尾身会長の言葉とは真逆。「メリハリ皆無」な日本政府のコロナ対策

尾身会長の言葉とは真逆。「メリハリ皆無」な日本政府のコロナ対策

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  • 更新日:2021/04/08
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新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長は、「メリハリのある」「メリハリの利いた」対策が必要と強調していましたが、政府が取る対策は、「メリハリ」とはほど遠いズルズル、ぶれぶれになってはいないでしょうか。このままでは、東京も大阪同様に過去最悪を更新する第4波に呑み込まれる恐れがあると警告するのは、メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんです。山崎さんは「危機管理における大原則」が何かを説き、真に「メリハリ」のある対策を求めています。

メリハリのこと

論理的に、より手強い相手に対峙する時にはこちらにもより強力な武器や戦術が必要となるのは当然のことであろう。我々は今、大敵コロナに対して法に基づく武器として「緊急事態宣言」と「蔓延防止等重点措置(所謂、まん防)」の二つを持つ。これらの序列は言うまでもなく、強=「緊急事態宣言」、弱=「まん防」である(因みに自分は「まん防」という略称が不適切とは思わない)。

故に、緊急事態宣言前の感染拡大の兆候が認められる段階での予防的措置としてのまん防を「上りまん防」と言い、緊急事態宣言後の予後的措置としてのまん防を「下りまん防」などと言う。つまりこれらを順当に運用するとしたら、感染拡大兆候地にはまず「まん防」が適用され、それでも難しいようなら「緊急事態宣言」の発出、それである程度抑制できたら再び「まん防」というのが本来の制度設計に沿うやり方であろう。

ところが現在この「まん防」適用の地である大阪、兵庫、宮城の感染者数は、大阪、宮城は文字通り過去最悪、兵庫も過去最悪に匹敵するレベルといった状況である。最悪の状況に対して「強・弱」で言ったら「弱」の措置である。一体どうなっているのか。

そもそも東京の緊急事態宣言解除自体、根拠がよく分からない。「減らせるだけ減らせたから」というのなら分かるが、実際にはどう見ても「これ以上は減らなさそう、というか寧ろ増えて行きそうだから続けても意味がない」といった感じある。全くどうかしているとしか言いようがない。

先の緊急事態宣言で減らせるだけ減らすことができた大阪、兵庫、宮城が今この状況である。東京がただで済む訳がない。東京・大阪間を閉鎖していない以上、人の行き来とともに新型コロナウイルス変異種「N501Y」も往来している筈である。今から1、2週間後には4度目の大波に呑みこまれているかもしれない。

こういう事態を容易に招いてしまうのは制度設計(つまり改正新型コロナ特措法等)が甘いからである。危機管理における大原則は「最悪に備え、最善を期す」である。この「最悪に備える」ことができていないから、いつも後手後手の泥縄状態なのである。

先ほどは便宜上「強=緊急事態宣言」「弱=まん防」と言ってはみたものの、実際のところ今回の「緊急事態宣言」はとても「強」と呼べる代物ではなかった。逆に今一府二県で実施されている「まん防」の方が余程強い措置のように思える。一般的ルールはほとんど「緊急事態宣言」時と変わらないし、飲食店に関しては役所による実地検分があるだけシビアである。

何が「強」で、何が「弱」なのか分からなくなる。こうして対コロナ政策からメリハリが無くなって行くのである。分科会の尾身会長がこれまで幾度となく「メリハリのある」「メリハリの利いた」と強調していたにもかかわらずである。「最悪」に備えないものにどうして「最善」を期すことが許されよう。政府は今一度、危機管理の原点に立ち返るべきである。

image by:StreetVJ/ Shutterstock.com

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山崎勝義『8人ばなし』

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