マンガで読み解く、ホームズとワトソンの秘められた心理戦 「赤毛組合」はツンデレから始まる物語だった?

マンガで読み解く、ホームズとワトソンの秘められた心理戦 「赤毛組合」はツンデレから始まる物語だった?

  • ねとらぼ
  • 更新日:2017/11/13
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小説は「書かれていること」だけではなく「書かれていないこと」つまり「行間」を読むことが大切です。しかし残念ながら「行間」は、元の言語(英語)から翻訳されるとき、消えてしまうことが多いのです。

今回は、シャーロック・ホームズ作品のなかでも屈指の名作「赤毛組合」をとりあげます。物語の始まりが、日本語訳とはまったくちがう場面に感じられる、これまで読んだことのない心理的駆け引きに満ちたホームズの世界をどうぞお楽しみください。

※ただし、小説の読み方は人それぞれですから、独自の解釈が含まれています。

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日本語訳で読む「赤毛組合」の会話

「赤毛組合」の冒頭部の翻訳を新潮文庫版から引用します。

去年の秋のある日のこと、訪ねてみるとシャーロック・ホームズは、非常にからだつきのがっしりしたあから顔の、髪の毛の燃えるように赤い年配の紳士と、何事か熱心に対談中であった。うっかりはいってきた不作法をわびて、出てゆこうとすると、ホームズがいきなり私をつかまえて部屋のなかへ引っぱりこみ、ドアをぴたりとしめた。

「シャーロック・ホームズの冒険(新潮文庫)」より(強調は引用者による)

この訳文を読むと、ワトソンが、ホームズの忙しいところにひょっこり訪れて「これは失礼」と直ちに出て行こうとしたら、ホームズが、すかさず引きとめた、と感じないでしょうか? それなら、ワトソンは礼儀正しく、ホームズは友情にあつい、という場面になります。

ワトソンが「うっかりはいってきた」慌てて出て行こうとするワトソンを……ホームズが引き戻して……あつい友情!初歩的だが、ワトソン、これはありえないのだ

しかし、シャーロック・ホームズ級の推理力がなくても、このイメージが間違っていることは、あきらかです。なぜなら現在の日本でさえ、他人の家を訪問する場合、勝手に玄関の扉を開ける人は、まずいないでしょう。まして、ヴィクトリア朝の紳士がそんなことをするはずがありません。つまり、日本語訳は、ありえない場面を描いているのです。

ワトソンの訪問については、当時の社会常識から行間を読めます。まず、ワトソンは玄関の「呼び鈴」を引いて、訪問を告げたでしょう。

常識人の行動、その1

すると、ボーイのビリー(またはハドソン夫人)が、ドアを開けてくれますので、ホームズが在宅かをたずねます。

当然ですが、ワトソンはホームズの在宅を確認するでしょう

常識的に考えて、ビリーはここで、ホームズに先客がいることを伝えるはずです。

なにが「せっかく」なのか分かりませんが

つまり、ワトソンは客がいることを知りながら、厚かましく上がり込んだのですから、日本語訳1コマ目のような場面は、根本的に間違っています。原文の "intrusion"(不法侵入)という強い語感の単語を「うっかりはいってきた不作法」と、無理にソフトな訳にするのは、シチュエーションを誤解しているからです。

では実際はどうなのか、それが原文の「行間」に書いてあるのです。さあ、これから解読していきましょう。

ワトソンはどうやって部屋に入ったか

当然ですがワトソンは、部屋に入る前に必ずドアをノックしたでしょう。ノックもせずにドアを開けるのは「不作法」どころではなく「非常識」です(この点でも日本語訳には無理があります)。ところが、応答はなかったのでしょう。

常識人の行動、その2

しかし、ワトソンは以前この部屋に住んでいましたし、ホームズの事件に関わりたい誘惑に勝てません。恐る恐る扉を開けて、中に入ったのでしょう。

むりやり正当化しつつ、ノブを回すワトソン……

すると「燃えるように赤い髪の紳士」とホームズが熱心に語り合っている場面に出くわします。この依頼人はロンドンで一番を争うほどの赤毛ですから、ベーカー街に来た依頼人の中でもかなり印象的なビジュアルの人物です。

強烈なビジュアルの依頼人

ワトソンはこの時点で、かなり期待したでしょう。これは、ぜひとも話を聞きたい!

