ガンの手術・薬を「断った人」は、その後どうなるのか

ガンの手術・薬を「断った人」は、その後どうなるのか

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/11/17
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抗がん剤治療が苦しくて

〈春の闇 どう考へても 苦あれば苦〉
〈激痛の 波に夕凪 なかりしか〉

'97年に食道がんで亡くなった随筆家の江國滋は、闘病日記『おい癌め 酌みかはさうぜ秋の酒』のなかで、がん治療が続く暗澹たる気持ちをこんな句で表現している。がん患者の苦しみは、いかばかりのものか、たったの17音からでも十分に伝わってくる。

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がん手術の技術は日々進歩し、100種類を超える抗がん剤も登場している。がんの多くは手術や薬によって治療が可能、あるいは進行を遅らせることができる時代だ。それでも、治療を止めてしまう人、治療を受けないと決めた人がいる。

「抗がん剤治療をやめてもうすぐ1年になります。あのときのつらさは、筆舌に尽くしがたいものがありました」

こう話すのは『おしん』や『ゲゲゲの女房』など数多くのドラマに出演してきた女優の東てる美さん(63歳)だ。

東さんは、昨年6月に出演したバラエティー番組の企画で人間ドックを受診したところ、肺腺がんと診断された。ステージはIB。「いま手術をすれば完全に治る可能性が高い」と医師に言われ、同年7月、肺の5分の1を切除した。

手術は無事成功。だが、8月に受けた術後の検査で、リンパ節にがんが転移していることがわかった。今度は医師から抗がん剤での治療を勧められ、1回3週間をワンクールとする治療を4回行う予定だったが、2回目の抗がん剤投与を最後に治療を中断。以後、現在に至るまでまったく治療を受けていないという。

その経緯について、東さんが明かす。

「抗がん剤治療が本当に苦しかったんです。

最初にリンパ節へのがんの転移が見つかったときには、抗がん剤治療で克服できるとお医者さんから言われましたし、治す気まんまんでした。

1度目の治療を受けたときには、まったく問題がなくて、『苦しいとは聞いていたけれど、こんなものか。これなら闘えるぞ』と思っていたんです。

ところが2度目の治療を受けたときのこと。突然、手がしびれはじめて、蝉の鳴き声のような大音量の耳鳴りが始まったんです。時間が経ってもまったく収まる気配がなく、眠れない日が続きました」

さらに、味覚障害も起こったという。

「なにを食べても味がしないんです。治療後、友人たちがお見舞いを兼ねて私を食事に連れて行ってくれたんですが、お肉を食べているのに、その味がわからない。『ねえ、これ味が薄くない?』と尋ねて、友人にぽかんとされました。このときに、抗がん剤によって自分の身にイヤな変化が起きているんだと気づきました」

抗がん剤の副作用は、人によって違う。ほとんど出ないという人もいれば、嘔吐や吐血などが続き、日常生活に支障を来すほどつらいという人もいる。東さんの場合、後者だった。

そのとき、医者は

想像していた以上の苦しみを経験した東さんは、「治療を受けている間はこれがずっと続くのか。それなら、耐えられないかもしれない」と思い、治療を中断したいと医師に素直に打ち明けた。

「反対されるだろうなと思いましたが、そのお医者さんは私の話をよく聞いてくれて、『そこまでつらいなら、治療をやめましょう。月に一度検査を行い、悪い変化が現れたら、そのときにまた考えましょう』と親身になってくれました。以来、毎月一度の検査には行っていますが、それ以外は特になにもしていません」

耳鳴りはまだ少し残っているが、抗がん剤をやめたことで味覚も元にもどり、手のしびれも治まった。がんが悪化する可能性は残っているが、いまは再び平穏な日々を送れることに喜びを感じているという。

「治療そのものを否定するつもりはまったくありません。多くの患者さんにとっては、受けたほうがいいものだということもわかっています。ただ、私には合わなかった。つらくとも治療を続けてがんの進行を抑えれば、より長生きできるかもしれませんが、いまはこのがんと付き合いながら、前向きに暮らしていこうと思っています」

東さんは抗がん剤の副作用がつらくて治療を断ったが、ほかにも患者ががん治療をやめるケースがある。埼玉社会保険病院・元院長の鈴木裕也医師が説明する。

「かつては手術で治る見込みのないがん患者に対しても、病院は徹底的に延命措置を施してきました。しかし、治る見込みがないのに治療を続けても、患者さんは薬の副作用に苦しみ、病院のベッドで意識をもうろうとさせながら過ごすだけになります。

