「SR サイタマノラッパー」入江悠監督が新作「ビジランテ」で暴く地方社会の隠された側面とは

「SR サイタマノラッパー」入江悠監督が新作「ビジランテ」で暴く地方社会の隠された側面とは

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  • 更新日:2017/12/07
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入江悠監督(左)と筆者

ヒット作「SR サイタマノラッパー」を手掛け、一躍人気映画監督となった入江悠監督。最近では、映画「22年目の告白 私が殺人犯です」(6/10公開)が話題になりました。
その入江監督の新作は、久々のオリジナル作品となる『ビジランテ』。近年は原作の映画化作品が多かった入江監督としては原点回帰となる重要な作品です。
Motiongalleryでは、劇場公開や海外展開に向けてクラウドファンディングを行い、250万円を超える応援が集まりました。
切実でありながらどこか明るさを失わない『SR サイタマノラッパー』などこれまでの入江作品に比べ、「ビジランテ」は同じ地方社会を描く作品ですが、明度が暗く、どこまでも社会をえぐり取ろうとする描写は圧巻。
中心人物である一郎、二郎、三郎はそれぞれ、大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太という豪華実力派。彼らの存在感や、制作の終盤を助けたというクラウドファンディング、映画界を目指す若者へのメッセージなどを、入江監督に伺いました。

大高 試写で拝見しましたが、ずっしりと重いパンチを受けた様な衝撃がありました。現代日本のマクロからミクロまでを強度のある映画的リアリティで描き切った、ものすごい傑作だと感激しました。こういう迫力のある邦画を待ち望んできた人も多いのではないかと思います。

入江 映画が完成するまで紆余曲折がありましたが、最後はクラウドファンディングのおかげで乗り切れました。大規模予算の作品では無いため、撮影スケジュールも厳しい面もあり、最後の仕上げから宣伝のところまでどうなる事かと思う事もありましたが、クラウドファンディングで応援して頂いた方々のおかげで無事完成しました。

大高 そういっていただけると、コレクターの皆様もとても嬉しいと思います!
本作は、直接的には全然関係ないですが「シンク・グローバル、アクト・ローカル」みたいなヒップホップ魂を感じました。遺産となる土地をめぐる三兄弟の物語ではあるものの、政治に関する事柄から移民の話などの世界情勢まで、とてもユニバーサルな所にまで広がりのある映画となっていると感じます。
振り返るとSR(サイタマノラッパー)シリーズにも通じる所かと思いますが、更に大きなスケールに深化しているのではとも思います。
『SR サイタマノラッパー』の時に、映画製作者の困難をブログに書かれて、インディーズ映画の制作環境がとても話題になった時から年月も経ち、大規模な商業映画を手掛けられたりとその活躍のフィールドも広がる中で、今回また原点回帰となるオリジナル作品を撮ることで感じられたことはどのようなことでしょうか?

入江 SRを撮った後くらいにも気づいたのですが、オリジナル企画の様な、自分の中で発想して書くというのはすごく時間がかかるタイプの人間だという事を改めて感じました。

震災のあと、震災のような現実問題をどう映画で扱うかということがオリジナル作品に取り組む起点でした。漫画や小説など、何人かの方はそういう動きをされていて、僕も震災にとてもショックを受けて、これは他人事ではなく自分の問題だ、と思ったのですがそれを作品に咀嚼するのに時間がかかりました
『SR サイタマノラッパー』の1作目からちょうど10年ですが、その間に積み重ねてきた考えや感情など溜まったものがようやく作品として表に出た気がします。

その10年の間に、原作のあるいろんなジャンルの映画作品を制作しましたが、原作を読んで見ると「こういうストーリーは自分では発想できなかった」という気づきも多く、自分にないものを映画化、テレビ化してきたのがとても貴重な経験ですが、その時にはスピーディーに制作出来ていた分、自分はオリジナル作品を制作するには時間を要するんだという事を強く感じました。

大高 なるほど。これまで多くの商業作品を監督した経験がオリジナル作品に与えた影響はありましたか?

