IoTの発展で必要になる人、いらなくなる人 AIとIoTの苦手な「自己意識」がキーワード

IoTの発展で必要になる人、いらなくなる人 AIとIoTの苦手な「自己意識」がキーワード

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  • 更新日:2016/10/19
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IoTの世界は食事にも(写真はスマートフフォンと連動し食生活をサポートする革新的なお皿「プレイティ(PLAY-TE)」)〔 AFPBB News 〕

先日からAIでなくなる仕事という話を断続的にしているわけですが、もう1つ、IoTでも現在ある仕事がたくさんなくなるはずです。

AIとIoTはひとまずは別物ですが、実は同根でもあるので、これを考えてみましょう。

IoT、IoTとアルファベットを並べても分かりにくいですが、これはつまり「センサー技術」のことだと確認しておきましょう。高度なセンサーが情報を得て、それがインターネットを通じて遠隔のユーザに利便を供するものとして直接送られてくる。

仕事に出ている間の自宅で、ワンちゃんネコちゃんがどのように過ごしているかが手に取るように分かる――。

なんていうのが、よくいうIoTの例であるわけですが、ここで「人間よりシステムが優れている点」と「そうでない点」を分別してみましょう。

ピンポイントのセンシング機能はマシンに軍配

東京都内の駅で、改札に「切符を切る」人を見なくなって、もうどれくらいになるでしょうか。

昔は「きせる乗車」というものがありました。いや、今でも形を変えて、システムを騙す「きせる乗車」をする人はいるのでしょうが、ここでは古典的な例を考えてみます。

A駅から隣までの安い切符を買って、実際には遠方のB駅では、やはり安い定期券で降りる。あるいは両端だけ安い定期を買っておくとか、いろいろな不正乗車の可能性が考えられます。

こんなふうに「両端だけ金がくっついてる」から「きせる」(のパイプは両端が金属になっている)というわけですが、人間の改札員が目で見てチェックする限り、これを防止するのは中々困難です。

かつて電車の切符は大半が紙に文字が印刷されているだけで、ハサミをいれて一部を切り落としていました。

今でもローカル線などでそういう切符に出くわすと嬉しくなったりしますが、情報化の進んだ改札は、磁気テープ化した切符に「何時何分にどこの駅で入構して今どこにいる」といったインテリジェントな情報を瞬時にして読み取り、怪しい乗客がいればそこでスクリーンされてしまいます。

この先は、現在でも人間の駅員さんの仕事で「どうされましたか?」と人がやって来たりする。未来の合理化でこれがどう変わるかは、まあ推移を眺めることにしましょう。

今、駅改札での切符や定期券の検札という具体例でお話ししたわけですが、すでに仕様の決まった個別のセンシングという観点では、人間よりセンサーの方がはるかに優れている場合が多い。速く、かつ正確です。

センサーからIoT、ビッグデータへ

スーパーやコンビニエンスストアのレジではバーコードをコードリーダー、まさにセンサですが、で読み取ることが増えました。手打ちで金額を入力というのは例外的で、見るからに非効率で遅い。

こういう部分は、フェイルセーフで手動モードはあるとしても、現実には大半がマシンのシステムに取って代わられ、人間の専用雇用は激減して行く。まず間違いないでしょう。

こうした卑近な例を挙げて、新たな情報化の流れを概観してみることにしましょう。

駅の改札やスーパーのレジがどれくらいスタンドアローン、つまりそれ単体でセンシングしているのか、それともネットワーク連携しているのか、定かには知りませんが、最終的に顧客行動の情報はネットワーク的に一元化され、管理されることになるでしょう。

レジで「**ポイントカード」を見せると、それに「ポイントをつけてくれる」場合があります。サービスで得しているのかと問われれば、必ずしも、と答えざるを得ない。個別センサで得られた情報に顧客の情報を紐づけするのが「**ポイントカード」の現実で、それがネット連携しているのがIoTと呼ばれる化け物の尻尾の一端。

こ うやって自分自身の顧客情報も集められて日々膨張しているものが「ビッグデータ」と称され、それをマイニング=採掘してビジネス転化するところにAI商売の1つの販路があることになります。