そうした問題を病院も患者も共有するようになったのでしょう。『命を長らえさせるためだけの延命治療ならば受けません』と拒む患者さんも増えています」

手術をしても治る見込みが薄いとわかった場合も同様だ。都内の大学病院に勤務する医師が、肺がんを患った60代の男性患者が治療を断ったケースについて明かす。

「検査の結果、その患者さんのがんは、手術ができないステージIVまで進行していることがわかりました。

それでも、抗がん剤などを使って進行を抑えることはできるので、治療を行うように強く勧めたのですが、本人は『自分はもう定年している。好きなことをやってきたから、いつ死んでもいいんだ』と拒否されました。自暴自棄ということではなく、人生の最期を悟り、達観した感じでした。

そこまで覚悟を決めているなら、と本人の意思を尊重し、治療をやめました。結局この患者さんは3年後に亡くなられましたが、手術ができないほどがんが進行していたのに、3年も生きられたのは驚きです。無理に治療を行っていたら、1年も生きられなかったのではないかと思います」

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また、虎ノ門日比谷クリニックの大和宣介院長によると、そもそも手術や治療をしないほうがいい場合もあるという。

「たとえばすい臓がんは気が付いたときは手遅れで、手術が難しい例が大半です。手術を受けても入院治療が長引くことが予想されます。退院できないまま、病院で亡くなるということも珍しくありません。

反対に手術や抗がん剤治療などを受けなければ、もう少し長く生きられる場合もあるので、すい臓がんの患者で『長く生きるために治療を受けない』を選択する方がいます」

それでも11年生きている

もうひとつ、家族や知人ががん治療で苦しむ姿を間近で見て、「自分ががんになったときには治療は受けない」と、病院の治療を断る患者もいる。医療ガバナンス研究所の上昌広理事長が説明する。

「手術も抗がん剤などによる化学療法も、医師の技量によって治る・治らない、苦しむ・苦しまないが大きく変わってきます。やはり胃がんや大腸がんの専門病院の医師は、経験も豊富なため、患者が苦しまないように的確な治療を行います。

しかし病院によっては医師のレベルが低く、無理にがんを切ったり、必要のない投薬をするケースがある。切り方が悪ければ、後遺症が残ります。たとえば食道がんの手術を行った後、ものが食べられなくなり、やせ細る患者さんもいらっしゃいます。

そのように、治療を受けた後で苦しむ家族や知人患者を見て、『自分ががんになったときには、あんなふうに苦しみたくない』と思い、実際にがんになったときに治療を断る人がいます」

五代目柳家小さんの弟子で、『落語家、医者に頼らずがんと生きる』の著者の柳家三壽さん(73歳)も、知人が苦しむ姿を見て、がん治療を行わなかった一人だ。

がんが見つかったのは、いまから11年前。頻尿や排尿困難が続いたため、病院で検査を受けたところ、前立腺がんと診断された。1から5段階まである悪性度のうち、2番目に悪い「4」の状態だった。医師は手術と放射線治療を勧めてきたが、やんわりと断ったという。三壽さんが語る。

「病院の先生からは、前立腺がんは治療をすれば必ず治る、と強く治療を勧められました。確かに調べてみると、前立腺がんは治療で完治するケースが多く、術後の生存率も高いことがわかりました。ただ、私の周りでがんになった人は、治療や手術をして一時的に良くなっても、その後比較的早くに亡くなってしまう人が多かったんです。

それなら、自分が納得のいくがんとの向き合い方を選びたいと思いましてね。先生には『経過を見させてください』と言って、治療を断ったんです」

手術、抗がん剤、放射線治療をしないと決めてから三壽さんがやったことはごくシンプル。それまで一日30本吸っていたたばこと、毎日3軒はしごして飲んでいた酒をいっさい止めた。そして、脂っこいものが多かった食事を、玄米を中心とした菜食に変えたという。

「それまでの不摂生ががんの原因だと思ったので、治療しないなら、せめて生活習慣は変えないといけないな、と。仮に手術を受けて良くなっていたら、それに安心して、生活習慣を変えることはなかったでしょうね。

結局、がんが再発するだろうなと思ったんです。だったら、手術を受けないかわりに徹底的に生活習慣を変えよう、と思いまして。

科学的な根拠があるかと言われれば困りますし、誰にでもお勧めできるわけではありませんが、少なくとも私にはそれが合っていた。そんなこんなで、なんとか11年生きることができました」

幸せをかみしめる日々

いまも数値を確認するために病院に検査を受けに行っているが、前立腺がんは他のがんと比べて進行が遅いこともあってか、特段異常があると言われたことはなく、医師も三壽さんの選択を尊重してくれているという。

「一門に、すい臓がんになった弟弟子がいるんですが、彼は手術を受けることを選びました。すい臓がんは3年以内に亡くなることが多いのですが、彼は3年以上生きています。適切な治療を受ければ、やっぱり効果があるのでしょうね。

