観客は実態のない支配者にリモートで“操作”される タニノクロウ演出『ダークマスター VR』(末井昭)

観客は実態のない支配者にリモートで“操作”される タニノクロウ演出『ダークマスター VR』(末井昭)

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  • 更新日:2020/10/20
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編集者として『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』など数多くの雑誌を創刊し、自伝的作品『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化されるなど、エッセイストとしても多くの著作を持つ末井昭。

庭劇団ペニノのタニノクロウ氏が脚色・演出した『ダークマスター VR』。すでに何度も上演されている『ダークマスター』だが、今回は、コロナ禍の影響で、VR演劇として作られた。本作の初日を観劇した末井昭は、観客である自分が「リモート」で「操作」されているような感覚に陥ったという。マスター役・金子清文氏へのインタビューも合わせて、本作の特異性と不思議な魅力を紹介する。

洋食屋のキッチンが舞台のVR演劇

東京芸術劇場シアターイーストで10月9日から18日まで上演されている、東京芸術祭2020・芸劇オータムセレクション『ダークマスター VR』の初日を観た。

狩撫麻礼・原作、泉晴紀・作画のマンガ『ダークマスター』を、庭劇団ペニノのタニノクロウ氏が脚色・演出した演劇で、この作品は海外公演も含めて、これまで計9回上演されている。

今回の『ダークマスター』も、東京と海外で上演される予定だったがコロナ禍のため中止になり、VRで作られることになった。コロナによって生み出されたVR演劇ともいえる。

原作の『ダークマスター』とはどんな話かというと、ひとりの青年が「キッチン長嶋」という洋食屋に入ろうとすると、マスターに「閉店なのがわからないのか!」と怒鳴られる。青年はなんでもいいから食べさせてくれと頼み、コロッケを作ってもらう。マスターは極端に対人関係が苦手で、唐突に「おまえに給料50万出すから、この店をやってくれないか」と青年に頼む。

料理なんか作ったことがない青年だが、店内に小型カメラを取りつけているのでそれを見ながら、超小型イヤホンで料理の手順をすべて指示するとマスターは言う。青年は簡易ベッドを置き、住み込みでマスターの指示どおり働くようになる。このリモート・クッキングはものすごく繁盛し、店に行列ができるようになった。しかしマスターは、最初に会ったとき以来一度も姿を現さない……といった不思議な物語だ。

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『ダークマスター』狩撫麻礼 原作/泉晴紀 作画/KADOKAWA

VR(Virtual Reality)とは、ゴーグルのようなもの(ヘッドマウンテッドディスプレイ=HMD)を装着し、立体的映像と音声を楽しむものだ。娯楽だけでなく、医療や航空機操縦などのシミュレーションにも使われているということを聞いたことがある。しかし、見たことも触ったこともない。観劇の前に一度VR体験をしてみようということで、渋谷のDVD鑑賞店に行ってみたのだが、頭に取りつけたHMDがズリ落ちてくるし、使い方もよくわからなくて30分で出てきた。少しだけ、服を着た女の子が出てきたのを観ただけだった。残念。

『ステージナタリー』掲載のタニノクロウさんのインタビューを読むと、アダルトビデオを観たかったことがVRの入口だったそうだ。そして、こう話している。

「ただ、“『ダークマスター』をVRに”というアイデア自体は、いずれやりたいと思っていたことだったんです。作品の内容的に、VRにしやすいなと思っていたので。……まあ、劇団創立20周年の新作がVR作品になるとは思いませんでしたが(笑)」

「ダークマスター VR」タニノクロウインタビュー(ステージナタリー)より

劇場内にはひとりひとつのブースが用意されていた

10月9日午後4時45分に東京芸術劇場シアターイーストに到着、チケットを買って中に入る。観客は1回20人限定なので、ロビーは密ではない。しばらくすると、係の人がHMDの使い方を説明する。DVD鑑賞店では意外と難しかったので、しっかり操作方法を聞く。

つづいて番号順に劇場に入る。劇場内は暗くしてあって、光る青い線に沿ってそれぞれブースに入っていく。ブースの入口はカーテンで、中はマジックミラーのようなもので仕切られていて、テーブルの上にHMDとヘッドホンが置いてある。客席に座ってVRを観るものと思っていたので、この装置には驚いた。DVD鑑賞店のイメージも若干あるけど、それよりかなり洗練された未来的な場所といった感じだ。

