大統領一家を支えるホワイトハウスの「本当の住人」[本は自己投資! 第6回]

大統領一家を支えるホワイトハウスの「本当の住人」[本は自己投資! 第6回]

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2016/11/30
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オックスフォード辞書が選んだ2016年を象徴する言葉は、”post-truth”だという。

そのまま訳すと「ポスト真実」というなんだか意味がつかみづらい言葉になってしまうのだが、オックスフォードによれば、客観的な事実よりも感情的な訴えかけのほうが世論形成に大きく影響するような状況を示す形容詞だそうで、個人的には「これまで真実だとされてきたことに代わって世の中の新たな真実になったもの」というニュアンスで理解している。

この”post-truth”は、政治的に緊迫した今年1年を象徴する言葉として選ばれたという。たしかに6月のイギリスの国民投票にしても、11月のアメリカ大統領選挙にしても、これまでの常識を覆すような結果が出た。私たちはタレブの言う「ブラック・スワン」やアガンベンが唱える意味での「例外状態」がもはや当たり前となった世界に生きているのだ。

だが好むと好まざるとに関わらず、新しい舞台の幕は開く。

ホワイトハウスで執事や給仕長などを務めたアロンソ・フィールズは、かつて自著(未邦訳)にこんな言葉を記した。

「レジデンスにおいて、政権から政権への移行は突然死のように訪れる。移行によって、スタッフは不思議な空白感に襲われるのだ。その朝、これまで何年も仕えてきた家族に朝食をお出しする。昼には、その家族は私たちの人生から去っていき、また新たな顔ぶれ、新たな習慣、新たな好き嫌いとの日々が始まる」

アメリカ合衆国大統領の権力の象徴ともいえるホワイトハウスは、2つの顔を持っている。大統領執務室や閣議を行う部屋などがある「ウエストウイング」が大統領の公的な顔だとすれば、ファーストファミリーが暮らす「レジデンス」は大統領が私的な顔を見せることができる唯一の場所だ。

『使用人たちが見たホワイトハウス 世界一有名な「家」の知られざる裏側』(光文社)は、ブルームバーグ・ニュースでホワイトハウス担当記者だった著者が、レジデンスの関係者たちに地道にインタビューを重ね、秘密のベールに隠されたホワイトハウスの日常を明らかにしたノンフィクション。

この本の価値はひとえに口の堅いレジデンス・スタッフの口を開かせたことにある。

大統領一家を支えるのは、ウエストウイングで働く側近とレジデンスのスタッフだが、側近の多くがホワイトハウスを去った途端に喜んでインタビューに応じたり得意げに回想録を出したりするのに対して、レジデンスで働くスタッフたちはみな、口が堅い。

なぜなら彼らは大統領のプライベートを誰よりも知る立場にあるからだ。しかも、彼らの多くは政権が替わってもホワイトハウスに勤め続ける。たとえ目の前で歴史が動くのを目撃したとしても、そこで見たこと聞いたことを胸の奥にそっとしまいこんで、世界でもっとも権力を持つ一家を支え続けるプロフェッショナルがレジデンスのスタッフたちなのである。

そんな忠誠心に篤い彼らの口を開かせるのは、当然のことながら簡単ではない。著者はインタビューの申し入れを再三断られ、たとえ応じてもらえたとしても、ネガティブなエピソードはなかなか語ってもらえなかったという。そんなハードルの高い取材対象であるがゆえに、本書に掲載されているのも、彼らが公にしても構わないと認めた話だけだそうだ。

だが、そんな条件付きであるのを忘れてしまうほど、本書で披露される秘話はむちゃくちゃ面白い。許可をもらえたものだけでもこれだけ面白いのだから、公にできない話はいったいどれほど凄いのだろうか。

想像は膨らむばかりだが、おそらくほとんどのスタッフが墓場まで持っていくのだろう。ともかくここにあるエピソードを引き出しただけでも素晴らしい。著者は我々が覗くことの出来ない大統領の私邸の扉を開けることに見事に成功している。

ホワイトハウスでは96人の正規スタッフと250人の臨時スタッフが働いているという。執事やメイド、ドアマンやアッシャー(訪問客の案内や各部門の監督にあたる)、料理人、エンジニア、配管工や電気技師、大工やフローリスト……スタッフの職種は多岐に渡る。彼らはれっきとした連邦政府の職員であるとともに、ホワイトハウスを熟知するスペシャリストだ。

多くのファーストファミリーが、「ホワイトハウスの本当の住人はレジデンスのスタッフ」だと証言している。オバマ大統領就任の際、ミシェル夫人はレジデンス・スタッフを前に、自らが連れてきた補佐官たちにこう告げたという。

