制服はまるでサンドペーパー...「感覚過敏研究所」を12歳で立ち上げた加藤路瑛が目指す社会とは

制服はまるでサンドペーパー...「感覚過敏研究所」を12歳で立ち上げた加藤路瑛が目指す社会とは

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  • 更新日:2023/09/19
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感覚過敏研究所の加藤路瑛さん(本人提供)

光、音、におい、肌触りなど、私たちを取り巻くさまざまな“刺激が原因となって引き起こされる「感覚過敏」――。不登校などの原因のひとつともされ、いま、壮絶な実態が明らかになりつつなるこの「感覚過敏」について、当事者でありながら「感覚過敏研究所」を13歳で創設した“起業家”としても注目される現役高校生・加藤路瑛さんによる『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(監修/児童精神科医・黒川駿哉 ワニブックス)の一部を抜粋しつつ、その知られざる世界に迫る。前編はこちら。

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■制服はまるで“サンドペーパー”

2023年8月、感覚過敏の当事者で「感覚過敏研究所」所長を務める加藤路瑛さんが、現役高校生でありながら“世界を変えうる30歳未満にフォーカスする企画”「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」のビジネス部門にて最年少受賞を果たし、話題をよんでいる。

加藤さんは12歳(中学1年生)の時に、子どもでも起業しやすい社会にしたいと起業を目指す。12歳では法人の代表になれないため、親が代表取締役、子どもが取締役社長になる起業方法を「親子起業」と名づけ、自ら親子起業スタイルで株式会社クリスタルロードを創業。2020年には「感覚過敏研究所」を立ち上げ、触覚過敏を持つ人のためのアパレル商品開発、大学機関との共同研究、企業とセンサリールーム(感覚過敏に優しい音や光を調整した空間)をコラボ企画するなど、感覚過敏の啓発において、今や第一線で活躍中だ。

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加藤路瑛さん(ワニブックス提供)

華々しい活躍を見せる加藤さんだが、決して平坦な道のりではなかった。幼少期、加藤さんは「靴下が嫌いな子ども」だった。真冬でも裸足で過ごし、外出時も裸足のままサンダルを履いた。当然、その足は氷のように冷たい。親には「見ているだけで寒い」と言われたという。

「今なら、何が不快だったのかを説明できます。一番苦手なのは、靴下のつま先部分の縫い目。そしてその縫い目の左右にあるつなぎ目の小さなコブ。これが小石を踏んだように痛く、また尖った石の砂利道を歩いているような痛みがあって、はいていられません。さらに、つま先から足の裏にかかる生地のツッパリ感や肌へのはりつき感が気持ち悪くて、はいた瞬間に脱いで投げたくなるほど」……。

今では、出かける準備をすべてすませて、出かける瞬間に靴下をはくようにしているが、それでも「今、家を出ないと遅刻するという葛藤の中で本当に泣きそうな気持ちで靴下をはく」のだという。また、加藤さんを苦悩させたのは靴下だけではなかった。

「そもそも、服の生地が痛いんです。ズボンはまるでサンドペーパーのようで、太ももを削られるかのよう。制服のブレザーも、まるで鉛のように重かった。せっかく買ってもらった、けっして安くはない学校指定のポロシャツも、結局“痛み”で着ることができませんでした」

■「感覚過敏」が起きるメカニズムとは

ずっと“服とは痛いもので、それを人間は我慢して着ているもの”だと思っていた加藤さんだが、「みんなは痛くないんだ!」と知ったのは中学1年生のとき。「感覚過敏」という言葉に出会ってからだった。

加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、「感覚過敏」、そして併発することの多い「感覚鈍麻」のメカニズムについて、次のように説明する。

「脳神経が刺激に反応する(刺激を認識する)最小の刺激量を『閾値(いきち)』といいます。閾値には個人差があり、たとえば感覚過敏の人はこの閾値が小さい。だから、わずかな刺激でも反応するのだと考えられています。一方、感覚鈍麻の人の閾値は平均より大きく、(感覚として)感じ取れる量まで刺激の量がなかなか到達せず、つまり鈍感であると考えられます」

「ただし、感覚過敏や鈍麻は、閾値だけによって決まるわけではありません。音の高さの違いの細やかさや、色の認識の細かさなど、目や耳、皮膚など『感覚器』の刺激の幅への“感度”の特性であるケースや、刺激を統合して処理する脳の特性である場合など、さまざまな理由が考えられます。あるいは、刺激が過敏すぎて刺激を処理しきれず、感覚鈍麻になるケースも。刺激に対応できず無反応になった結果、まるで刺激を感じていない=感覚鈍麻のように見えるのです」

