結婚10年を目前に夫が行方不明...911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」

結婚10年を目前に夫が行方不明...911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/07/21
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結婚10周年の日、テロに巻き込まれた夫は行方不明のまま……そんな状況に陥ってしまった杉山晴美さん。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが起きた日、夫の陽一さんは2回目に突入したワールド・トレード・センター・ビルのサウスタワーにいた。
あの日を忘れてはならないと、2002年に晴美さんが出版した著書『天に昇った命、地に舞い降りた命』を再編集し、書下ろしとともに伝える晴美さんの連載「あの日から20年」、7回目の前編では、晴美さんが陽一さんと大学のサークルの先輩後輩として出会ったときから距離が縮まるまでのことをお伝えする。

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Photo by Getty Images

杉山晴美さん連載「あの日から20年」今までの連載はこちら

夫との出会い

結婚10年を目前にして、夫が行方不明になるという残酷な体験。ほんとうに辛かった。いまだって、辛い。では、この結婚、しなかった方がよかったか? いっそ彼と出会わなかった方がよかったか? そうすれば、このような辛い思いをせずにすんだかもしれない。

もちろん、そんなこと思うはずはない。やはり、いまどんなに辛くとも、彼との出会いは、わたしにとって、一生涯忘れられない、大切な宝物なのである。

宝箱の中の、その出会いを、いまもう一度確かめてみよう。遠い、遠い記憶ではあるが、けっして失いたくはないから……。

わたしは立教大学時代、スキーのサークルに所属していた。それは、大変厳しいサークルで、夏場は、週3回の陸上トレーニングでみっちり体力を養い、冬場は1月のテスト時期以外、合宿や大会のためにスキー場を転々とし、年間70~80日は雪上にいた。上下関係も大変厳しく、入部当初のわたしの、このサークルへの印象は、「軍隊みたい」というものだった。

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「スキーサークル」といいながら練習も上下関係もとても厳しかった(写真はイメージです) Photo by iStock

そんなサークルでの厳しい生活を3年間送り、現役を引退し、4年生になった。最高学年になると、軍隊のようなサークルも楽しいものである。「4年生の方」などと後輩から呼ばれ、神様のような扱いを受ける。

サークルでは、週1回、ミーティングが開かれていた。昼休みに教室に集まり、点呼のあと、報告事項やその他の話し合いなどが、持たれていた。わたしは、4年生になった最初のミーティングで、現在の夫の名前を初めて耳にした。新入生が集められていたのだ。耳慣れない1年生の名前を、この年の主将が呼んでいく。

「すみやま」
「はい」

このやりとりを聞いて、わたしは「すみやま」を「すぎやま」と間違えて聞き取った。

「あら、わたしと同姓の子が、入部したのね」

顔は確認できなかった。1年生は、大勢いた。どの子が杉山君かしら? 妙に気になったのをよく覚えている。しかし、この後名簿が配られても、杉山という苗字はわたし以外見当たらない。「?」おかしいと思いながら見直すと、「住山」という苗字が目に入った。「あ、そうか。この子なんだわ。なんだ、すみやまくんだったんだ」まだ、本人の顔を見る前から、「すみやまくん」は、わたしにとって一番印象深い1年生となった。

先輩後輩として合コンを

とはいえ、これがお付き合いのはじまりにつながっていくわけではない。同じサークルとはいえ、1年生と4年生の接点は、少ない。現役を退いている4年生は、練習や合宿にもあまり出席はしない。顔を合わせる機会もあったし、多少の会話もしたが、数えるほどだった。ただ、最初の名前の聞き間違いのため、何かにつけて印象深かったのは確かだった。

卒業後、わたしは某証券会社に入社した。入社2年目初夏、わたしは久しぶりに大学のサークルの飲み会に顔を出した。あの「すみやまくん」はすでに3年生になっていた。しかも副将だった。そして、その3年生のお仲間たちに、わたしはつかまった。
「先輩、僕たち、OLと合コンしてみたいです」
と言うのだ。当時はバブル全盛期。証券会社の女性社員と言えば、華やかな印象が大学生の中にもあったのだろう。そんな華やかな大人の女性たちとお酒が飲んでみたいと言う。話がまとまり、七夕の夜、大学生の男の子たち4人、社会人の女性4人という異色の組み合わせの合コンがセッティングされた。

その夜の飲み会は、大いに盛り上がった。陽気な飲み会だった。10数年前のあの夜の喧騒は、いまだによく覚えている。何をしても、何を話しても、笑、笑、笑、だった。ただ、わたしたち社会人にとっては特異な騒ぎでも、学生たちにとってはいつもどおり、珍しいものではなかろうと思っていた。

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Photo by iStock

しかし、翌日、わたしは1本の電話をもらった。
「ほんとに、楽しかったです。また一緒に飲みに行きましょう」
それが、夫からの電話だったのである。この電話こそが、すべてのはじまりだった。あの電話がなければ、案外それっきりだった気がする。無礼講は一夜限り。また先輩後輩にもどっていった気がするのだが、電話がきっかけで、わたしたちは、ふたりで会うことになったのである。

大恋愛、そして彼の就職

8月17日、夫の22歳の誕生日。その日、何の予定もなくてつまらないと彼が言うので、ならば一緒に食事をしようじゃないかということになった。何でも好きなものをご馳走するわ、とわたしは先輩風を吹かせた。彼のリクエストで、焼き肉屋さんでの初デートとなった。

それまでは、わたしは彼の人となりをほとんどしらなかった。名前は印象的であったものの、ほとんど生活の接点もなく、知りようもなかった。ただ漠然と、なんとなくちゃらちゃらした感じかな? 最近よくいる普通の大学生と思っていた。けれど、この日ふたりで出かけてみて、とても驚いた。

とにかく、真面目な努力家ということがわかった。厳しいスキーサークルということもあって、スキー一色になる部員も多かったのだが、大変熱心に勉強もしていることもわかった。博識で、話をしていても、まったく年下という気がしない。

この日、相当ふたりで話し込んだ。そしてそれ以来、毎晩のように電話で長話をし、週に何度かは仕事帰りに食事をしに行くようになった。一気に先輩後輩の壁は崩れていった。

あの頃の印象は、ふたりがお互い、同じ速度で近づいていったといった感じだった。どちらか一方が強いとかではなく、ぴったり同じ速度。ぴったり同じ歩幅で歩み寄っていった。それまで、わたしは「大恋愛」には無縁の人だと思っていた。どちらかというと、情に流されやすいタイプで、情がわいてしまうとそれに流されるタイプ。そう思っていた。しかし、彼とはまったく時間がかかることなく、「大恋愛」に陥ってしまったのである。

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晴美さんが22歳の時に出会い、早く結婚した陽一さんと晴美さん。晴美さんが先輩での出会いだったが、一気に距離が縮まっていた 写真提供/杉山晴美

◇後編「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは」では、「大恋愛」の末、陽一さんが晴美さんの姓に変えて社会人1年目に結婚した話、そして晴美さんが思う「夫婦」についてお伝えする。

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