この種のイノベーションが進むことで、なくなっていく職種は無数に考えられるわけですが、ここでは「それで仕事を奪われる」と恐怖するのではなく、どのような職種が残るかを考えてみます。

例えば駅の改札でペンギンのついたカードをうまく読み取ってもらえないと、駅員さんがやって来てくれます。新幹線の改札付近には自動改札なのに結構多くの駅員諸氏が待機している。実際トラブルで足止めを食う旅客が頻出していたりもする。

つまり、一元的なシステムのルーチンで判断できない事態が発生したとき、電気無能の限界を補うよう、有能な人間があてがわれるということになるのです。

完全な無人駅を除けば、あらゆる駅に駅舎勤務の要員はおられ、彼らはかつての切符切りというハードワークから解放されたうえで、人間でなければ務まらない様々な業務に従事しています。

例えばホームから人が落下し、危険な状態になっている、というような際、必ずしも事前準備のシステムだけではカバーできない安全管理など「とっさの機転」を要求される、より高度な職務に特化して雇用されている。

雇用の総数増減というのは重要なポイントですが、ここでは別論とします。個別の業務でIoTのセンシングが進んだ社会では「センサーでは区別、判断できない例外状態」、端的に言えば「危機管理」につながる「判断業務」が、人間の持ち分としてクローズアップされてくることになると思われます。

計算機は意識を持てない

少し前のことになりますが、あるところで噴飯もののプレゼンテーションを見たことがあります。

「家が意識を持つ」という話で、病人の介護などIoTが活躍する局面において、AIが「意識をもって家族の安全をケアします」というのですが、これはインチキと言った方が多分当っている。こんなものに官費を当てているケースがあれば、行政訴訟を覚悟しておくべきでしょう。

原理的な困難があるからで、数学的にも示すことが可能、いわば「永久機関」、つまりいくらでもエネルギーを取り出せる電池を作りますというのと同様、基礎的な自然法則に照らして不可能なことを言っている可能性が高い。

エネルギー保存則という根本に照らして「永久機関」は作ることができない。熱統計力学の第一、第二法則に露骨に抵触してしまう、というのは、関連の専門を学んだ方には自明のことでしょう。

人文的な側面がかかわってくると自然法則というのとは少し違う面が出てきますが、無理な話というのは無理なものです。

もう10年くらい経つと思いますが「円天詐欺」という事件がありました。「デジタル貨幣円天」というものがあり、これは使っても使っても、いくら使っても減らない財布だ、と称するマルチ商法です。

ローカルに見れば短期的に得するように見えても、システム全体として考えれば破綻が最初から明らか、財源が有限なのだから、無限に増える財布などできるわけがありません。

このあたりの内容でペテン師の言葉に騙されない程度の義務教育は必須不可欠だと私は思うのですが、いかがでしょう?

加齢により認知症状が進んだようなケースではなく、十分普通の判断ができるはずの人が「使っても使っても、いや使うだけ得する財布」などという都合の良いものが可能だと信じ込まされて「円天詐欺」の被害を被っている。

やや自業自得の感も正直持ちましたが、何であれ原理的に可能なもの、不可能なものの区別、分別はついた方が、道を誤りません。

話題をIoTに戻りましょう。今、新しいデスクトップパソコンを買ってきてシステムを組むことを考えることにします。

箱を開けて本体やモニター、キーボード、それからプリンターなども接続して便利な環境を作るとします。

パソコンに新しいモニターをUSBケーブルなどで接続すると、きちんと適合するものについては「認識」して「ドライバーのソフトをインストールします」うんぬん、簡単なガイドが自動的に示されたりする。

仮に、機種として適合していないプリンターを接続したらどうなるか。

適切にI/Oとして認識せず、機能を果たすことはできません。早い話、型番がずれたプリンターでは印刷できない。

簡単な事例ですが、ここにセンサーやIoTの本質的な限界、逆に言えば人間の領分が端的に示されているので注意しておきたいと思います。

電子計算機、AIないしIoTのセンサー類は、事前にプリセットされたオブジェクトを、定義の範囲内で適切に「認識」することができます。箱庭やビニールハウスのような環境ではこれは非常に有効です。

しかし、未定義の「この世界全体」を認識する、というような芸当は、SFでロボットを擬人化するとき、いとも簡単に乗り越えさせてしまうポイントですが、容易にはできないんですね。

