想定外妊娠:「順番、守ってくださいよ」。未婚で妊娠した女に突き刺さる、世間からの冷酷な視線

想定外妊娠:「順番、守ってくださいよ」。未婚で妊娠した女に突き刺さる、世間からの冷酷な視線

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  • 更新日:2018/09/20

「結婚なんかしない」

そう、言い張っていた。

今の生活を手放すなんて考えられない。自由で気まぐれな独身貴族、それでいいと思っていた。

仕事が何より大事だと自分に言い聞かせ、次々にキャリア戦線を離脱してゆく女たちを尻目に、私はただひたすら一人で生きてゆくことを決意していたのに−。

元カレ・ショーンと別れた直後に発覚した”妊娠”に戸惑う木田千華、32歳。一生独身主義を豪語していたはずだったキャリア女子の人生が、大きく動き出す。

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「別れた、って…、どういうこと?」

舞子の刺すような視線が痛い。

妊娠判明により、私がここまで動揺し、パニックに陥った理由。

それは、私自身、一生結婚なんてするつもりがなかったから。ましてや、妊娠なんて想定すらしていなかった。

だけどそれ以上に大きな理由は、子どもの父親であるはずの男・ショーンとの恋が、すでに終わっていたからだったのだ。

「俺のせいで、子供できなくてさ。だから離婚した。」

そんなショーンの告白を聞いたのは、彼と付き合う直前だった。

「両親は物心付く前に離婚していたし、俺は長野の祖母に預けられていたんだ。それだから、家族をどう構築したらいいのかもさっぱりわからなかった。…そんないろんな原因が重なって、元妻は家を出てっていった。」

普段強気の彼が、珍しく弱々しい顔で過去を語ったのだ。

3年前の冬、彼が私を真剣な瞳で見つめ「それでも、千華の恋人になりたい。」と言った日のことだ。

そもそも結婚なんて望んでいない私にとっては、ショーンの過去なんて少しも気にならなかった。

舞子に“彼氏ができた”と報告した時も、「私も彼も、仕事が一番大事。だから気を使わなくていいし、ちょうどいいの。」なんて言っていた。

結婚も出産も、私の人生には必要ない。ただお互い「自由な恋人同士」でいられれば十分だと、本気で信じていたのだ。

それで全てがうまくいくと思っていた。

実際は、そんな都合よく行くはずもなかったのだけれど。

"束縛しない恋人同士"がうまくいかなかった理由

外銀のトレーダーとして活躍していたショーンは、私なんかよりもずっと時間の無い男だった。

連絡も途絶えがちで、急なドタキャンも数えればキリがない。久しぶりに会えたと思っても、彼は手元の携帯を手放さず、株価の変動に次の行動は左右されていた。

はじめはそれでよかったのだ。

だけど、ウェイターの同情に満ちた目線に耐えながらレストランで彼を待ちつづけたり、ひとりぼっちでバーカウンターに置き去りにされる虚しさに押しつぶされたりしていくうちに、少しずつ不満が募っていった。

