バド山口選手が凱旋 地元勝山へ変わらぬ思い

  • 福井新聞ONLINE
  • 更新日:2022/09/28

【論説】これだけ地元に愛され、親しまれるトップアスリートはそうはいないだろう。バドミントンの世界選手権女子シングルスで日本選手として初めて連覇を成し遂げた勝山市出身の山口茜選手(再春館製薬所)が凱旋(がいせん)し、大勢の市民から祝福を受けた。幼い頃から数々の大会を制した天才少女は、25歳になった今も「茜ちゃん」と慕われる。いつまでも愛され続けるトッププレーヤーであり続けてほしい。

兄の影響で3歳からラケットを握った山口選手の才能を育て、伸ばしたのは「バドミントンのまち」勝山だ。勝山市は1968年の福井国体でバドミントン競技の会場となった。現在、日本協会のジュニア強化部コーチを務める長谷川博幸さん(勝山高出身)は小学生で国体を観戦。80年代に全日本総合選手権を5度制し、全盛期にたびたび母校を訪れ指導した。

長谷川さんの勝山を思う気持ちは後輩たちに伝わった。教えを受け県外の大学で活躍した選手が勝山に戻りジュニアクラブチームを設立。子どもたちは全国中学校体育大会などで優勝し高校でも躍動した。一時代を築いたクラブOBが一斉に帰郷し地元で指導した。

その教え子の中にいたのが山口選手だ。タイプの異なる10人以上の男子コーチと打ち合い、トリッキーな技術の礎が築かれた。小学生の全国大会では1年生から何度も優勝し、4年生でジュニアナショナルチームに選出。2012年には日本代表に史上最年少の15歳で選ばれた。勝山高1年の13年は世界の強豪が集うヨネックス・オープン・ジャパンに予選から出場し日本人初、史上最年少の16歳で頂点に立ち、小さなまち勝山から世界チャンピオンが誕生した。

高校3年時の15年、リオデジャネイロ五輪へ重要な意味を持つ世界選手権と全国高校総合体育大会(インターハイ)の日程が重なったがインターハイを優先し、仲間と青春の汗を流した。18年、女子シングルスで日本人初の世界ランキング1位となり、市民栄誉賞を受けた際も「勝山で選手としての土台ができた」と感謝を真っ先に口にした。最近はツイッターに子どものころの動画を挙げた。競技の楽しさを教わった勝山での初心を改めて大切にしたのだろう。

勝山市で開かれた世界選手権2連覇の報告会では、地元の熱い応援に感謝し「これからもゆるキャラとして身近な存在でいたい」と場を和ませた。恩師や同級生、温かく見守り続けた地元関係者も、変わらぬ姿に思いもひとしおだろう。彼女にはプレー同様、人を引きつける不思議な力がある。今後も地元勝山を思い、慕われ続ける「茜ちゃん」として活躍してほしい。

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