まるでドラマ『陸王』のように、草創期の箱根駅伝を足袋職人が支えた

まるでドラマ『陸王』のように、草創期の箱根駅伝を足袋職人が支えた

  • Sportiva
  • 更新日:2017/11/12

短期連載〜消えたハリマヤシューズを探して(4)

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はるか昔、1912年のストックホルム五輪に出場するため、駆け足自慢の学生・金栗四三(かなぐり しそう)と東京・大塚の足袋屋「ハリマヤ」の職人・黒坂辛作(くろさか しんさく)は、創意工夫を重ねてマラソン用の足袋を作り上げる。それは、あたかもテレビドラマ『陸王』(原作・池井戸潤)で足袋業者がスポーツシューズの世界に打って出るストーリーを先取りするかのような、日本男児の壮大なチャレンジだった。

ストックホルム五輪のマラソンで完走できなかった苦い経験から、帰国後の金栗は辛作とともにマラソン足袋の改良にとりかかり、その努力はハリマヤの「金栗足袋」へと結実する。そして同時に金栗が立てたもうひとつの誓いがあった。それは、世界に通用するマラソン選手を育成することだった──。

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「若き日の雄姿」と題された箱根駅伝ミュージアムの展示

■今や国民的イベントの「箱根駅伝」を発案した男■

長距離ランナーは孤独との闘いだ。走るというシンプルゆえに奥深い競技の魅力を人々に伝えることは難しい。個人競技が面白味に欠けるならば、タスキをつなぐ継走にしたらどうだろうか。金栗は一度に多くの長距離ランナーを育成する上でも駅伝競走がいいと考えた。

「長距離走をチーム競技に仕立てて、各大学に競り合わせてみたらどうだろう。対抗意識が生まれれば各校とも力の入れようが違うし、選手もはっきりした自分の責任が生じて、練習のつらさも克服できるだろう」

駅伝は山上りや山下りなど、区間によって自分の走りの特性が生かせる。駅伝チームを組むには人数が必要だし、団体競技の面白さも加わることで、ランナーの量と質を高めることができるのではないか。ランナーが無名でも大学対抗戦にすれば、沿道には応援する人々が詰めかけて、陸上競技の普及にもつながるはずだ。

こうした発想力には、金栗のたぐいまれな先見性が伺える。

金栗は、東京箱根間往復大学駅伝競走、いわゆる「箱根駅伝」の企画を報知新聞社に持ち込んだ。しかも金栗は、この箱根駅伝を「アメリカ大陸横断駅伝」の予選会にしようとしていた。

サンフランシスコからアリゾナ砂漠、ロッキー山脈を越えて、最後はニューヨークへ。日本人がこれを成し遂げたら世界中から注目されるし、学生にも夢を与えられる。ロッキー山脈を想定して、「天下の険」とうたわれる箱根越えのコースにした。この箱根走破で選ばれたメンバーを引き連れて、アメリカ大陸横断に挑戦するという壮大な計画だった。

こうして1920年(大正9年)2月14日、有楽町の報知新聞社前を出発地点とする箱根駅伝がスタートした。

金栗の想いに応えるように、辛作もサポートを惜しまなかった。駅伝を走る選手たちを、荷台に大きなカゴをつけたオートバイで追いかけさせた。カゴの中には金栗足袋が山ほど積まれている。もし途中で足袋が破けたり、底が抜けたりしたら、すぐに新しい足袋を渡せるようにするためだ。

「学生にとって、マラソン足袋は安いものではないだろう」と辛作は思った。中継地点でタスキを待つ中には、つぎはぎだらけの古い足袋を履いている者もいた。そうした選手を見つけては、新しい足袋に替えてやるのだった。

結果的に「アメリカ大陸横断駅伝」は実現しなかったが、現在の箱根駅伝の人気はご存じの通りだ。また、金栗の思惑通り、箱根駅伝からは多くの世界的なランナーが輩出し、シューズメーカーとなったハリマヤもまた将来性ある多くの選手をサポートした。

1991年の世界陸上東京大会でマラソン金メダリストとなった谷口浩美もそのひとりだった。92年バルセロナ五輪では、優勝候補でありながら踵(かかと)を踏まれて転倒。8位でゴール後に発した「こけちゃいました」というセリフで人々に愛されたランナーだ。

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箱根の山を駆け下りる日体大時代の谷口浩美 photo by aflo

中学時代からハリマヤのシューズを購入して履いていたという谷口は、全国高校駅伝で5度の優勝(当時)を誇る宮崎県立小林高校に進学する。その頃はすでにオニツカ(現アシックス)のマラソンシューズが全盛だったが、顧問の外山監督の勧めもあって競技用のシューズはハリマヤ製に決めた。

