左半身まひの妻を支えた岩本恭生の実体験「愛する人を介護する苦悩」

左半身まひの妻を支えた岩本恭生の実体験「愛する人を介護する苦悩」

  • 週刊女性PRIME
  • 更新日:2018/02/14
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'05年、吉本興業前会長のお別れ会に夫婦そろって出席した

不倫疑惑報道を受けて1月19日に開かれた記者会見で、小室哲哉は引退を表明した。重い決断だったが、それ以上に衝撃を呼んだのは、彼が妻のKEIKOの介護に疲れ切っていたという事実である。

「看護師のAさんと逢瀬を重ねていたことが報じられたんですが、小室さんは男女の関係を否定しました。KEIKOさんと夫婦のコミュニケーションがとれなくなり、Aさんに甘えてしまったことは認めています。

介護に苦しんでいたことを赤裸々に語り、精神的に追い詰められていたことを明らかにしました。真摯な受け答えに共感が集まり、報道した『週刊文春』への批判が高まりましたね」(スポーツ紙記者)

小室は会見の最後に発言を求め、介護への理解を求めた。高齢化社会に向かう中で、誰もが直面する問題である。

タレント・岩本恭生が語る壮絶介護の経験

「妻は左半身が麻痺してしまって歩行ができず、車イス生活でした。手も使えず、左目が内転しているような状態。嚥下機能も麻痺しており、食事も飲み込めませんでした。リハビリでわずかに話せるようになりましたが、満足には聞き取れませんでしたね」

妻の恵美さんに脳腫瘍が見つかり、'08年に手術を行ったが失敗。神経の一部を切断してしまい、麻痺が残った。岩本は“主夫”として子どもの世話をしながら妻の介護を行うことになる。

「左半身に麻痺が残っている状態でも、“リハビリを頑張れば、半年後、1年後には……”と希望を持っていました。それを望みに介護に向き合っていたんです。介護の本を何冊も読んで、介護される側も気持ちよく過ごせるように、と考えたものでした。でも、現実は違います。人間にはやはり許容範囲というものがありますよね」

手術後に恵美さんは性格まで変化してしまう。我慢強いタイプだったのに、ちょっとしたことでヒステリックな反応を見せるようになった。

「僕の気持ちが折れてしまっているときに妻の機嫌が悪いと、ののしりあいのケンカをすることもありました。“どうしてこんなにつらい思いをしなきゃいけないんだ”と思うこともありましたね。

でも本人がいちばんつらいこともわかるんです。今まで普通にできていたことができなくなって、迷惑をかけてしまうと思い込んでしまいますから」

介護が始まった当初は、毎週のように衝突を繰り返していたという。

「介護をしている僕は、彼女に“ひと言でも感謝の言葉を言ってもらえたら……”と、求めてしまう部分もありました。でも、何も言ってくれないんです。考えてみれば、彼女も不自由な生活でストレスを抱えて、ギリギリの状態だったと思うんですね。でも、介護を始めた当時は、そう考える心の余裕を持てなかったんです」

溝が深まり、自分も追い詰められていく─。

岩本は、この状況を変えるべく、気持ちと考え方を切り替えることにした。

「妻に接するときは、子どもを見るつもりで接することにしました。子どもたちは彼女を“ママ”と呼んでいたので、僕は“ママちゃん”と呼ぶことにしました。子どもたちにとっては、僕もママも同じ親。でも、介護されている状態の彼女は、僕と対等ではないと考えるようにしたんです。

対等な立場だと、どうしても彼女にも感謝の言葉などを求めてしまう。あやすような感覚で接することで、彼女にいろんなことを求めないようにしたんです」

小室は、KEIKOが女性から“女の子”になったと話していた。岩本は、小室が自分と同じことを感じたのかもしれないという。気持ちを切り替えて新たに介護に取り組んだが、またしても厳しい現実が明らかになる。

「100パーセント以前の状態に戻るのは無理でも、母親として帰ってきてくれるという希望があるうちは、頑張れたんです。

最初の手術から3年後の'11年に2回目の手術を行うと、腫瘍が大きくなっていました。そこで“失ったものは元に戻らない”という現実を痛感しました。僕たちが夫婦として元に戻ることもないのだと気がついたんです。希望が絶たれてしまったと思いました」

'12年に実家のある札幌に移住し、岩本の母と同居を開始。生活環境を変えようとしたが、母も倒れてしまう。

「ストレスが倍になりましたね。6年間、禁煙していたのに再び吸うようになり、量も増えてしまって。母が倒れたとき、自分は56歳。子どもたちを置いて、北海道から仕事に出かけることができるのか。そんな状況で続けられるのか。仕事を減らして、収入がなくなってもいいのか……など、60歳を目前にして考えました」

人生の節目を前に積もり続ける悩み

「表舞台に立つ人間という自負がありましたから、笑わせる側の人がつらい話をするのは違うな、と思っていたんですね。小室さんもそうだったんじゃないでしょうか。ましてや、KEIKOさんも芸能人の方。

