【磐田】3年ぶり復帰の山田大記。決断までの真相と名波監督の期待度

【磐田】3年ぶり復帰の山田大記。決断までの真相と名波監督の期待度

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  • 更新日:2017/09/16
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「何気ないハーフターンも起点になる」と、名波監督も山田の加入に大きな期待をかける。(C) SOCCER DIGEST

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ドイツで3シーズンを戦い、経験値を高めてきた山田。磐田でいかなるパフォーマンスを見せてくれるだろうか。(C) Getty Images

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2014年以来、3シーズンぶりの磐田復帰を果たした山田は、17日の浦和戦での出場も見込まれる。(C) SOCCER DIGEST

3年ぶりに磐田に復帰した山田大記が、着実にコンディションを上げている。「できれば浦和戦(9月17日)に間に合わせておきたい」と語っていたが、調整は順調だ。

やや手間取っていた選手登録も、同12日に無事完了。翌日の練習後、名波監督は「ギリギリだったが(浦和戦に登録が)間に合ってよかった。コンディション的にすぐに先発起用は難しい。まずはサブで、徐々に(出場)時間を伸ばしていくことになるだろう」と語った。

その言葉通り、当分はジョーカー的な存在となるが、FW、2列目、サイドハーフ、そしてドイツで新境地を見せたボランチと、多くのポジションをこなせることに加えて、「ピッチに変化を起こせる選手」と指揮官が評するMFは、終盤戦に向けて最強のカードと言える。レギュラー選手の状況と山田の体調次第だが、早ければ浦和戦、20日の天皇杯でのベンチ入り、出場もあるかもしれない。

チーム練習に合流したのは8月31日。3日後のFCマルヤス岡崎との練習試合に、山田は志願をして中村俊が務めている右のシャドウで後半45分間プレー。松浦のゴールを絶妙のスルーパスでアシストし、さらに自陣深くでのボール奪取からゴールの起点になるなど、3得点に絡んだ。

ボールタッチ数は20回ほどに止まったが、それは「久しぶり(の試合)だったから、ここでスプリントして裏に抜ければチャンスになるところでも、今日はやめておこうとセーブしていた」ためでもある。山田にとっては、3年間在籍したドイツ2部カールスルーエを退団して以来、約3か月ぶりの実戦。試合前には松浦から「(山田は)試合になると頑張っちゃうタイプだから無理して怪我をしないように」とアドバイスをされた。しかし、巧みなポジショニングや、パス精度など、ここぞというところでは好パフォーマンスを披露。前『10番』の復帰戦を見ようと訪れた750人の観客を沸かせた。

主にトップ下でプレーをし、ゴールも決めた1週間後の静岡産業大との練習試合では、セーブをせずに「現時点で自分が持っている力を100%近く出しながらやろうと意識して」プレーし、フル出場。試合勘についても「まあまあ出来た。一緒にやっていた松(浦)や(上田)康太だけではなく、(中村)俊さんや(川辺)駿も、僕が何をしたいか察してくれるのでやりやすい」と上々の手応えを得た。

欧州での移籍先を探していた6月に、1週間磐田の練習に参加、現チームのサッカーを体感した。その後、澤登正朗(元清水)が監督、山西尊裕(元磐田)がコーチを務める常葉大学浜松の練習に通い、移籍先を探りながらコンディション維持に努めてきたことも、「思ったよりも早い」という順調な仕上がりに奏効した。

「試合をしていかないと上がっていかない部分があるし、公式戦では相手のプレッシャーのスピードが全然違ってくる。そこは試合に出ながら掴んでいかなければいけないけど、怪我もないし、試合出場に不安はない」と山田。Jリーグ復帰を、自身も「楽しみ」にしている。
山田大記は、2011年に明治大から磐田に加入。ルーキーイヤーから10番を背負い、洗練されたテクニックと優れたサッカー頭脳で、磐田を牽引。13年には日本代表に選ばれた。

