渋野日向子選手を「のびのび」育て世界一に導いた「親の立ち位置」

渋野日向子選手を「のびのび」育て世界一に導いた「親の立ち位置」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/08/19
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ジャーナリストの島沢優子さんは、筑波大学の学生時代にバスケットボール全国優勝経験がある2児の母。自身の経験に加え、長年スポーツ指導や教育について多くの教育者に取材を重ね、講演会なども行っている。

8月1日~4日まで行われた全英オープンで日本女子42年ぶりのメジャー制覇を成し遂げた渋野日向子選手に注目が集まっている。笑顔もプレーも素晴らしいが、加えて惹かれるのが「周囲に育てられた」と語る母親をはじめとした大人たちの存在だ。

いったいどうやってあれだけ清々しく素晴らしい選手が生まれたのか。その秘密を教育の視点から島沢さんが解説する。

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パワフルで正確なショットはトップクラスのゴルファーより頭一つ抜けている Photo by iStock

島沢さんの今までの連載はこちら

確かなゴルフスキルが育った過程

これからが大変だねえ。
テレビのなかでほほ笑む「スマイルシンデレラ」に向かって、思わずそう言ってしまった。

二十歳の渋野日向子選手が、初挑戦した全英オープンで優勝してしまった。樋口久子・現LPGA(日本女子ゴルフ協会)相談役樋口さんが1977年に果たして以来、日本女子としては42年ぶりのメジャー制覇だ。

ラウンド中に駄菓子を食べたり、ボギーを出した後でもニコニコ笑ってギャラリーとハイタッチをしたり。記者会見では海外メディアからの質問にジョークを飛ばすなど、日本人のステレオタイプではない奔放さ。樋口さんが「新人類」と表現をした(懐かしすぎる!)物怖じしない天然メンタルがクローズアップされる。

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可愛すぎると話題になったモグモグタイム。「タラタラしてんじゃね~よ!」は完売状態で工場にも列ができているとか Photo by Getty Images

だが、言うまでもなく勝利は確かなゴルフスキルがもたらしたものだ。ショットやパットの安定感はもちろんのこと、特筆すべきはパワフルなドライバーショット。2位の選手と出場していた世界ランク1位の選手の飛距離は平均で250ヤードだが、渋野選手が全英オープン最終日で繰り出した平均飛距離は264ヤードと、海外のトップ選手を上回っている。勝利は決して偶然の産物ではないのだ。

では、彼女はどうやってこれほどまでの実力をつけたのか。なぜ世界一になれたのだろうか。

ソフト左打ち転向のメリットとは

渋野選手が小学生時代にソフトボール、中学1年生までは野球を、ゴルフと並行してプレーしていた。

ソフトボールはエースで4番。ここまでチームの主軸であれば、「ゴルフは辞めてソフトでオリンピックを目指せ」などとコーチが言いそうだ。ところが、彼女が所属したソフトボールチームの指導者はそうではない。ゴルフを始めたと聞き、右利きの彼女に左打ちを勧めたのだ。

コーチ自身もゴルフをする人で、右でバットスイングをしてそのままゴルフをすると、ボールに右回転がかかり右へ曲がってしまった。つまりスライスが出やすくなると感じていたため、左打ちに転向させたそうだ。

このアドバイスは、スライス防止は無論のこと、その後の体つくりにも役立ったと推測する。

なぜなら、ゴルフやテニスなどは、同じ方向に体をねじって同じ動作を繰り返す一側方向の競技だ。体への負担を考えて、テニスの育成年代のコーチには右利きの選手に左でラケットを持って練習をさせると聞いたことがある。錦織圭選手が、左手でもごく普通に速いボールを打てるのはよく知られる。

それと同じように、渋野選手のソフトボールでの左打ち転向は、体をバランスよく成長させる結果につながったに違いない。

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渋野選手は男子も一緒のソフトボールチームでエースで4番だった。エース、上野由岐子選手をはじめ、女子ソフトボール日本代表選手は右投右打が多い。写真は左投左打の長崎望未選手 Photo by Getty Images

ひとつのスポーツに特化しない利点

ジュニア期にひとつのスポーツに特化しないで複数行うことは、身体発達学の専門家やトレーナーの人たちが口をそろえ推奨している。10歳くらいまでに発達する神経系をバランスよく鍛えられるからだ。

さらにいえば、心理的な部分でも単一種目に偏らないメリットはある。
スポーツの育成現場をここ15年ほど取材してきたが、渋野のように2つ以上のスポーツをやってきたアスリートは、負けを受け止める力がある。負けても激しく動揺しない。「また頑張ればいい」と切り替える強さを身につけている。

複数競技を行う子どもをもつ親御さんも、負けに寛容だ。二つやっていれば、どちらもずっとスター選手ではなかなか続けられないから、子どもの負けた姿を見る機会もある。だが、ふたつやっているので「次はゴルフで取り戻そう」という具合に励ますこともできる。親にそれができるということは、負けたことをネガティブなことではなくわが子の成長の一環として受け止めているということだ。