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両写真とも撮影=前田圭蔵/東京芸術劇場

HMDとヘッドホンを装着、「キッチン長嶋」のドアの映像が出てきていよいよ始まりだ。そのドアが開けられ中に入る。主人公の顔は出てこない。カメラが主人公の目になっているからだ。つまり、主人公は観客ということになる。ちょっと怖そうなマスター(金子清文)から、あれこれ指図されるのは観客だ。

『ステージナタリー』のインタビューで、タニノクロウさんはこう言っている。

「ダークマスターって結局、実態がない支配者を総称してるんじゃないかと思ったんですね。しかもその支配者に“自分”はリモートで動かされている。その状況は、今にすごくフィットするんじゃないかと。実際、飲食店も苦しい状況ですしね」

同インタビューより

その支配者は、今は新型コロナウイルスそのものかもしれないと思いながら観ていた。コロナによって、人と人が分断され、家にこもらざるを得なくなってしまった。それに逆らえば命さえ危なくなる。命も支配されているのだ。

マスター役金子清文氏にインタビュー「タニノさんとは話してないです」

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金子清文(株式会社リトルモア/アズランド クルーズ部。『深夜食堂』シリーズ、映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』などに出演。舞台では『毛皮族2020Tokyo「あのコのDANCE」』など多彩な作品に出演。)

今回、4代目マスター役になった金子清文氏に、それまでの経過や撮影時の話を聞いてみた。

――庭劇団ペニノとの接点はいつごろからあったんですか。

金子 ペニノのことは昔から評判は聞いていたんですけど、僕は観たことがなかったんです。それで、今年の1月にふたつのプロジェクトの出演者募集説明会というのがあって、そのひとつが『ダークマスター』の東京と海外公演だったんです。募集しているマスター役の年代がちょうど僕ぐらいだったのと、オーディションじゃなくて説明会をやりますということだったんで、ちょっとおもしろいかなと思って、プロフィールを置いてきたんです。

――そのあとオーディションはなかったんですか。

金子 なかったんです。オーディションとか、あまりやりたくないみたいで。だから、タニノさんとも話してないんです。

――タニノさんは金子さんの芝居を観てるんですか。

金子 観てないです。

――じゃあ雰囲気だけで決めたっていうことですか。

金子 そうですね。直感で連絡くれたんだと思います。それで、海外というのはアメリカツアーだったんですけど、コロナで海外ツアーがなくなったんです。アメリカに行けるからいいなぁと思っていたんですけど。『ダークマスター VR』は、来年1月にニューヨークで上演されるみたいですけど、役者は必要ないですから。

――VRは舞台での芝居とはだいぶ違いますか。相手の青年がコロッケ食べるのは、カメラのうしろから手を回して食べるんですか。

金子 そうです、そうです。とにかくワンシーンごとの長回しなんで。

――演出のタニノさんはモニターを見てるんですか。

金子 いや、カメラのうしろから。何が映っているかは、リアルタイムではわからないんです。VRはデータが重くて、10分ぐらいのデータを落とすのに1時間ぐらいかかるんです。1時間ぐらい経ってタニノさんがVRで観て、OK出したり撮り直しになったりで。ワンミスでやり直しになるので10回ぐらい撮り直したこともあって。4日稽古で4日本番だったから、けっこうかかってます。

――どうなんですか、今までやってきた舞台の『ダークマスター』と比べて。

金子 タニノさんは、今回のが一番原作に近いって言ってますね。

VRでもナマモノである演劇のおもしろさは失われていない

映画と演劇を比べると映画のほうが好きだ。昔、アングラ演劇をよく観ていたことも影響しているのだけど、演劇はナマモノだから何が起こるかわからないという不安感がある。その点、VRは安心である。すでに起こったことを観ているわけだから。と思っていたけど、マスターに見つめられると映像だと思ってもドキッとしてしまう。

青年がマスターの指令でステーキを焼くシーンがある。そのとき、かすかにいい匂いがしてきた。気のせいかと思っていたら、金子氏に聞くと、スタッフが玉ねぎを炒めて、ウチワで扇いでブースを回っていたらしい。そういうところが、演劇的でおもしろいと思う。

この記事がアップされるのは10月17日午前9時の予定だ。公演は余すところ17日(5回上演)、18日(3回上演)のみとなっている。もちろん両日とも予約で埋まっていると思うけど、キャンセルが出ないとも限らない。どうしても観たい方は当日、東京芸術劇場シアターイーストへ。

末井昭の「クイックジャーナル」は毎月1回の更新予定です。

末井 昭

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