
新たなるピン芸人の誕生
以前の連載でもお伝えしたオジンオズボーンさんが解散した。約4カ月にわたる、おそらく業界初のコンビの終活を経てだった。私は一番近くにいた後輩なので、ぶっちゃけそうなるだろうとは思っていた。
後半はかなり見応えのある喧嘩に発展していったし、それだけリアルな、かつて見たことない「解散ショー」だった。
高松さんはキッパリと辞めるつもりだったのに、その精神状態で4カ月間お笑いの活動をするなんて、自分だったら脳みそがグニャグニャなると思う。
現に途中の高松さんは「辞めるつもりの体」に無理やり芸人モルヒネをガンガン打ちまくった結果、芸歴1年目と言われてもおかしくないくらい変なトランス状態のテンションになっていた。解散ライブを終え2023年を迎えた1月、Twitterのアカウントを消して一般の方になった。
もう我々は高松さんのことをイジってはいけない。高松さん23年間お疲れさまでした。またどこかで会いましょう。
そして篠宮さんのたくましさは続く。新年の1月7日、松竹芸能主催の大きなライブがあった。
「松竹大新年会」と銘打ったライブは、上は海原はるかかなた師匠や森脇さん、下は1年目の芸人まで集めた一大イベントだった。
そのオープニングが篠宮さんによるピンネタだった。なんやかんやで事務所に愛されているのがよくわかる。出番前の楽屋では、篠宮さんがパソコンに向かっているのが見えた。
篠宮さんには新しい相方ができた。
何も文句を言わない、スペックだけは高いmacという相方。彼を相手に一心不乱にキーボードを叩き、音を作っていた。その様子を海原はるかかなた師匠が不思議そうに見ていた。
先輩の解散が教えてくれたこと
解散により、篠宮さんは私と同じ「コンビ解散→ピン芸人」という、ちょっと厄介な形になった。
なぜ厄介なのだろうか。
事務所にとっては、ピン芸人より、コンビのほうが扱いやすいからだ。
コンビだと賞レースに出れる。決められたルールと納期までにネタを仕上げないといけない。だからマネージャーも具体的なダメ出しをしやすい。
ネタ時間は2分から4分。とても大雑把に言えば、その時間に収まるネタを作りまくればいい。そして、それをかけるネタライブをすればいいし、賞レースで勝つという明確な目標も最初から設定されているからモチベーションも保ちやすい。
さて、私たちは?
そう、茨の道へ。
なんでもありの領域であるが、最近話題になっている新たな賞レースもエントリー条件が16年以上のコンビに限られる。即席ユニットも不可。
「売れる」という幻をどうにかして掴みに行こうとするが、どこに手を伸ばしていいかわからない状態である。
ここで自分を奮い立たせる。
もともと俺たち芸人はそうじゃないか。賞レースがない時代もあったはずだ。私と篠宮さんだけがM-1がない時代に戻ったと思えばいいんだ。
そう、私たちはお笑いフリースタイルを問われている。新しい笑いの開拓者なのだ。そんなことを思いながら、ステージのオープニングを飾る篠宮さんのピン芸を舞台の袖から見ていた。
すると、森脇健児さんがすぐ横にいることに気がついた。森脇さんは松竹の大先輩だが、そこまで話したことはなかったし、すれ違ったときに挨拶をさせてもらう程度の関係性である。そんな私に笑顔で話しかけてくれる森脇さん。
「最近、調子いいな〜。頑張ってるやん!」
「あ……ありがとうございます!」
「でもな、もうそろそろやめよか、事務所の悪口。な? もう限界やろ。そろそろやめよう」
私のお笑いフリースタイルの縦軸が奪われた。
しかし、めげることはできない。私たち芸人は「面白さ」と同じくらい「たくましさ」も備えなければならないのだから。
オジンオズボーンの解散は私に大切なことを教えてくれたのだ。
(構成:キンマサタカ)
プロフィール

みなみかわ
1982年生まれ。大阪府出身。2015年7月〜2019年1月まで「ピーマンズスタンダード」として活動。 平成25年度 漫才新人大賞決勝進出。呼吸法で痛みをなくすロシアの武術「システマ」を体得。2008年にはピンで『あらびき団』(TBS)でプチブレイク。『エンタの神様』(日本テレビ系)にも定期出演。『ゴッドタン』(テレビ東京)、『お笑い向上委員会』(フジテレビ)、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)など人気番組への出演が続き、再ブレイク。Twitter:@p_minamikawa、YouTube:みなみかわ
みなみかわ