「ここに集まってくれたレジデンスのみなさんのことを知るのは、あなたたちの仕事です。彼らはあなたたちがホワイトハウスに入る前からここにいて、彼らこそがレジデンスを動かしているのです」

彼らのスペシャリストぶりがいかんなく発揮されるのが、「引越し」である。

新しい大統領が誕生すれば、これまでの住人はホワイトハウスを去らなければならない。新大統領の任期が正式にスタートする就任式当日の正午までの6時間で、スタッフたちは住んでいた家族をすみやかに送り出し、新しい家族を迎え入れるのである。

セキュリティ・チェックの問題があるため、引越し業者は雇わず、すべてレジデンス・スタッフの手で行う。しかも去り行く家族に決して追い立てられているような思いをさせてはならない。この就任式当日の引越し劇を、ジョージ・W・ブッシュ大統領のローラ夫人は、「異例の速さで完了する引越しの最高傑作」と評している。

けれども、いくら舞台裏で引越し作業が慌しく進行中だとしても、やはりファミリーとスタッフとの別れの場面はしんみりとしてしまうようだ。スタッフ全員が4年から8年の歳月をかけて、ファミリーと親しい関係を結んできたのだから無理もない。ファミリーの別れの挨拶を聞いて、涙を浮かべない者はいないという。

本書に教えられたのは、ファーストファミリーとスタッフとの関係は、「主と使用人」というような単純な主従関係ではない、ということだ。

もちろんファーストファミリーに命じられれば、彼らは決して「NO」とは言わない。幼いキャロライン・ケネディのハムスターが逃げたと聞けばレジデンス中を必死で探すし、花代を節約したいと言われれば晩餐会のたびに街の公園まで花を摘みに行く(たとえそれで警官に職務質問される目にあっても!)。

しかしその一方で、彼らは常にファーストファミリーからのリスペクトも感じている。

ホワイトハウスのチーフパティシエだったロラン・メスニエは、パーティー好きのクリントン大統領のもと過酷な勤務をこなした。2000年の新年を祝うパーティーでは、クリントンがなんと総勢1500人ものゲストを招待したため、仕事を終えて帰宅の途につけたのは翌朝7時だったという。

そんなメスニエに支えられたのがヒラリーだ。モニカ・ルインスキー事件が世間を騒がせている頃、とりわけつらい一日を送った日には、彼女が大好きなモカケーキのリクエストが入ることをメスニエはちゃんと心得ていたという。本書にはヒラリーとメスニエの写真が収められている。メスニエの手を握りながら言葉をかけるヒラリーを見つめる彼の表情はとても誇らしげだ。

その仕事ぶりを通してファーストファミリーと信頼関係を築いたスタッフたちは、いつしかファミリーにとって家族と同様の存在になる。

ジョージ・H・W・ブッシュ大統領のバーバラ夫人はスタッフとの関係をこう振り返っている。「わたしたちは、お互いに軽口を叩き合って、笑い合うような仲だったの。それでいて、悲しいことが起きた時にはお互いに支え合ったのよ」

家族同然の関係だからこそ、スタッフは全身全霊でファーストファミリーを支える。それが世界的な大事件の解決に全力を尽くす大統領であればなおさらだ。1979年にイランアメリカ大使館人質事件が発生した際には、スタッフは実に444日間にもわたってカーター大統領を支え続けた。大統領のために厨房は夜中でも軽食を用意し、フローリストは未明に花を飾り付けて励ましたという。

まもなくホワイトハウスの住人が入れ替わる。新聞や週刊誌はこぞって新しいファーストファミリーの相関図を掲載し、一家のゴシップや政権移行チームの内紛劇を書きたてている。まるで世界中を巻き込んだ壮大なリアリティ・ショーが始まったかのようだ。

新しいファーストファミリーは、はたしてレジデンスのスタッフと素晴らしい関係を築けるだろうか。願わくはスタッフに尊敬され、愛される存在であってほしいと思う。

著者がインタビューしたレジデンスのスタッフのなかで、”Domestic”(使用人)という呼び方を気にする者は誰ひとりとしていなかったという。

彼らは決して”Apprentice”(見習い)などではない。調子に乗って、”Youre fired!”(お前はクビだ!)などとやっていると、やがてその言葉は新しい大統領自身にブーメランのように戻ってくるかもしれない。

なぜならレジデンスを守る彼らひとりひとりが、誇り高きプロフェッショナルだからだ。

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『使用人たちが見たホワイトハウス 世界一有名な「家」の知られざる裏側』

ケイト・アンダーセン・ブラウワー著 江口泰子訳(光文社)

【連載】本は自己投資! 過去記事はこちら>>

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