言葉の定義にもよりますが、ここでは「ノイマン計算機に意識を持たせることはできない」、もっと正確に言うなら「ノイマン計算機に、病人介護や危険回避のような判断の能力を十全に具備させる<意識>を持たせる実装に、現状で工期を設定して開発は無理」といったあたりが妥当だと思います。

これは、生命にとって「意識」とはどのようなものか、それがどのように進化発展してきたかの本質に照らして考えると、原理的に明らかなことと知れてきます。

現状のノイマン式計算機は大脳新皮質の知的演算の一部をスイッチング素子で代替して高速に処理しているものですが、現実世界の生き物に目を転じれば、大脳を一切欠く生命体、例えばゴキブリなどの昆虫、背骨のない生き物を考えればよいでしょう。

脊髄動物の中枢神経系が高度に発達して脳というシステム、ニューロンのスイッチング・ネットワークが生まれてきたわけですが、ゴキブリに人間のような脳はありません。

もっと低次の生命体、動物性プランクトンを顕微鏡で観察してみれば、アメーバでもミジンコでも、彼らの身の回りの世界、全く未定義の世界を認識し、行動しています。

動物は捕食しないと生きていけません。だから動くようになって「動物」なわけですが、自身が動けば世界も相対的に動きます。

そこでやって来る「餌」を捉え、あるいは「捕食者」から逃れ、個体と種の保存という生命の根本的な動機を維持し続けるうえで獲得されたセンサ=知覚の神経細胞と、そこで得られた情報を演算、判断する「神経節」が発達する中で「意識」というモジュールが少しずつ進化していきます。

こうした過程をゼロから跡づけたのが「プログラムされた細胞死」アポトーシスを発見したシドニー・ブレナーたちのグループで、モデル生物である「線虫」Cエレガンスを用いて、様々な「原始的な中枢(脳)」の知的な創発現象が解析されるようになりました。

しかし彼ら原始の存在は力強い反面、大味です。単細胞生物も、ゴキブリも、餌だと思うとワラワラと寄って来るし、危険だと思うと、まさに蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。

このレベルの「意識」が、原始的にはクラゲやヒドラのレベルから、昆虫や魚類、爬虫類まで様々な生き物に共通して見られます。

彼らの意識は、例えば病人をケアするのに、ほぼ役に立たないと思います。人間が人間相手の高度なサービスに適用するのに足る「認識」や「意識」の肌理の細かさは、1つには「子供を親が育てる」生物と、そうでないものとで分かれると言っていいように思います。

卵生の生き物では多くの場合、子供は生まれたら生まれっぱなしで、外的に食べられたりしながら残っていきますが、マウスブルーダ―など一部の魚は、親が自分の口の中など安全な空間で稚魚を育てる行動が見られます。こういう生物の世界認識や意識はどうなっているのか?

少なくとも、口に入ってきたモノは即座に何でも自動的に食べるといった「サメの脳」の貪婪よりは、はるかに高度なセンシングと危機管理判断が行われ、またそれに足る賢い中枢神経系=脳が、高度な意識現象を可能にしていると考えられます。

これが可能なAIもIoTも、当分商品として開発することはできないと思います。その原理的な困難の1つとして「自己意識」という難問があります。

私たちは自分が自分だと認識している。これが「自己意識」だとここでは仮にしておきましょう。こう言う「自己言及的な系」というのは、取り扱いが極めて面倒で、数理的にこれを解決して「僕ロボット」という意識を持つシステムを作り出す目途は、当分立たないように思います。

さらに、ただ単に「僕ロボット」という意識だけでは、例えば「病人をケアするAIハウスシステム」が持つべき意識として十分ではない。

せいぜいがゴキブリ程度の自己意識で、子供や病人のケアなどに全く役に立つことはないでしょう。実はゴキブリも立派に自分は自分、仲間は仲間、餌は餌と分別する、彼らなりの世界観を持っているのです。

この「自己意識」もまた多層的な構造をもっているのですが、そういった観点からAI、IoTの普及でなくなる職業、むしろ重点強化される職種といった問題を、引き続き考えてみたいと思います。

(つづく)

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