入江 それはやっぱりありますね。明らかに自分が描ける幅が広がりました。『ビジランテ』でいえば政治の世界、いままでは見えなかった権力者側の世界を描ける様になったのは、間違いなくその影響や経験が大きいです。

大高 権力者側の世界を描いたという話しですと、まさにそこが映画的リアリティの深みにもなっていると思うのですが、権力の描き方やそのキャラクター造形の説得力が圧倒的に思えました。

入江 そうですね。「権力」の様な目に見えないものを描くときに得てしてステレオタイプになりがちですが、短絡化せずに複雑なキャラクターが描けるようになってきました。

また『ビジランテ』は祖父の代からの土地を巡る話ですが、その視点にも商業作品の経験が活きていると思います。今までは割と同時代を切り取った作品が多かったのですが、WOWOWの連続ドラマW「ふたがしら」を監督した際に、必要に迫られて江戸時代をリサーチしたのですが、江戸時代はたかだか200~300年前ですから、現代と地続きになっている話しや事象も多く、今立って生きているという「今」の中にその様な時間的なレイヤーを発見した経験でした。そこで親子、おじいちゃんという世代の話が書けるなというのがありました。

『SR サイタマノラッパー』は同世代で不満を抱え、夢を追いかけている若者たちの叫びでありパーソナルな世界でしたが、10年経った今、物語の時間軸や登場人物の幅を広げられました。そもそも考えると自分一人で生きているわけではなく、何代も前から人はいて、日本経済や統治システムも昔からつながっているわけです。そこまでに視野も広がるようになりました。

大高 物語の強度はそこから来ているのですね。時代性の話でいうと、同時代を正面から力強く描いていますが、ある種の普遍性も孕んだ時代を超える作品でもあると思います。
政治の話でいうと、中国人コミュニティについても言及していますが、今世界情勢でもテーマとなる移民問題もしくはナショナリズムの問題は、どの時代からそれを眺めるかのタイムスパンで景色が違うという観点はとても面白いと思いました。あれはある種の実体験も背景にありますか?

入江 『SR サイタマノラッパー』の1作目を撮影するころから外国人の研修生問題というのがあり、農家や畜産業が人手不足でアジア圏から人を雇うのですが、かなりブラック企業化している事態を見ました。それをフィクションとしてどう出すかというのも10年経ったからこそのように感じます。

大高 確かに。やはりそれくらい長い時間かけないと普遍的な強度のある映画にならないのかもしれませんね。見るものを圧倒する作品の多くは何年も準備に時間を掛けている事が多いですよね。

入江 でもハリウッドだとすぐ映画化に向けて実行に移します。実際の人物の映画化とか割と早くてうらやましいです。

大高 そのスピード感の源は、お金の面以外では何が違うんでしょうね? ハリウッドは脚本家の企画開発力が凄かったりするのですか。

入江 そういう面はあるかもしれませんね。ハリウッドは脚本家がチームを組んでやっているので、情報量が比べ物になりません。アーロン・ソーキンという脚本家が好きなのですが、彼が脚本を書いた「ニュースルーム」というとてもおもしろいドラマがありますが、東京電力とかの固有名詞がすぐに出てくるなど、現実をフィクションの中に持ってくる力強さがすごいです。

大高 アーロン・ソーキンといえば映画『ソーシャルネットワーク』も彼が脚本家ですよね。アーロン・ソーキンはそういう社会や現代に切り込んで描く映画やドラマが多いですが、そのリアリティをもって日本映画を作るのは難しいのでしょうか?

入江 日本の映画界は訴訟に慣れていません。アメリカでは訴えられること前提で、裁判費用も予算に組み込まれていたりして、社会を描く事をためらわない。そういう点では日本は遅れているかもしれません。

わかり易い例では、アメリカの映画には「ワシントンポスト」「ニューヨークタイムズ」「CNN」などの固有名詞が必ず出てきます。日本では出てきません。映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』も紆余曲折あった、それでもつくるというのがおもしろいですね。

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