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幼少期からひとつのスポーツ「だけ」に絞って追いつめない方が、身体のバランスとしても心身的にもいいのだという Photo by iStock

受容できない親は「悔しくないのか!」と怒鳴りながら、親自身が一番悔しがる。これでは冷静に子どもの気持ちを考えた声掛けや態度はとれない。

渋野が中学校にあがると、野球部顧問はゴルフ一本に絞ることを勧めたという。小学生時代はかけっこでも腕相撲でも男子顔負けのスーパー少女だったが、中学生にもなれば急に背が伸びて体が大きくなる男子が台頭してくる。彼女のプライドを傷つけずに、行くべき方向に背中を押せる指導者だったのだ。

親以外の「良き大人」からのサジェスチョン

こうやってみていくと彼女は、良き大人に、良きタイミングで、良きサジェスチョンを受けている。しかも、それが親でないことが、私はミソだと思う。
遊び感覚満載なニュースポーツのスケートボードでさえ、技ができるまで食事抜きでやらせる親がいる。少年野球、ミニバスケ、少年サッカーなど人口の多い競技では、言うまでもなく親過熱の傾向がある。負けたわが子を前に、「悔しくないのか!」と怒鳴る人は少なくない。

渋野家の子育ては、それとは対岸だ。
スポーツの現場はコーチと選手のものだから、親は口を挟まないと決めていたのだろうし、子どもは地域で育つものだと考えていたのだろう。
母の伸子さんは「自分たち親は何もしていない。娘は周囲の人たちに育ててもらった」と感謝の言葉を口にしている。

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優勝決定後、同伴者とハグする渋野選手。「周囲に育てられた」の周囲が間違いなくとても温かい。それを感じさせた Photo by Getty Images

この教育観は、どこで得たものか。
彼女の両親はともに筆者と同じ筑波大学体育専門学群出身。バスケットボール部だったこちらが数学年上で、夫妻とも陸上競技部だ。
私たちが学生だった30数年前からどの部もすでに脱根性論で指導されていた。学生に自立を求める文化があったから、彼らもその価値観を身につけているに違いない。

娘に過度に干渉せず、距離を置いてサポート。指示命令や根性論とは対岸の子育てで成長を見守ってきた。
サッカーの久保建英の父親も筑波大学サッカー部出身。過度に干渉せず、子どもの気持ちを見極めてサポートしてきたと聞く。

世界で輝くアスリートの親の多くは「黒子」

世界で輝くアスリートの親たちの多くは「優秀な黒子」だ。

黒子に徹した渋野の両親が、もともとあった娘のポテンシャルを開花させたのだろう。あれこれと世話は焼かないけれど、人生に必要な哲学は伝えている。高校のゴルフ部で、好不調の波が表情に出ることのあった娘に、「苦しいときこそ笑おう」と教えている。

ゴルフの選手は、その場、その場で決断を迫られ、状況が悪くなれば自分の力で立て直さなくてはならない。自分の代りには誰もドライバーを振りぬいてはくれない。勝負だからワンオンで行けと命令もされない。自分で決めて、自分で攻める。失敗すれば、入るまで打ち続けなければならない。
つまり、終始、自立し、主体的に動ける「大人」であることが求められる。

子どもを自立させるためには、干渉せず見守りましょう。
自分から動き出すまで待ちましょう。

講演会などで私がそう話すと、「ずっと失敗し続けたらどうするんだ」とか「そのために親がいるのに」と心配する声が噴出する。

その背景には、正しい子育てはイコール、「失敗させない子育て」という思い込みがないだろうか。うまく導く。いい子でいられるようしつける。周囲から評価される子に育てる。そこに失敗は許されない。

そうではなく、主体的に動ける子に育てさえすれば、何があっても永遠に自分で修正できる。そのためには、失敗を体験させて、修正するスキルを習得してもらわなくてはいけない。

子どもが失敗しないよう骨を折る親ではなく、渋野家のようにわが子が成功を収めたときに「私たちは何もしていない」と言い切れる親になろう。そんな優秀な黒子を目指したい。

そうすれば、子どもは間違いなく変わってくる。たとえ、スポーツや何かで挫折したとしても「次は何をやろうかな?」とワクワクできる人間に育てよう。

その意味でも、私はしぶこの「次」に大いに興味がある。ディフェンディングチャンピオンとして、これからの活躍を見守りたい。

渋野日向子さんの写真をまとめてみたい方はこちら→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66532?media=frau

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「昔は感情が表に出ていたけれど、笑った顔が可愛いと親に言われた」ということを会見で語っていた渋野選手。素晴らしい才能を伸ばした環境は、「根性論」「命令系統」からは対極の場所にあった Photo by Getty Images

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