狩野舞子が他競技の選手を取材して感じた、バレー界に足りないもの。引退後のキャリアにも言及した

狩野舞子が他競技の選手を取材して感じた、バレー界に足りないもの。引退後のキャリアにも言及した

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  • 更新日:2021/10/14

狩野舞子インタビュー 後編前編:ケガとのつき合い方>>

2018年に現役を引退した狩野舞子は、タレントをはじめ幅広い分野で活躍し、昨年7月には自身のYouTubeチャンネル「マイコチャンネル」を開設するなど積極的に発信を行なっている。

◆前編:狩野舞子が語るケガとのつき合い方。無理をしてプレーを続けることを「美談にしてはいけない」

時には取材者になり、今まで触れる機会がなかった競技の選手に話を聞くなかで「バレー界に足りない部分」を感じたという。間もなく今季のVリーグが始まる今、狩野が提言するその内容とは。

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バレー界に必要だと感じることについて語った狩野舞子

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――引退後のメディア露出について、狩野さん自身はどのように考えていましたか?

「メディアでの仕事はだんだんと増えていったような感じです。それまで人前に出る機会が多かったので、積極的に出たいという考えはありませんでしたね。ただ、仕事をしていくうちに、自分がメディアに出ることによって伝えられることもあるんじゃないかと思うようになっていきました」

――メディア露出に積極的じゃなかったことは、中学時代から過度な注目をされてきたことも影響していますか?

「それは本当に嫌でしょうがなかったです。実力が伴っていたらよかったんですが、確かに身長はありましたが、客観的に見てもあれだけ騒がれるほどの選手ではなかったと思っています。カメラがどこまでもついてきて、『ここまで取材する?』と思うこともありました。それだけ注目してもらえるのは、今となってはとてもありがたいと思えるのですが、当時は街を歩くのも怖かったですし、インタビューも、決まった答えを誘導されるようなことがあると、逆に答えにくかったですね」

――引退後に徐々に仕事が増えていくなかで、昨年7月には自分のYouTubeチャンネルを開設しました。こんな内容にしたい、というイメージはあったんですか?

「そこではバレーにこだわらず、いろんなことを発信したいと思っていました。時には、バレー界の恋愛事情や金銭面に関わる話もしていますが、今のところバレー関係者の方から注意されることはないですね(笑)。YouTubeでの動画は話す能力を高めることも含めて、いろんな勉強になっています」

――ネット番組の「知るスポ!」では、他競技の選手に話を聞くMCを担っていますね。

「自分が話を聞く側になることは、やってみたかったことのひとつです。事前にいろんな番組を見て勉強したつもりでしたが、実際やってみるとすごく難しくて......。質問をする時も、聞きたいことを自分で言ってしまって、相手が『はい』としか答えられないこともありました。話を聞く時は頭をフル回転させているので、毎回頭が痛いです」

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現在は自身のYouTubeチャンネルをはじめ、幅広い分野で活躍する

――これまでは、フェンシング、ボルダリング、バドミントンなど、個人で戦うことが多い競技の選手が続いていますね。

「意識していませんでしたが、結果的にそうなっていました(笑)。ただ、個人競技で活躍している選手たちのマインドは以前から知りたかったです。試合の結果がほぼ自分の責任になるから、相当に心が強いんだろうと思っていたので。

バレーは、自分の調子が悪くてもチームが勝つこともある。ただ、取材した選手たちは『ひとりで戦うから逆に楽なんです。他のメンバーに左右されることがないから』とも話していました。それを聞いた時に、『私には無理だ』と思いましたよ(笑)」

――さまざまな選手に話を聞いたなかで、特に印象に残っている話などはありますか?

「団体戦の話になるんですが、男子フェンシングのエペ団体で金メダルを獲得した見延和靖選手の話ですね。私もテレビで見ていて、見延選手が途中から試合に出なくなったことに『なぜだろう』と思っていたんです。五輪の団体戦では、控えのメンバーと交代したら戻れないのですが、それはあとで知りました。

のちにインタビューして、見延選手は交代を自己申告していたことも初めて聞きました。ずっとスタメンの3人で戦ってしまうと、リザーブだった宇山賢選手はメダリストとして扱われずにメダルがもらえないので、『どこかで交代を』と思っていたそうなんです。それで初戦でピンチがきた時に交代したんですが、たとえ決勝の最後までピンチがこなくても、自分が交代すると伝えていたと聞いて鳥肌が立ちました。アスリートとしては、出続けたいと思うことが普通だと思っていましたから。

その試合を含めてフェンシングを楽しく見られましたが、それは東京五輪の前にフルーレの宮脇花綸選手に話を聞き、基本的なルールを知れてことが大きかった。私も今後は、そういうきっかけを作っていきたいです」

――狩野さん自身もいろんなスポーツに挑戦していますが、「バレーをやっていなかったら選手として活躍できたかも?」という競技はありましたか?