つまり、一般的とされる“平均値”から離れた感覚の特性をもち、光(視覚)・音(聴覚)・におい(嗅覚)・味(味覚)・暑さ寒さ(触覚)など、さまざまな“刺激”を受ける上で日常生活に困難を抱える状態を「感覚過敏」、あるいは「感覚鈍麻」という。

くわしい原因はいまだ研究中であるものの、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな原因で起きると考えられている。自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、知的発達症(ID)、発達性協調運動症(DCD)、不安症、うつ病、PTSDといった感覚過敏や鈍麻と親和性の高い医学的診断名もあるが、感覚過敏や鈍麻は「定型発達」にもみられる特性であることは、注目すべき点だろう。つまり、ごく一般的な人でも抱えうる「人間の多様性の一部」というわけだ。

■知られざる「感覚鈍麻」という苦しみ

「制服や靴下が痛い」という加藤さんの体験談は、感覚過敏(触覚過敏)によるものだが、一方で、「感覚鈍麻」について認識している人は、いったいどれだけいるだろうか。いまだその名称、概念すら知らない、といった人も多いかもしれない。

加藤さんは、自身の運営する感覚過敏の人のためのコミュニティ「かびんの森」にて、アンケートを実施した。以下は、そのアンケートに寄せられた、実際に「感覚鈍麻」に苦しむ人たちの、切実な、そして、苛烈な現実の一部である。

・「(身体を強打しても)アザができ、出血していることにすら気づかないのは日常茶飯事。足を骨折しても『なんか、歩きづらい』としか感じず、周囲の人が慌てているだけだった」(18歳・女)

・「真夏でも長袖で過ごし、気づけば脱水症状や熱中症になっていた」(17歳・女)

・「(骨折や怪我という)衝撃があったことはわかりますが、何も感じません。血が波打っている感覚や細胞が動いているのはわかりますが、衝撃の強さを練習して覚えるしかない。麻酔のかかった状態に近いのかも」(30代後半・性別不明)

また、彼らは口をそろえて「空腹を感じない」と訴える。

「食べたいと思う物がなければ、食べないままでいい」「空腹を感じず、いつの間にか低血糖に陥っていることがある」「(食事は)必要だから摂らなくてはという、義務感、強制感しか感じない」「『お腹が空いてきた』という感覚がなく、気づくのは我慢ができないほどになってから。腹八分目もわからないので、食べると動けなくなる」……ということだ。

ほかにも、「体調が悪くなっていることに気づけない」「他の人が熱くて触れない皿を平気で持ち、あとで皮膚が赤く腫れたりする」など、どれも日常生活を脅かすほどの苛烈な体験談が、アンケートには連ねられている。

■すべては「感覚のグラデーション」

この「感覚鈍麻」は「感覚過敏」と同時に併発するケースがあり、先述した感覚過敏研究所によるアンケートからもその例が伺える。

「痛覚は鈍麻だけど触覚過敏で、ある種の服、シャワーなどは痛い」(28歳・女)、「骨折しようが痛みはわからないのに、人に身体を触られるとその感覚が何時間も残る」(18歳・女)、「そのときの体調や目的、誰と一緒かなどの環境により、まったくダメなときと大丈夫なときがあります」(7歳・女児 ※親による回答)。

こうした回答を見ていると、一口に「感覚過敏」「感覚鈍麻」といってもその症状はじつに多様であり、また、環境や感情、体調等によって同じ人でも感じ方はその都度変わるのだということがわかるだろう。

黒川医師は、次のようにメッセージを贈る。

「本来、感覚は一人ひとり違い、どんな感覚もその人の個性です。私たちは『感覚のとらえ方には幅がある』ということを意識し、特性のある人の声を聞いて、どんなことに困っているかを知ったり、どんな配慮があれば問題なく過ごせるかに想像をめぐらせる必要があるでしょう」

どこまでが「正常」で、どこかが「異常」なのか――。その確たるラインは存在しない。つまり、誰もが抱えうる“感覚のグラデーション”なのである。たとえ、そのグラデーションが強くとも、決してネガティブなことではない。それは、私たちが落ち込んだ時に好物を食べても味がしないのと、あくまで地続きの“感覚”に過ぎないからだ。

特性のあるなしにかかわらず、どんな人でも平等に暮らしていく権利がある。それが“当然”に配慮される社会になることを、願ってやまない。

(文・国実マヤコ)

●加藤路瑛 かとうじえい
2006年2月生まれ。高校3年生。12 歳の時に起業し、株式会社クリスタルロードの取締役社長に就任。 現在は自分の困りごとである「感覚過敏」の課題解決に向き合い、感覚過敏研究所を立ち上げ、感覚過敏がある人たちが暮らしやすい社会を作ることを目指し、商品・サービスの開発・販売、感覚過敏の研究に力を注いでいる。

加藤路瑛

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