本音を包み隠さず言える相手なんて、周りに少なかったんじゃないかと思いますよ。ブログなどで“頑張ってますよ”と発信することは多少の気休めになっているのかもしれませんが、同時に“元気でなければいけない”というプレッシャーにもなってしまいます」

岩本の場合は、子どもが2人いたことが苦しい中での支えになっていた。

「市川海老蔵さんは、闘病中の小林麻央さんのことをブログに書いていましたね。お子さんがいるから、前を見て頑張らなくてはいけないと思えたのでしょう。

僕も2人の子どもに支えられました。介護を始めたときは、小1と小3。子育て、介護、そして仕事……となると“子どもたちのために!”って自分を奮い立たせるしかなかったんです」

小室には子どもがいない。それが心の隙間を生んだのではないかと岩本は考える。

「子どもたちという存在がなくて時間に余裕があれば、僕もどうなっていたかわかりません。妻とは仲がよくて、食事もお酒もゴルフも一緒でした。

でも、妻を対等な関係性で見ることができなくなって“夫婦”とは呼べない状態だったんです。私も男性ですから、精神的に女性を欲していました。ただ、朝起きると子どもの弁当を作って送り出したり、地方で仕事をしているときは電話で起こしたり……という生活でしたから」

忙しいことが、むしろありがたかった。それでも頼る人がいない状況が続くと、気持ちが沈んでいく。

「妻とは“夫婦”としての生活が成立していないと思うんです。夫婦というのはどちらかが弱っていたら、もう一方が癒してあげるもの。この思いやりが一方通行になってしまうと、戸籍上は夫婦でもちゃんと“夫婦”であるとはいえないと考えていました」

介護の疲れから離婚に至るケースは皆無ではない。男女問題専門家で行政書士の露木幸彦氏は、小室と同様に高次脳機能障害の配偶者を介護する人から相談を受けることがあったと話す。

「怒りっぽくなってしまいトラブルが起きることがあります。入浴を嫌がるので注意すると“風呂に入らなくても死にはしない!”と逆上されたり、おねしょをするので“おむつして”とお願いして“バカにしないでよ!”と怒られたりした例がありました」

ストレスを感じながらも、介護中に離婚する事例は少ないという。

「“日常生活に支障がある場合”には、婚姻関係を継続できないと判断されることもあります。ただ、介護放棄にも見えかねませんし、離婚を決断することは難しいでしょう」(露木氏)

小室は妻との離婚を考えてはいないが、コミュニケーションが成立しない切なさは耐え難いものだろう。

岩本は小室にとってAさんの存在が救いになっていたのではないかと想像する。

「KEIKOさんの全快を望みに介護をしていたはずです。それが難しいと気づいたときに、心の支えにしていたのがAさんだったのでは。彼がやっと手に入れた“心の杖”がなくなってしまったら、立って歩けないのでは、と僕は思ってしまいました。

介護をしていた身からすると、見て見ぬふりをしていてほしかったな、と思います」

KEIKOは大好きだった音楽にも興味をなくしてしまったという。再び歌手として歌うことを望んでいた小室には、寂しすぎる状況だ。

「彼女本人には、そういった愚痴を言えるはずはないし、以前のような会話もままならない。どこかに救いを求めたくなるのはわかります」

岩本が自分を保っていられたのは、介護を助けてくれる存在があったからだ。

妻が入院している間は、病院からの帰り道に毎日のように電話して、愚痴を聞いてもらいました。子どもには聞かせられないような話を姉に聞いてもらうことで、ガス抜きができていた気がします」

小室は2年前、自らもC型肝炎になっていることを知った。闘病しながら介護を続けるうちに、弱気になってしまったのだろうか。

「僕が小室さんに共感しすぎて美化してしまっているのかもしれません。でも行動はともかく、僕は小室さんの気持ちがわかります。

僕の場合は夫婦だった思い出や子どもたちのため、という思いを一生懸命、集めて“自分がかつて愛した奥さんではない状態の妻”と向き合っていました。でも、そうするほかない状況だったんです」

KEIKOは、小学4年生の漢字ドリルが楽しいようだ、と小室は話した。大人の女性としてのコミュニケーションはできない。3年ほど前から疲れ果ててしまっていたという小室の告白に、岩本は共感したという。

「今まで妻だった人が僕の奥さんではなくなるし、子どものお母さんでもなくなってしまう。何ものでもない存在になってしまうんです。

それほど関係性が変わってしまうので、当たり前の“夫婦”でいることはとても難しいんですよ」

岩本は、姉の支えや子どもの存在があったから、平静でいられた。

前出の露木氏はこう語る。

「介護をしていると、相手に優しくなれない自分を追い詰めてしまうことがあります。万が一、介護しているパートナーとうまくいかなくても、介護は誰かが継続します。だから、思い詰めすぎないでほしいものですね」

小室の行為が誤解を招いたことは確かだが、彼は想像もできないほどの孤独と闘っていたのかもしれない。

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