「どれも難しかったんですが、フィールドホッケーのキーパーをやった時は少し手ごたえがありましたね。バレーをやっていたから何かが高速で飛んでくることは怖くないですし、パックにも反応はできる。ゴールもそんなに大きくないですから、185cmの私がその前に立つと威圧感がでるみたいですし。フィールドホッケーに限らず、キーパー系は『わりとイケるかも』と思いました」

――そういった、普段はテレビ放映などがない競技の選手たちを取材して感じたことなどはありますか?

「競技の魅力、自分はどんな選手なのかなど、『ここを見てほしい』とアピールする能力が高くて、『競技を広めたい』という熱量もすごく感じました。一方でバレーボール界は、試合がテレビの地上波でも放送されるなど恵まれていますが、"伝える力"はまだ低いように感じます。私も現役時代の時は、取材されることが普通だと考えてしまっていました。しつこく取材で追いかけられるのも、選手側からしっかり発信ができていたら、そこまでされなかったかもしれない。

バレー界全体が、よりメディア対応などについて考えていく必要があると感じています。チーム、選手によってできることは変わってくると思いますが、時には他の競技の選手とコミュニケーションを取って"学ぶ"機会を設けてもいいと思います」

――Vリーグもプロ化を目指しているところですが、よりメディアの対応が重要になってきそうですね。

「バレー界が積極的にSNSを使うようになってきたのは、ここ4、5年じゃないでしょうか。Vリーグはお客さんがけっこう入りますから、それに安心してしまうことで変化が遅れ、他競技に取り残されていくような感覚があります。特に東京五輪で女子バレーが悔しい結果に終わった今だからこそ、それぞれがオープンに発信できる環境が大切になると、個人的には思っています」

――発信の仕方もそうですが、バレー選手のセカンドキャリアという点でも、狩野さんに話を聞きたい選手は多そうですね。

「そうですね。所属していたチームの会社で仕事をする、というイメージが強いと思いますが、実際は50%......それよりも少ないかもしれません。私が現役時代に最後にプレーしたPFUは会社で仕事をする日もありましたが、社員契約でもほぼプロ契約のような形で競技に集中する方針をとっているチームもあります。

引退後に会社を離れた選手たちのその後は、私もわからないことが多いです。幸い、私はさまざまな仕事をさせてもらっているので、選手たちからも『引退後はどうしたらいいですか?』と相談を受けることもあります。みんなが解説者や指導者になれるわけではありませんから、不安に思うのも当然だと思います」

――その不安はどうしたら解消できそうでしょうか。

「現役中から、セカンドキャリアについていろいろ情報を得ておくことでしょうか。男子は大学を経てVリーグに入ってくることが多く、そこで得たことを活かして会社を立ち上げる選手もいますね。一方で女子は高卒の選手が多いので、知識や資格という点では選択肢が狭まると思いますし、どんな仕事をするかイメージがしづらい部分もあるんじゃないかと思います。

熱心に取り組んでいたバレーをやらなくなったあとに何をしたらいいのか。それは、私もいまだに悩むことがあります。だからスポーツ選手だけにこだわらず、さまざまな人と話ができるような環境を各チームが作ってもいいんじゃないかと。私も自分のYouTubeチャンネルなどで、まったく違う道に進んだ元選手などに話を聞いて、少しでも悩む選手の参考になるようなことを発信できたらいいなって思っています」

■狩野舞子(かのう・まいこ)
1988年7月15日生まれ。東京都出身。15歳で全日本代表候補に選ばれ、久光製薬(現・久光)スプリングスに入団後は国際大会にも出場。左右のアキレス腱を断裂するなどケガと戦いながら海外リーグにも挑戦し、2012年ロンドン五輪に出場した。2015年には一度バレーボールから離れるも、2016年、PFUブルーキャッツでスパイカーとして復帰。2018年5月、黒鷲旗大会を最後に現役を引退し、現在は幅広い分野で活動している。

text by Sportiva

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