葬式代が後見人の自腹はおかしい【ある後見人の手記(5)】

葬式代が後見人の自腹はおかしい【ある後見人の手記(5)】

  • WEDGE
  • 更新日:2017/08/16
No image

2010年8月、私は共同通信社大阪支社から大津支局長として転勤し、妻の容子を東京から呼び寄せ夫婦で暮らす日々を取り戻した。「伯母さんを、もっと良い施設に移してあげよう」と言いだしたのは容子である。私はむしろ「気持ちは分かるが、これ以上負担を増やしたら、私の心身がもたない」と消極的だった。「私が探すから」と容子。

大津市の比叡山のふもと、琵琶湖を望む高台にある有料老人ホーム「ハーネスト唐崎」を、妻は11年5月、友人を頼りに見つけてくれた。ハーネストを運営する医療法人社団「あかつき会」理事長の武田克彦医師夫妻が、老人保健施設を訪れ、受け入れるか否かの面接に臨むと、ユニホームであるピンクのジャージー姿の由利子は、武田夫人の直美理事を見て「きれいな服着れてええなあ」と羨ましがったそうだ。事はうまく進み神戸家裁の認可も得て、11年6月3日には、私たち夫婦ともども介護タクシーで有馬の奥から、ハーネストへと移動した。伯母にとっては心地よいドライブだったようだ。

新居のハーネストは緑の田園に囲まれ、1階広間は日だまりとなり、横を走る京阪電車を見下ろす。スタッフの人数も多く、笑みをたたえ、面倒見が良い。由利子は、個室を供され衣服も自由だ。表情も明るくなった。季節ごとに、屋外会食やピクニックなどを催し、私たち夫婦が外出の機会を設ける必要もなくなった。

ハーネスト唐崎から見下ろした景色

ただ、老人保健施設では、賃貸住宅での敷金に当たる入所料は不要で、月額利用料は最高でも14万円余だったが、ハーネストは入所料380万円で、月々20数万円から30万円台を要した。「金は正直」。我が身の老後を想うと金を貯めておかねば、と痛感したが、もう遅いか。

転倒、骨折し入院

由利子を琵琶湖畔に移して、もうすぐ3カ月の8月26日、妻容子の携帯電話が鳴った。ハーネストからだ。由利子が朝、介護士が来るのを待たずに自力でトイレに行こうとしてベッドから落ち、骨折の疑いが生じ、看護師が随行し救急車で大津赤十字病院に搬送されたという。病院での診察の結果、右大腿骨折が確認され、この日夕、折れた骨を金属でつなぐ手術が施された。妻が病院に泊まり込んでくれた。

施術後、比較的元気な姿で病室に戻ってきた。麻酔のせいか精神的にも安定している模様。ところが、だんだん様子が変わってきて、再びトイレに行きたいと言い始める。両手でベッドの柵をつかみ起き上がろうとするが力を入れると手術の跡が痛むので、そのもどかしさのせいで大声を出し始める。看護師が睡眠導入剤を与え、寝入った。しかし1時間足らずで目覚め、再びトイレに行きたいと騒ぎ始めるのでさらに睡眠導入剤を用いる。すぐに眠る。また1時間足らずで目覚める。こんな一夜だったと妻から聞かされた。

9月13日に退院した。入院費に約11万円を費やした。成年後見人は家裁の監督下にあるため、被後見人の入退院に際して逐一、家裁に報告しなければならない。こうした義務を怠れば、家裁の判断で、弁護士などを成年後見監督人に充てることができる。こうなると、後見人は一挙手一投足が監視下に置かれることとなる。ここに引用するのは、退院時に書いた報告書だ。

─―神戸家庭裁判所 接見・財産管理係御中
◎被後見人の退院についての報告
平成21年(家)第50774号事件で後見人に選任された松尾康憲です。
右大腿骨折で大津赤十字病院に入院、手術を受けた被後見人である伯母、松尾由利子が、9月13日、退院したので、「退院療養計画書」を添え報告します。
本日、有料老人ホーム「ハーネスト唐崎」に送り戻しました。以後も、時折の通院が必要となるもようです。
入院絡みの「特別支出」計上は、本日付で〆とします。 敬具
2011年9月13日火曜日
松尾康憲─―

