前編【49歳夫が語る“仮面夫婦の深い悩み” お互い不倫中なのに、どうしても離婚はしたくないという妻の事情に同情も】からのつづき
井上崇彰さん(49歳・仮名=以下同)はいま、妻の玲佳さんから「仮面夫婦」であることを強いられているという。もともとミュージシャン志望だった崇彰さんだが、夢を諦め、26歳で就職。挫折感に苛まれていた彼を救ったのが、養女という身でたくましく生きてきた玲佳さんだった。
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「知らず知らずのうちに、妻との間に距離ができていた」と崇彰さんはいう
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結婚して5年たったころ、玲佳さんの養父が体調を崩した。入院、手術を経てもなかなかよくならず、会社を経営していくのはむずかしくなった。
「それほど大きな会社ではないし、体制もしっかりしているから会社じたいは大丈夫だと思っていました。だけど養父がすっかり気弱になってしまって。経営者としてではなくていいから、玲佳か僕に会社に入ってもらえないかと言い出したんです。養母もそれを望んでいた。でも玲佳はもともと同族会社みたいなものは嫌っていたし、僕も気乗りがしない。養親と何度も話し合いました」
1年以上、玲佳さんは悩んでいたようだ。そんなとき法務関係のメインの人材が辞めることになった。玲佳さんが法務に強いこともあり、養父は彼女にすがった。
「育ててくれた養父のあんな姿は見たくない。私が入社する、経営者になると彼女は決めたんです」
玲佳さんが35歳のときだった。そこから彼女の快進撃が始まったと言ってもいいと崇彰さんは微笑んだ。その後、5年間で会社の業績をぐいぐい上げたのだ。
「向いていたんでしょうね。養父を支えていた人たちをうまく使い、新しい技術も取り入れながら、まっすぐな仕事をしたから取引先からの信頼度も下がらなかった。なおかつ新しい取り引きも増え、若い社員のやる気も引き出した。養父はほっとしたんでしょうか、全権を彼女に譲り、引退しました」
多忙をきわめる妻にかまってもらえず…
それが7年前のことだが、玲佳さんが養父の会社に入ってから、ふたりの生活は一気に変わった。彼女は週末も仕事に追われ、ふたりの時間はほとんどなくなった。まじめでまっすぐな彼女は休むことなく会社の体制を頭にたたき込み、勉強を続けた。
「僕も40代に入って、そこそこ忙しくなりました。万年平社員でいいと思っていたのに、中間管理職になってしまって。でも僕は彼女みたいに週末も仕事ということはなかったから、平日はともかく週末は暇でしたね。寂しかった。彼女にたまには休んでドライブにでも行こうと言っても相手にしてもらえなくて……。ときどき彼女の養親を訪ねました。養父は弱ってはいたけど行くと喜んでくれました。養母は夫の介護をしつつも、寂しかったんでしょうね、行くと丁寧にもてなしてくれました。昔の彼女のことをいろいろ聞きました。親はもっと甘えさせればよかったと後悔していたようです」
彼女をもっと休ませたいと思ったが、なかなか言うことを聞いてくれない。そのうち、崇彰さんもあきらめた。
ライブの高揚感のまま
たまたま学生時代の友人たちが集まる機会があった。あの当時のことを話しているうちに、またバンドでも組んでみるかと話がまとまった。別に人に聴かせなくてもいい、自分たちが楽しもうと月に1、2回集まるようになった。
「練習して一杯飲んで帰るのが楽しくてね。稽古場となったスタジオ近くのパブにいつも寄り道していました。店でアルバイトをしている若いケイちゃんという女性が、僕たちのしていることを知って聴いてみたいと言い出して。店の主人まで乗っちゃって、『うちじゃできないから、知り合いのジャズバーでやってみたら』ということになった。妻にその話をしたら、『そうなの。よかったね』とは言ったけど、いつやるのとは聞いてくれなかった。やはり僕には興味がないんだなと、さらに寂しくなりました」
昔の友人知人にも連絡をした。彼らのライブ当日、小さなジャズバーは客でいっぱいになった。パブのバイトのケイさんは、崇彰さんが招待した。よろこんで来てくれた彼女は、花束をくれた。
「ライブが終わってお客さんたちと飲んで騒いで。彼女は最後までいてくれました。興奮していたんでしょうね、僕。彼女を誘ってさらに別の店に行って、最後は彼女の部屋に行ってしまった。でも眠っちゃったんですよ。明け方に目が覚めたとき、彼女に抱きつかれて……」
妻との間に埋めようのない距離が
帰宅すると、妻はいなかった。何だ、もう少し彼女のところにいればよかったと思った。そしてそう思ったことに自分でびっくりした。それまでの彼は、常に玲佳さんを思い、玲佳さんの人生を応援したいと思っていたはずだった。だが、もしかしたら一緒に過ごしてくれない玲佳さんに、言葉にならない不満を抱えていて、すでに抱えきれなくなっているのかもしれないと感じたという。