ただ、自分がもし前立腺の治療を受けたとして、ここまで生きられたかどうかは誰にもわからない。すい臓がんを切って3年以上生きる人もいるんだから、前立腺の治療を受けてもすぐに亡くなってしまう人だっているでしょう。

大事なのは、いまが幸せかどうかではないかと思っています。私の場合、いまも高座に上がって落語ができる。その幸せをかみしめる日々を送っているので、自分の選択は、間違いじゃあなかったんでしょう」

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三壽さんは人生でなにを優先すべきかを考え抜いた結果、治療を受けることをやめたということだ。湘南ホスピタルで緩和医療に携わる奥野滋子医師も、こんな患者のケースを明かす。

「60代で肺がんを患った女性患者さんの話です。彼女は芸術家だったんですが、手術や化学療法で、手がしびれたり、自分の感覚が鈍くなって、作品を作ることができなくなることを恐れていました。『そうなってしまっては、私が生きている意味がないんです』と真剣な顔で言うのです。

治療によって必ずしも副作用が出るわけではないですし、完治すればまた普通に制作できるようになると説明しても、頑なでした。彼女にとっては、命を長らえることよりも、いまこの時に作品を作ることのほうが大切だったのでしょう。

もう一人、とある会社の重役を務める男性で、ステージIVのすい臓がんの方がいらっしゃいました。『ステージIVということは、治療をしても残りの人生は短いということですね。

それならば、私はこの会社とともに生きてきたので、残る人生を会社のために捧げたい』と、治療を受けずに、亡くなる直前まで働くことを選ばれました。抗がん剤治療を受けながらでも働くことはできるのですが、治療を受ける時間さえもったいないと言わんばかりでした」

医師としてはこういうケースが一番悩ましいという。創作すること、働くことが自分にとっての一番の生きがいだと言われれば、それを否定してまで治療をすることが患者のためになるのか、と逡巡する。

患者が手術や副作用についての間違った認識を持っていることもあるため、医師は「適切な治療を行えば、進行を抑えられる可能性があること」「抗がん剤治療を行っても、副作用があまり出ない場合もあること」など、丁寧に説明する。

それでも治療を受けないことを患者が選んだ場合は「それが本人の選んだ人生なのだ、と受け入れるしかないのではないか」と奥野氏はいう。

「ホームオン・クリニックつくば」の平野国美院長も、自分の人生について考え抜いた末の患者の決断は尊重するしかないとして、こう語る。

「治る可能性があるのなら、治療を受けてほしいとは思います。また、結論を出す前に、病院の主治医だけでなく、かかりつけ医らとも話し合ってほしい。ただ、治療によって失われてしまうものがあることも事実。選択肢を提示するのは医師でも、どれが最善かを決めるのは、やっぱり患者さん自身なんです。

こんな患者さんがいらっしゃいました。

60代の大学教授で、一度急性骨髄性白血病(血液のがん)になり、化学療法や骨髄移植によって寛解したものの、その5年後に再発。再び化学療法による治療を行いましたが、副作用が強く出てしまった。あまりの苦しさに、本人の意思で治療を中止し、在宅で緩和ケアを受けることになりました。

その患者さんは、治療を中止すると決めてからは、残りの限られた人生を充実させることに注力されました。彼にとっては、教壇に立つことがなによりの生き甲斐。体が弱った状態で教壇に立ち、生徒たちに自分の病状を話して、可能な限り授業を続けたのです。

その後病状が悪化し、自宅療養ののちに息を引き取りましたが、亡くなるまでの生き生きとした姿を思うと、苦しみながら治療を続けるよりも、納得した最期を迎えられただろうと思うのです」

なにがいちばん大切か

結局、自分で納得したうえで「治療を受けない」ということを選んだかどうかが重要、ということだろう。東てる美さんも、「がんが悪化して、命を落とすかもしれない」という最悪の結末も考えたという。そのうえで、自ら下した決断だから、悔いはないと言い切る。

「両親はもう他界していますし、娘は結婚して孫もいます。子として、また親としての務めを果たしたいま、あとは自分が納得する人生を送ることが大事だな、と。

副作用に悩まされるなら、行きたい場所に行き、食べたいものを食べて、元気に仕事をする。そのほうが、私にとってはいい人生だなと考えました。

今後、がんが悪化するかもしれませんが、悩みぬいた末に出した結論ですから、どんな結果になっても後悔することはないと思います」

2人に1人ががんになる時代。治療を断った人たちの告白は、がんになったときのために、あなたが人生においてなにをいちばん大切にしているのかを考えておくべきだ、という助言のようにも聞こえる。

『週刊現代』2019年10月26日号より

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