互いに束縛し合わない、自由な恋愛の美しさをあれほど語っていたはずなのに、私は次第に不安になっていく。

そんなことを繰り返しているうちに3年も経ってしまった。

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そして、その日はやってきた。

ザ・リッツ・カールトン・東京の『アジュール フォーティーファイブ』に、ショーンは約束の時間になっても現れなかったのだ。

やっと電話がきたのは、待ち合わせから1時間も過ぎた頃。

「悪かった、本当に。NY市場がー。」

「ねえ、…誕生日よ、今日。」

それなのに、テーブルの向こうには誰も座っていない。私はスマホに向かって、低い声を絞り出す。

普段忙しくてなかなか会えない彼が、「千華の誕生日は絶対に都合をつけるから、最高の一日にしよう」と言ってくれたのが嬉しくて、私はこの日を楽しみにしていた。

このために仕事だって、うんざりするほど溜まった業務を気合で片付けたのだ。

だけどもう、いつ現れるかわからない男を毎回待ち続ける体力なんか、この体のどこにも残っていない。

「これじゃあ私、ただの”都合のいいオンナ”よ。」

ショーンの返事を聞くよりも先に「さようなら」と、言って電話を切った。

目の前にきちんと並ぶ2人分のカトラリーだけが、忌々しいほどの輝きを放っていた。

こうして私たちの関係は、あっけなく終わりを迎えたのだった。

「それ、本当なの…?しかも誕生日、って…。」

舞子に尋ねられて、私は黙って頷いた。

3年も続けた”自由な恋人同士”という間柄は、結果として誕生日すら祝ってもらえない関係になっていたのだ。

「でも千華、誕生日の2週間くらい前に、シアトルまで会いに行ってたよね?」

「わざわざ、ね。ショーンの出張に合わせて週末に行ったわ。私は仕事があったから先に帰国したけど。」

観光もせず、一日中ホテルのベッドで過ごす甘ったるい時間。そうしているとやっぱり幸せで、日本で彼に対して感じていた寂しさや不満も緩和される気がした。

「たぶん、その時に妊娠したんだと思う…。帰国する時、誕生日は日本で祝おうって…約束したのに。」

舞子の同情に満ちた眼差しが、私を余計惨めにさせる。

だから、別れた日のことなんて言いたくなかった。

「そっか、わかった。ねえ千華、どちらにしろ早く病院は行かないとだめよ。」

舞子はそう言って、彼女が通っているという産婦人科のURLを送ってくれた。

「ここ、女医さんだし、私もたまに行ってるの。会社からも少し離れてるから。」

「舞子、どこか悪いの?それとも、まさか2人め?」

「…違う違う、定期検診。健康診断で引っかかったから。」

舞子は慌てたように笑って、話題を変える。

「ねえ、ショーンの”不妊”ってもしかして、”精子欠乏症”かな?もしそうなら、妊娠の可能性は無くもないものね…。」

私は黙って頷き、ため息をつく。

精子欠乏症で妊娠しない可能性もゼロじゃないし、結局、男性主体の避妊で妊娠しない可能性だってゼロではないのだ。

そして、舞子の紹介してくれた産婦人科に予約を入れた。

「ありがとう、舞子。家のこと大丈夫?」

「いいよ、親友だもの。今日は夫がお迎えの日だから、もともと残業するつもりだったし。」

その時はまだ、なぜ舞子がこの産婦人科に通っているか、そしてどうして彼女の口から“精子欠乏症”という単語がさらりと出てきたのか、少しも考えつかなかった。

産婦人科検診で目にした命のカタチ

恵比寿にあるクリニックの待合室で、ソファーに腰掛ける3人ほどの女性が目に入る。

マタニティマガジンや学資保険のパンフレットを眺めている彼女達からは、幸せなオーラが滲み出ていた。

私はそんな彼女たちを避けるように、待合室の窓際のソファーの端に座って、受付で手渡された問診票を書いていく。

名前、年齢、アレルギーの有無。そして、既婚歴。

ーなんでそんなこと聞くのよ。

筆圧を込めながら、恨みがましくぐるっと”未婚”に丸をつけた。ちらつくショーンの横顔を振り払うように。

すべて書き終えてから受付に問診票を渡すと、携帯が震え、部下からの着信を知らせる。

ーN社の件です。タレントは提案していた”三好アリサ”で決定しました。

部下である徳永からの業務連絡メールによって、現実に引き戻された気がした。そんなメッセージに目を通している自分は、この待合室ではますます浮いてしまっているようだ。

−OK、ありがとう。戻ったらスケジュール見るね。

N社はワインを扱う大型の案件だ。何ヶ月もかけて口説き落とし、ようやく受注までこぎつけたのだから、絶対に失敗はできない。

仕事だけが滞りなく進んでいることにホッとしながら手短に返信したところで、柔らかな女性の声が待合室に響いた。

「17番の方、2番の診察室にどうぞ。」

私は、番号札をぎゅっと握りしめ、ソファから立ち上がった。

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−きれいな先生。

私の下腹部にぐりぐりとエコーを当てて、子宮を探している先生の横顔を見ながらそんなことを思っていた。

「あ、いましたよ。」

先生が薄く笑顔を浮かべながら、モニターを指差す。

そこに映し出されていたのは、まだ人の形にもなっていない砂嵐のような影だ。

「木田さんは今7週目ですね。ほら、もう心拍確認できますよ。」

先生が指を差す先で、チカチカと画面が揺れている。

「これが…。」

ー心臓だ。

それは今まで見たどんな映像よりも感動的だった。この世の不安をすべて吹き飛ばすような力がある。そう思った。

私の中に、小さいけれど新しい命がある。守るべき、命が。

「はい、どうぞ。」

診察室を出る間際、先生が手渡したのは一枚のエコー写真だ。

それを受け取るときには、もう私の決意は固まっていた。

ー産みたい、この子を。幸せにしてあげたい。

産むと決めたからには、まず、ショーンに連絡をしなくては。

この先、彼がこの子の人生にどう関わるのかは想像もつかないけれど、父親には違いない。

しかし、クリニックを出て携帯を取り出すと、そこには部下の徳永と、営業部の電話番号から着信が12件も入っていた。

その件数から、決していいニュースなんかじゃない、と確信する。

「…えっ?”三好アリサ”妊娠したの!?」

クリニックを出て徳永に電話をかけた私は、素っ頓狂な声をあげる。

「ええ、さっき事務所から連絡がありました。」

「彼女って、たしか独身よね?」

「はい。相手はわかりませんが。多分、先月週刊誌に撮られた一般人じゃないですかね。」

電話越しだったが、徳永の険しい表情が容易に目に浮かぶ。

「よりによって妊娠なんて。まじで順番守ってほしいっすよ。」

「…とにかく、すぐに戻るから。」

そう伝え、急いで会社に戻る。だが、道すがら徳永の言う”順番”というワードは私の胸につかえていた。

ー私も、順番、守ってないけど…。

私に向けて言った言葉ではないと頭ではわかっているのに、まるで自分の事を責められているかのようだ。

順番どころか、別れてしまった男が父親…。

この子と私を待ち受けているであろう前途多難な未来。それを思うと、会社のエントランスで私の足はすくんだ。

▶Next:9月21日 金曜更新予定
次週、キャリアも子供も手放したくない女が選んだ手段とは?

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