「知らず知らずのうちに、玲佳との間に埋めようのない距離ができていました。玲佳は週に数回、通いの家政婦さんを頼んでいたので、家の中はきれいになっているんです。ただ、めったに彼女自身が僕を迎えてくれることはない。コロナ禍では家にいることも多かったけど、ずっと自室にこもっていましたね。仕事が忙しかったようです。たまに部屋から出てくると、僕がいれたコーヒーをおいしそうに飲んでいました。『もうじき、ゆっくりできると思う』と言い続けていたけど、全然そうはならなかった」
とつぜん届いた“怪文書”
1年半ほど前、彼の会社に送り主のない手紙が届いた。玲佳さんは浮気しているという情報だった。しかも、会社の若い男性秘書とできている、それだけではなく他にも男がいると妙に詳しく書いてあった。
「それを読んだとき、嫉妬も起こらないことに気づいて、それが悲しかったんですよね。僕らはもう長い間、レスでした。彼女は仕事ばかりしているから、そういうこともしたくないんだと思っていたら、外でしているという。なあんだ、と思いました。例のケイちゃんとは続いていたので、僕はそれほど罪悪感を覚えなくてもいいのかもしれないとも感じたのを覚えています」
ふと思ったのは、こんな結婚生活はおかしいだろうということだった。当時は、離婚しなければいけない理由があるわけでもなかったが、心の中ではケイさんの存在感がだんだん大きくなっているのを感じてもいた。
「ケイちゃんは会社員なんだけど、学生ローン返済のために夜はバイトという生活を送っていました。今、32歳です。つましく暮らしていたから、ときどきおいしいものをごちそうしていたら、お互いに本気になってしまって。どんなときもそっと寄り添ってくれるケイちゃんが愛おしくてたまらなくなったんです」
お互いに息抜きしながら
彼は、いつしか17歳年下のケイさんのバイトがない日には泊まりに行くようになっていた。ある週末、土曜日にケイさんと昼間映画を観に行き、バイト先に送って自宅に戻ると、珍しく早めの時間に玲佳さんがいた。
「あのバイトの子と本気なのと玲佳が聞いてきたんです。バレてるのかとギクッとしました。『玲佳こそ、会社の秘書と本気なのか』と聞くと、『あら、バレてるの』と。そこから話がおかしな展開になって、『お互いに息抜きしながら、この生活を続けていけばいいよね』という方向でおさまってしまった。いやいや、おかしいよ、僕らが一緒にいる意味はないよと言ったら、彼女が急に『離婚はしない』と」
そこからふたりはことあるごとに、離婚しよう、いやしないと繰り返してきた。離婚しない理由を玲佳さんに問うと、「離婚しないと決めて結婚したから」と言う。ただ、実質的に夫婦らしいことは何もしていないし、玲佳さんが崇彰さんの経済力に頼っているわけでもないのだから、離婚しない理由がないと彼は説得しつづけた。
「でも私たち、ケンカしているわけでもないし、離婚する理由もないでしょ。離婚したら養親が悲しがると玲佳に言われて。それは一理ありますが、養親のところには僕がときどき遊びに行くしと言ったら、『だめよ、離婚したと知ったらどんなに苦しむか』と言うんです」
「偽善でもいいの」
彼女は、だからといってケイさんのことをとやかくは言わない。お互いにこのまま夫婦としてやっていけばいい。その一点張りだ。
「つい先日も、ふたりで養親のところへ行ったんです。一緒に食事をして穏やかに会話して。でもなんだか偽善的な光景だなと思ったから、玲佳にあとからそう言いました。すると玲佳は『偽善でもいいの。仮面夫婦でいいのよ。汚いことは見たくないから』って。仕事が大変なんだろう、仕事で汚いところをたくさん見ているんだろうと思いました。そういう言葉を聞くと同情しちゃうんですよね、やはり。彼女が離婚を望まないなら、それでもいいかと思ってしまう。ケイちゃんの気持ちがわからないから、僕がもし離婚したら結婚してくれるかと先日、聞いてみたんです。彼女は一言、『わからない』って。まずはローンを返し終わらないと自分の人生が始まらないと言われて、彼女の現実が迫ってきたような気がした。30代前半の彼女の人生を縛ってはいけないと肝に銘じました」
ごく普通の家庭をもつはずだった崇彰さんは、最近、どうしてこんなふうになってしまったんだろうと考えてばかりいるという。考えてもどうにもならない。だがどうにもならないからこそ考えるともつぶやいた。
「練習でもして、すべて忘れてきます」
彼はギターを弾くまねをしながら立ち上がった。一瞬忘れても、また重い雲が心の中に広がるのだろう。
「半世紀生きてきて、人生、思い通りにはいかないということだけはよくわかりました」
この先もどうなるのか、それは誰にもわからないのかもしれない。
前編【49歳夫が語る“仮面夫婦の深い悩み” お互い不倫中なのに、どうしても離婚はしたくないという妻の事情に同情も】からのつづき
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
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