これは逃せん!(※ワトソンの目の色は記述されていません)

前回の事件「ボヘミアの醜聞」で、王様がプライベートな用件だからワトソンに席を外して欲しい、と頼んでもホームズは「二人がいやならお引き取りを」と拒否しています。それなら、今回も喜んで事件に加えてもらえるはず……。ところが、予想に反してホームズは知らぬ顔です。

この状況で、ホームズがワトソンの来訪に気付かないはずはありません。つまり、ホームズはわざとワトソンを無視していたのです。

放置プレイ原作冒頭のシーンは、こうだった!

ワトソンはかなりの間、戸口で待っていたのでしょう。ついにしびれを切らし「邪魔したな!」と捨てぜりふを残して帰ろうとした瞬間、ホームズは引き止めてドアを閉める。これが原作のオープニングシーンです。行動は同じなのに、動機や背景が日本語訳のイメージとは、全然違いますよね。

キレて帰ろうとしたワトソンを引き止めるホームズ

ホームズがワトソンを放置したことは、文章には書いてありません。しかし行間で分かるのです。英語には普通の「過去形」だけでなく「過去の過去」(大過去)という「時制」があります。そして、ワトソンが来訪したのは「大過去」、帰ろうとしたのは「過去形」で表現されています。その効果で、英語読者には「時制が変わるほどの時間経過」がはっきり感じられるのですが、日本語には複数の過去形がありませんから、よほど注意して訳さないと「間」が抜けてしまうのです。

シャーロック・ホームズ教授の英文法講義(厳しそう…)ホームズの cordially(心を込めて)な招待

ワトソンを連れ戻したホームズは、そこで「こんな絶好のタイミングでよく来たな、マイ・ディア・ワトソン」と声をかけます。散々人を無視した揚げ句のせりふとしてはおかしいですよね。

「絶好のタイミング」だったのなら、無視しないはず「マイ・ディア・○○」という呼びかけは、元は「親愛なる」という意味ですが、この時代の話言葉では、冷やかし・軽い非難に使われることが多く、このせりふにも「よくもまあ」というニュアンスがあるはずです。

しかも、その言い方が cordially(心を込めて)と表現されています。cordially は人を招待する場合、"You are cordially invited."(心からご招待します)という決まり文句に使われる単語で、cordially に人を招くなら、食事やお酒がなくても、せめてお茶や茶菓子を出すのが当然でしょう。日本でも「心をこめて」もてなすのに、飲み物も出さないとは考えにくい。訪問した友人を戸口に放置するホームズの態度は cordially とは、程遠いものです。

間違いだらけのイメージ図。ベーカー街で、メイド・ティー・スコーンは出ません。ボーイ・コーヒー・トーストが正解行間にはツンデレが隠されていた

このように、ホームズの言動は矛盾していますが、意図はあきらかでしょう。そう、これは「ツンデレ」です。先頭1文は、ホームズがワトソンを無視するという「ツン」で、2文目が愛情表現の「デレ」。「赤毛組合」は「ツンデレ」から始まる物語だったのです。

英語では「ツンデレ」なのに、日本語で読むと「ツン」抜きの「デレ」のみというのは、もったいないですね。ツンと鼻に抜ける本ワサビの風味を求めている人に、黙って「サビ抜き」を握る寿司店って、不親切ではないでしょうか。日本の「赤毛組合」は、読者の知らないところで刺激を抜かれていたのです。

寺本あきら

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