これより後、由利子の体力と精神は、緩やかに、しかし確実に下降のカーブを描いていった。私が毎年の決算期、神戸家裁に送付してきた「後見等事務報告書」には、次のように記している。

─―歩行困難となり、車椅子生活に。=11年11月28日付

認知症が進みつつあるとみられる。12月16日、ハーネストから電話があり、入浴の際、従来1人だった介護者を2人にしたいとの申し出で、了解した。このため介護支出が増える可能性もある。=12年12月19日付

認知症が進み、後見人らを判断できない時が増えた。食欲はある。ベッドからの転倒が要注意。=13年12月12日付─―

ハーネストに移った当初は、見舞う時にグラビアの多い雑誌を差し入れたら、由利子が文字こそ読めなくなったものの、ページを繰って見入っていたが、やがて不要となる。手土産の菓子を持参するだけで、本人との対話も成り立ち難く、対面は十数分となっていった。「菓子のデリバリーサービスか」と自嘲しつつ、通うことでハーネストのスタッフとの意思疎通を保ち、より良い介護を願えるのだと思うに至った。

私は12年9月に大阪支社に戻り、13年8月山口支局長として赴任した。

私自身と由利子の転居のたびに、神戸家裁、東京法務局、市役所、年金事務所、ゆうちょ銀行などなどへの届け出を繰り返した。家裁へは入退院も都度報告した。なかなか煩瑣な作業であった。

No image

(iStock.com/Srisakorn)

由利子が逝くことを考えねばならない日が到来した。14年3月14日、ハーネスト唐崎から妻に電話があり、由利子の発熱と食欲不振を告げられた。翌日、山口から夫婦で大津に赴き、「あかつき会」理事長の武田医師より説明を受けた。武田によれば、由利子は前日、37度の発熱と嚥下(えんげ)(飲み下し)困難の状態に陥ったが、認知症による暴れや叫びなど諸症状を抑える医薬の供与を控えたところ、快方に向かっている。

7月11日に満90歳を迎える身で認知症が進み、現在既に「人格が無い」状態にあり、今後、嚥下困難を再発する可能性は否めず、栄養失調を招来しかねない。点滴や鼻からの栄養補給は、由利子の抵抗から無理とのことだった。

武田は私に、胃瘻(いろう)を用いるか否かを尋ねた。私は「成年後見人として医療行為を選択する権限はありません」と断った上で「姻族の甥として過度な延命治療は望みません」と申し添えた。武田は、余命がこの年の夏から年内にも尽きる恐れを指摘した。私は、率直かつ思い遣りある説明に謝意を示し、「その時のため、万端の準備を進めていきます」と述べた。

没後めぐり家裁に質問状

武田との面談を終え、ほぼ1カ月ぶりに由利子を見舞うと、武田から聞いた通り、元気と食欲を取り戻し、薬が抜けたせいか、私たち夫婦も以前の面会の際よりも、よく認識できたように見受けられた。しかし、死が見舞った後に、成年後見人として何ができるのか、あらかじめ知っておかねばならない。神戸家裁後見センターに宛て14年3月27日付で質問状を書いた。

─―被後見人の近況の報告と今後の措置についての質問
平成21年(家)第50774号事件で成年後見人に選任された松尾康憲です。
(中略=本文で紹介した経緯)
最期を看取るという後見人として締めくくりの仕事が遠くないのかもしれません。
由利子には実妹はじめ13人(注・14人と後日判明)の血族がいますが、私が後見人に選任される前に、この妹とその息子が見舞いに訪れただけで、他の血族とは全く没交渉です。私たち夫婦以外に見舞っているのは、既通知の通り、私の従兄弟夫妻2組だけです。このような状況ですので、悲報を受けた場合、私が、死亡届など諸般の法的手続きを履行し、葬礼を催し、埋葬し、遺産を貴裁判所に届けるしかないと思われます。疑問なのは、遺産の届け出以外の、行動をとる権限が、姻族で成年後見人の私にあるのか否かという点です。万一の場合、早急な対処を余儀なくされるので、是非とも確認しておきたく存じます。
権限上の問題が解決されるのであれば、当面しておきたいことが2つあります。①由利子の夫、松尾行人(私の亡父、等の実兄)の遺骨が神戸市の摩耶山天上寺に葬られており、由利子が逝った場合、合葬していただけるよう事前に話をしておく。また、私が後見人という条件下で、お布施にも領収書をいただけるよう、特にお願いしておく。②由利子が元気な内に、従兄弟夫妻2組を呼び寄せ会わせておく。
由利子の資産は現在1800万円余りあり、問題はありません。以上、諸般の事情を考慮の上、適切な指示をお願いします。―─

