日本企業はTNFDにどう向き合うべきか

日本企業はTNFDにどう向き合うべきか

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2023/11/21

生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」への注目が経済界で高まっている。「Forbes JAPAN 2023年11月号」では、有識者による提言や先進的なプレイヤーたちの取り組みを特集した。

2023年9月に第一版が発表された自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に日本企業はどう向き合うべきか。TNFDタスクフォースメンバーの原口真が解説する。

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、国連開発計画(UNDP)などの団体の提唱によって2021年6月に発足した国際イニシアチブだ。企業や金融機関に向けた自然関連のリスク管理・情報開示フレームワークを開発している。これは、ビジネスや金融と自然との関係を見えるようにするための「新しいメガネ」のようなもの。現在の自然を損失するネガティブな状況から、回復軌道にのせるポジティブな方向に、世界のお金の流れやビジネスのやり方を変化させていくことが主な目的だ。

規模の大小や業種業態を問わず、世界中の誰もが使える共通のフレームワークを目指して、開発にあたってはオープンイノベーション型のアプローチを取っている。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が開発中の新しいグローバルなサステナビリティ開示基準など、類似のベストプラクティス基準やツールとの整合性を取れるように連携していることはもちろん、ベータ版をこれまでに4回発表しており、市場参加者のフィードバックをもらいながら取り組んでいる(第一版は23年9月に発表)。

フレームワークは、先行している気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を踏襲し、「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクトの管理」「測定指標とターゲット」を4本柱に据えている。ただし、CO2などのGHG排出量を共通の測定指標として測ることができる気候と違い、自然の場合は多種多様なメトリクスでとらえていかないと実態を測れない。多くの企業にとって、どこから手をつけたらよいのか自前で判断することは難しいだろう。

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そこで、方法論として、「LEAP」というアプローチを提示している。自然との接点の発見(Locate)、依存とインパクトの診断(Evaluate)、重要なリスクと機会の評価(Assess)、対応し報告するための準備(Prepare)という4つの段階に沿って取り組みの手順を示したものだ。自然関連のリスク・機会は場所に紐づくため、Locateの作業はTCFDにはないTNFDの特徴といえる。1カ所からでもよいので、自分たちの事業と自然との接点がどこにあり、優先的に取り組むべき重要な場所はどこなのかを見つけることから始めてほしい。
もともと環境への取り組みが盛んで、データを収集してきた会社にとっては、世界共通のものさしで自社をアピールするいい機会となるだろう。ただし、そうした企業は今のところごく少数だ。また、自然への依存やインパクトを分析、評価するためのツールやデータ自体もまだまだ不足している。TNFDのメガネをのぞき込んだときに、事業が自然にインパクトを与えていることはわかっても、それがどの程度なのかは、なかなかはっきりと見えないだろう。TNFDとしてもそれは想定済みで、市場関係者の知見をもち寄りながら、時間をかけてじっくりと解像度を上げていきましょうというスタンスだ。

将来的には、TNFDに基づく情報開示が上場企業に義務化されていく可能性もあるが、今の段階ですぐに金融機関による投融資判断の材料にすることは難しいと見ている。日本企業には、情報開示に対応するメリット/デメリットを論じる前に、まずはこのメガネを使って自社と自然の関係性をのぞいてもらいたい。

実際に取り組んでいくと、日本企業の多くがサプライチェーン上のトレーサビリティを追えていないという弱みが浮き彫りとなるはずだ。これには、大企業が調達の多くの部分を商社に依存している日本固有の産業構造が影響している。昨今では、半導体や木材といった需要が高まる原材料などで日本企業が国際的に買い負けする状況が起きている。

商社からの調達が難しくなったとき、サプライヤーと直接交渉ができる関係をつくるという意味でも、トレーサビリティの確保は重要だ。NFDを通じて、自然資本のレジリエンスだけでなく、ビジネスのレジリエンスの向上にもつなげてほしい。

また、事業と自然との関係性をネイチャーポジティブな方向に転換することは、大きなビジネスチャンスになる。これは、上場企業だけに限った話ではない。例えば、大手の食品メーカーに原料を供給している中小のサプライヤーが、国内の自然豊かな土地で完全有機栽培を行っていて、IoTなどのテクノロジーを活用して、環境にどのくらい影響を与えているのかデータも収集しているとしよう。メーカー側からすると、彼らから調達すれば、TNFD対応のための上流の調査の手間が省けることになり、原料の価格が多少高かったとしても、優先的に取引したいと思うはずだ。

つまり、サプライヤーにとっては、新しい付加価値となる。TNFDは、リスクを評価する守りの側面だけでなく、ネイチャーポジティブ時代の攻めの経営に転じるための有用なツールでもあるのだ。

はらぐち・まこと◎MS&ADインシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進部 TNFD専任SVP、TNFDタスクフォースメンバー、環境省次期生物多様性国家戦略研究会委員、ネイチャーポジティブ経済研究会委員。

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