はどこか遠い。

繰り返される氾濫に対し、流域では河道掘削をはじめ一部で対策を進めてきた。地元集落でも3メートルほど宅地がかさ上げされたものの、25軒のうち20軒が被災。「もう安全だと思っていたのは、油断だったのかもしれない」。不平、不満はのみ込むようにした。

そこから上流へ40キロ。西南戦争の翌年、1878年から続く人吉市中心部の球磨焼酎蔵元「渕田酒造場」。製造設備が水に漬かった社長の渕田将義さん(63)は、過去4回の被害を乗り越えた創業地からの移転を決めた。街から明かりや人影が消えるのは忍びない。だが今回の氾濫は想像を超えた。

不安はあった。幼少期に比べ、川底は年々土石がたまって浅くなっていた。「できる対策をなんで進めなかったのか」。足元の基礎的な対策を欠いた行政への不信は拭えず、「ダムができても水害は防ぎきれない」と言う。聴取会にも足を運んだが、ダムありきで進んでいると感じただけだった。

蒲島知事は意向表明で、意見聴取を通じて自身が感じ取ったという流域住民の川に対する「深い愛情」について触れた。特に印象に残ったのが「球磨川は悪くない」「清流を守ってほしい」と語る姿だと話し、命と環境の両立との考え方を導いたとした。

共鳴する流域住民もいる。川から約500メートル離れた自宅が初めて浸水したことで治水に関心を持った人吉市中心部の城本雄二さん(71)。新聞の切り抜きや資料を集めたファイルは6冊に及ぶ。環境負荷が小さいとされる「流水型ダム」なら多くが受け入れられると考え、町内会長を務めるエリアや周辺を回り、集めた51世帯分の署名を県に提出した。

流水型ダムという人の知恵で生み出した新たな構造物を配することで「人命と自然の調和を目指してほしい」と願う。犠牲を無駄にしてほしくはない、と考えるからだ。

アユ釣り客向けの宿を営む母を失い、知事の言葉をしっかり聞きたいと思っていたという球磨村の平野みきさん(49)。「ダムには反対だったけれど、環境が変わってきたのならしようがない、と自分を納得させています」。やむなく受け入れた住民は相当に多い。 (梅沢平、中村太郎)

西日本新聞

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