私の質問状のどこかに、落ち度があったのだろうか? とんでもない返信が届いた。神戸家裁後見センター書記官の4月3日付「事務連絡」は次の通りだ。

─―2014年3月27日付け「被後見人の近況の報告と今後の措置についての質問」
と題する書面中、照会事項に対する回答を致します。
1 由利子様が仮にお亡くなりになられた場合の、葬儀や埋葬等の手続を後見人がすることができるかについて
被後見人が死亡すると、後見は終了し、康憲様は、後見人という立場ではなくなりますので、原則として葬儀・埋葬等の手続は後見人という立場ではなく、康憲様個人が善意で行うものであるという理屈になります。これらの手続は相続人その他の親族でなければ執り行えないというものではなく、誰であっても葬儀等の契約は可能なようです。具体的には当該契約相手等に確認していただく事項ですので、康憲様が葬儀契約ができるかは葬儀会社へ、死亡届けが出せるかは市役所へお問い合わせいただくのが確実かと思います。
2 死亡後の手続について
仮に由利子様がお亡くなりになられた場合は、すぐに裁判所へ電話連絡をしてください。その後、していただく事務については説明書等をお送りしますので、その内容を確認して手続いただければ結構です。おおまかには、法務局で終了登記の手続をしていただくことと、裁判所へ最終の財産収支状況の報告書を提出していただくことで後見事務は終了します。裁判所への報告書は、原則死後2か月以内に出していただくことになっています。残った由利子さんの遺産を相続する人がいない場合は、相続財産管理人選任申立をしていただくことになります。その申立手続については当庁の家事受付に、審理手続等詳細な事項については財産管理係にお問い合わせください。以上─―

上から目線に加えて木で鼻を括ったような文言に、頭に来た。遺産の相続権もないにもかかわらず成年後見人をやっているのに、この上、「葬儀・埋葬等の手続きは後見人という立場ではなく、康憲様個人が善意で行うものであるという理屈になります」と、なぜに「善意」を強要されねばならないのか。しかし、私が今抱いている憤りを私憤から公憤に変えねばならない、と思い改めた。家裁に怒鳴り込んだところで、モンスター後見人扱いされるのが関の山だ。葬式代の自己負担など大したことではない。求められるなら、払ってやろうではないか。由利子が逝った際に手抜かりなく葬儀・納骨できるよう準備に着手した。

3月14日にハーネストから由利子の不調を告げられ見舞って以来、由利子が逝くまで、計7回見舞ってきた。施設だけでなく、寺や裁判所にも出向き、いざという時に備えて協議を重ねた。(つづく・裁判所が前言撤回、認められた葬式代【ある成年後見人の手記(6)】)
法律家任せでええんか?後見制度【ある成年後見人の手記(4)】

Wedge3月号 特集「成年後見人のススメ」認知症700万人時代に備える

PART1:東京23区の成年後見格差、認知症への支援を急げ
PART2:先進地域に学ぶ成年後見の拠点作り・前編:品川モデル
PART2:先進地域に学ぶ成年後見の拠点作り・中編:「品川モデル」構築のキーマン・インタビュー
PART2:先進地域に学ぶ成年後見の拠点作り・後編:大阪モデル
PART3:過熱する高齢者見守りビジネス最前線

Wedge3月号はこちらのリンク先にてお買い求めいただけます。

▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
間取り図を一見しただけで「おかしい」とわかる物件揃いの「Y澤不動産」
人によって差が出る"卵巣力"の素朴な疑問
「ステージ4の肺がん」宣告受ける数時間前の写真をFacebookに投稿した英女性
集団食中毒事件を手掛けてきたプロが個人的に絶対食べない食品6選(アメリカ)
可愛い顔して見事な爆煙。話題の加熱式ビタミンフレーバー「ビタフル」を吸ってみた:電脳オルタナティヴ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加