
髪型・髪色は自由で、ピアスやネイルの装着も可能……近年、小売り、飲食のチェーン店でこうした従業員の就業ドレスコードを緩和する動きが目立っています。企業が服装ルールの制限を緩和する狙いや懸念点について、企業コンサルの筆者が解説します。
小売り、飲食のチェーン店で、パート、アルバイトを含めた従業員の髪色、髪型などの「就業ドレスコードを緩和する動き」が目立っています。この点で先行したのは、ディスカウントショップ大手のドン・キホーテです。
2022年3月から、服装ルールと併せて髪色を自由とし、ネイルの色・デザインのルールも変更しました。
ドン・キホーテは派手さを特徴とした売場のイメージもあり、さほどの違和感はありませんでしたが、同じグループ(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)傘下の老舗スーパーであるユニーでも、同年11月から同様のルール変更をしています。
ユニーは当初「客層が異なる」として、ドン・キホーテへの追随を拒否していたのですが、社員からの要望と先行したドン・キホーテの導入成果を見て、「接客サービスの印象が良ければ、髪色やネイルが悪印象につながることは少ない」という結論に達し、実施に踏み切ったといいます。
堅苦しい縛りから解放されたスタッフのモチベーション向上への期待は元より、「お客様の目を引く分だけ、一生懸命接客をしよう」といったスタッフへの投げかけによるサービス姿勢への好影響もあるようで、とりあえずの導入効果は上々とのことです。
飲食チェーンにも広がりを見せている

スシローも2023年11月から就業ドレスコードを緩和
同じくスーパー大手のベルクでも2023年9月から、髪色、髪型を自由化し、ヘアアクセサリー、ピアスも装着を可能とするルール変更が実施され、就業ドレスコードの見直しは業界内での大きなうねりになりつつあるようです。
小売りだけでなく、この手の動きは飲食チェーンにも広がりを見せています。回転寿司大手のスシローではこの11月から、店舗スタッフのドレスコードを改訂しました。自由な髪色、髪型に加えて、ヒジャブやウイッグ、カラーコンタクトレンズの着用を自由にするというものです。
同社は、「自社の行動指針にある『個性あっての多様性。』にのっとった対応」としていますが、スタッフの外見に対する来店客の受け止め方を人一倍気にする飲食業界でも小売業と同様の流れがやってきていることは、非常に興味深く感じられるところです。
企業が就業ドレスコードを緩和する理由

髪色・髪型を自由化し、ネイルやピアスも装着可能となったベルク
さて、これら就業ドレスコード緩和の理由ですが、先のベルクが「ダイバーシティ推進の観点」をあげています。ダイバーシティ(diversity)の直訳は「多様性」ですが、組織やグループなどで多様な人材を登用し、それぞれが持つ個性や能力を生かすことで組織の競争力を高めよう、という考え方です。
近年、性差別撲滅を目指す“ジェンダー平等”や年齢による世代間差別“エイジズム軽減”などが、世界的に叫ばれる中で、国際化が進む日本企業も世界水準での人事管理が必要になってきたことの現われと言えます。
もう1つ、今回の一連の企業の動きの背景に、人手不足が深刻化する中での「人材の確保」という狙いが大きく存在していることも否めないでしょう。中でも少子化による若年労働層の減少は、彼らを主力労働力とする小売業や飲食業にとって深刻な問題です。
さらに人材確保の観点からはもう1つ、労働力不足を補う外国人労働力の活用を考えて、彼らの風習や生活スタイルを受け入れられる制度を整備する、という狙いも同時にありそうです。
この小売業、飲食業における就業ドレスコードの緩和策、企業にもスタッフにもいいことずくめのように思えますが、企業側には懸念点がないわけではありません。
就業ドレスコード緩和の根底にある「大きな課題」
日本企業は長らく、画一的な価値観を社員に植え付けることで組織の統制をとり、企業としての総合力を向上させ発展を遂げてきたという歴史があります。その過程において服装や髪型というものは、就業意識や帰属意識を定着させる最も基本的なものとして、重視されてきたのです。
特に接客サービス業では、お客様に対して統一感のある対応姿勢を示す上で欠かせないものでした。
すなわち、就業ドレスコード緩和により若手スタッフのモチベーション向上や若年層採用促進でのメリットが見込まれる一方で、企業経営としては対顧客サービス上で欠かすことのできない帰属意識やプライドといったものを、いかに今の時代に合ったものに置き換えていくか、という新たな課題が提示されているとも言えるのです。
Apple Storeやスターバックス コーヒーのようなブランド力の強いストアでは、いかなるルール変更があろうともスタッフには変わらずその職場で働くプライドや自負が醸成されるので、帰属意識や求心力の維持は容易です。
しかし、古くからのチェーンストア等で長年定着した接客ルールを緩めるケースでは、接客サービス水準の維持向上を図るためには、併せて何らかの対応が必要になるのではないかと思うのです。
つまり、就業ドレスコードの緩和によって個々人が個性を主張できる体制は整ってはくるものの、その個性を確実に組織にとってプラスに生かすためには、別の仕掛けが何か必要になるのではないか、ということです。
そこに必要なものは、どのような変化があっても、スタッフが皆同じ方向を見て顧客サービスに向き合えるか、という問いかけに対する回答でもあります。
今ビジネス界で、自分たちの会社が何のために存在しているのかを1人ひとりが自分事として考える「パーパス経営」が注目され、それを取り入れる企業が増えています。
これは、ダイバーシティやSDGs的な考え方が浸透してきた新しい時代の反映とも言われているのです。就業ドレスコードの緩和は、まさしくこの流れの真っただ中にある動きではないかと思うのです。
就業ドレスコードの緩和は単なる髪型やヘアカラーの自由化にとどまるものはなく、実はその根底には時代のうねりへの対応という大きな課題が横たわっているのです。そういった目で新たな動きを見せている各社の接客サービスを見てみると、髪型やヘアカラーだけではない変化に気が付くかもしれません。
大関 暁夫プロフィール
経営コンサルタント。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントや企業アナリストとして、多くのメディアで執筆中。
(文:大関 暁夫(組織マネジメントガイド))
大関 暁夫(組織マネジメントガイド)