しかし、監督交代が相次ぎ、サッカーの方向性が見失われていくなかで、チームは14年にJ2へ。その夏、山田は夢を追ってドイツへ渡った。

地元浜松市の出身で小、中学時代は磐田の下部組織で育った。サックスブルーのユニホームへの愛着は人一倍。移籍は「悩みに悩んだ」末の決断だった。

苦しむ仲間やサポーターへの想いを振り切り、「戻ってくることができなくても仕方がない」と覚悟をしての海外挑戦だっただけに、今回「簡単には復帰したくない」という想いも強かったと言う。

入れ替わるように、14年の9月に監督に就任した名波監督からは、ドイツへの移籍で悩んでいた時(当時は磐田アドバイザー)も、3部に降格する結果となってしまったカールスルーエで苦しんだ今季も、様々なアドバイスをもらってきた。
「『戻って来い』と言うだけではなく、『俺たちは待っているけど、欧州でやりたいなら良いチームが見つかるといいな』というように、僕の立場や考えを尊重し続けてくれました」

また、8月頭に、海外に再チャレンジするためポーランド2部に移籍した松井大輔からは、「磐田に帰ったら、その時は頼むな」というエールを受けた。欧州クラブからの話もいくつかあったが、8月に磐田に戻ることを決心。復帰にあたっては、育ててくれたクラブや名波監督、チームメイトたちに、「恩返しをしたい」という気持ちが大きい。 3年間のドイツリーグでの戦いで、多くのことを身につけ、培ってきた。「スペースも時間も与えられない中で屈強な選手たちの激しいボディコンタクトにさらされる」(山田)ドイツのサッカーによってさらに磨かれた技術や判断、そしてフィジカルの強さ。それらが、恩返しの武器だ。

名波監督が率いる磐田の試合は、ドイツで観戦。守備の組織の安定と、攻撃の形があることに、チームを離れる前に比べての進化を見るが、のびしろも「まだまだある」と感じた。

「名波監督のチームづくりはまだ最終形には至っていないと思うけど、すごくいい状態にチームを持ってきている。その中で、ここで前に守備にいけば奪えるとか、ここでスプリントして前に人数を瞬間的にかければチャンスが広がると感じることもあった。チームにしっかり合わせながら、攻撃のバリエーションを増やしていきたい」と山田。ドイツで成長した姿を見せながら、チームのレベルアップに献身するつもりだ。

「難しく考えなくても、あの人間性とサッカーIQの高さがあれば、馴染みは早い。間違いなく外国人選手をとるより効果的な補強」と言う名波監督が山田に最も期待しているのも、攻撃の活性化だ。

「ボールを受け素早くスッと前を向くハーフターンを、ピッチのどこででも、どんなに狭いところでもできる」(名波監督)ことが、山田の際立った強みのひとつ。前線、中盤でのワンタッチパスが、今の磐田の攻撃のスイッチになっているが、指揮官は「山田の何気ないハーフターンも攻撃の起点になる。スイッチ、ひいては攻撃の種類が増えると思う」と言う。

多くのポジションをこなせるだけに、チーム内のあらゆるところで争いが激化することも、山田の加入がもたらすプラス効果として、指揮官は歓迎している。

無論、山田も厳しい競争を勝ち抜かなければならない。「みんな調子がいいし、チームとしてうまくいっているということは、ポジションを得ることは簡単ではない」と、上位進出を窺うチームのレギュラー陣の壁の厚さは、自覚している。

だが、それも山田の望むところだ。そもそも、競争が激しく自分をレベルアップできる場所に身を置きたいという思いも、海外移籍にこだわった理由のひとつだ。
「ポジションがいつもあるということが、サッカー選手にもたらす利点はあまりないのではないかとドイツで考えた。まだまだ力不足だし、もっともっと成長したいというなかでは、自分が求めていた競争が磐田でもできるということは、むしろありがたい」と、山田は言う。

新しい力を備え、その壁を乗り越えた山田がどんなプレーを見せ、中村俊や川辺、川又らと、ピッチでどんな化学反応を起こすのか――。

今後どこまで順位を上げられるかということに加え、終盤戦を闘う磐田に新たな見どころが生まれた。

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