谷口が懐かしそうに振り返る。

「ハリマヤのシューズは履いた感じが袋縫いなんです。ミトンの手袋ってあるでしょ。あれみたいに親指があって、あとの4本の指が包み込まれた感覚だった」

高校時代の谷口は、ハリマヤのシューズがまさか足袋から派生した製品とは知るよしもない。

「僕は土踏まずが高くて甲高で、典型的な日本人の足型。ハリマヤが、そんな僕の足にフィットしていたんです」

谷口は1年生のときから高校駅伝のメンバーに抜擢されて、3年連続で全国大会に出場した。しかも2年、3年では全国大会2連覇を果たした。そうした実績が評価されて、日本体育大学へ進学する。

「東京の大学に入ったはいいけど、シューズを買う余裕もない。そしたら外山監督にハリマヤに行きなさいって言われてね。1年の夏休み前に初めて行ったんですが、東京に出てきても練習ばかりで、当時は大塚の場所もわからなかったんです」

たどり着いたハリマヤの事務所は想像していたよりも手狭だったが、出荷前のシューズの箱が雑然と積まれていて、人の出入りも慌ただしく活気があった。谷口はここで、ベテランの靴職人にシューズの相談に乗ってもらった。

谷口に限らず、多くの陸上選手たちが事務所を訪れては、「シューズのここが当たる」「あそこが合わない」などと意見を言うのを、靴職人が広げたり削ったりして、ランナーにとっての最高の一足に仕上げていった。ハリマヤもまた、そうした選手の意見を次の商品開発にフィードバックした。

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谷口のためにハリマヤが作った特注シューズ。踵のソールが厚い

「僕はよく事務所に行ってシューズをいただいたり、レストランで夕飯をごちそうになったりしました。行けば栄養をつけてもらった時代でしたね」

■職人たちの想いを胸に、谷口浩美は箱根を走った■

ハリマヤは一般的な知名度は低いが、陸上専門のシューズメーカーとして新しい技術や素材を取り入れた競技モデルを作り、国内のトップクラスの大会でしのぎを削るランナーたちに愛された。

ハリマヤのサポートを受けた谷口は日体大2年生のとき、箱根駅伝の6区を任された。以来、谷口は卒業まで6区を走り続け、「山下りのスペシャリスト」としてその名を馳せることになる。

6区は復路の第1走者で、往路の山上り5区と同様に勝敗の帰趨(きすう)を決する重要な区間だ。箱根湯本まで一気に下る標高差864m、平均時速25kmのハイスピード勝負で、つづら折りの小さなカーブが連続し、膝に大きな負荷がかかる。おまけに山を下ってから中継地点までのラスト3kmは平坦だが、箱根の山を全力疾走で下ってきたランナーには上り坂かと錯覚するほど足に重く、急にブレーキがかかる。これまで多くの逆転のドラマを生んできた、ランナーにとって過酷な区間として知られている。

下り坂の衝撃をいかに吸収し、連続するカーブでいかに横ブレをなくすか。1月の箱根は路面が凍結していることも珍しくなく、シューズの性能が勝敗を左右する。

そこで谷口はハリマヤに、箱根駅伝のための特注シューズを作ってもらった。

「僕は踵が厚いほうが好きなので、踵から土踏まずを高めにして、なおかつ下り坂の衝撃に負けないように反発を強くするため、硬いソールに改良してもらいました」

谷口はその特注シューズを履いて、2年の時に区間賞、3年では区間新記録を出し、さらに4年でも自身の区間記録を塗り替えてみせた。

「そうだ、あそこに行けばあるはずですよ!」

谷口は思い出したように声を弾ませた。

「あそこ」とは、芦ノ湖のほとり、往路のゴール地点であり、復路のスタート地点だ。そこに箱根駅伝ミュージアムがあり、35年前に谷口が特注した黄色のハリマヤシューズが展示されていた。シューズとともに飾られた長袖のランニングシャツの胸には「HARIMAYA」のロゴも見える。

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谷口が着用したシャツにつけられたハリマヤのロゴ

6区は朝一番のスタートで、標高の高い1月の箱根は凍てつく寒さだ。谷口が「自分は寒がりだから、長袖のシャツを作ってもらえないか」と頼んだところ、シューズとともにハリマヤが用意してくれたのだった。

レースの途中、何度も心が折れそうになった。「でも、みんなの想いをつないで走ったんです」と、谷口は当時を思い返して言う。

「タスキをつなぐのはチームの仲間だけじゃないんです。コンピューターで何でもできる今の時代と違って、僕たちはモノのない時代に、いただいた一足のシューズを大事に履くために職人さんと工夫を重ねた。学生の僕によくしてくれた営業さんとか職人さんとか、みんなの想いをつないで、その集大成でレースに出るわけだから、ここで折れてしまってはみなさんに申し訳ない。だから、そう簡単にはレースを投げられなかった」

金栗が発案した駅伝で、辛作の想いを受け継ぐハリマヤシューズを履いた学生ランナーが区間新記録を出す。そうした幸せな時代が確かにあったことを、その黄色いシューズは物語っていた。

(つづく)

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ドラマの原作、ランニングシューズ開発への挑戦を描く
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