世界初の双方向ライブ番組「KIBO宇宙放送局」、成功を支えた裏方たちの想い

世界初の双方向ライブ番組「KIBO宇宙放送局」、成功を支えた裏方たちの想い

  • マイナビニュース
  • 更新日:2020/10/16
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2020年8月12日夜。地球上空約400kmを飛行中のISS(国際宇宙ステーション)「きぼう」日本実験棟にある窓の横に設置されたディスプレイに、東京のスタジオにいる俳優の中村倫也さんと菅田将暉さんが映し出された。「KIBO宇宙放送局」の開局だ。さらに世界中から寄せられた動画や視聴者からのメッセージが、宇宙スタジオのディスプレイに映し出された。ISSから見える「今の地球の姿」と共に。

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この様子はYouTubeで120分間にわたり生配信されるとともにBSスカパー!でも生放送された。宇宙との双方向通信を生番組で配信したのは「世界初」。今まで宇宙飛行士という限られた人たちの世界だった宇宙に、誰でも自分の映像や言葉を送り届けることができたのだ。

実はこの番組は技術実証であり、公開「実験」番組だった。通しのリハーサルはなく本番での一発勝負。さらに「きぼう」内でカメラ設置などのセットアップ作業をしてくれる宇宙飛行士に作業を頼める時間は、挑戦する内容に比べてごく短い時間だった。なのにスカパー!は2時間もの生番組枠をとるという大胆さ。「まったく地上と交信できない場合も想定した台本を用意していた」と関係者がいうほど、ドキドキの本番だったのだ。

このプロジェクトはバスキュール、スカパーJSAT、JAXAが「宇宙メディア事業」の創出を目指して行う活動だ。宇宙飛行士の山崎直子さんはこの番組に出演後「ISS-NASA-JAXA-スタジオ間をいくつもの中継を介し、双方向でLIVE映像を繋ぐ、改めて凄いチャレンジ。日の出もばっちり見えて奇跡のLIVEでした」とツィート。なぜ実験段階でありながら、世界初の成功を導くことができたのか。番組を制作したバスキュールのクリエイティブディレクター馬場鑑平さん、テクニカルディレクターの武田誠也さん、JAXA新事業促進部J-SPARCプロデューサーの高田真一さんに聞いた。
地上→宇宙の回線がとんでもなく細い!

まず、この番組の何が画期的なのか。「今までISSから宇宙飛行士が地上に語りかけることはあったが、今回は地上にいる人たちが『きぼう』船内のディスプレイに登場してメッセージを発することができた」(馬場氏)。つまり、これまでの通信は圧倒的に上(宇宙)から下(地上)のワンウェイだった。地上から宇宙へも映像をあげて双方向通信を実現し、生番組を配信するという「世界初」の難しさをJAXA高田氏はこう説明する。

「地上では4Gとか5Gの通信システムが当たり前になっていますが、地球から宇宙への回線は驚くほど細いです。その制約の中で動きがある映像をどうやって遅延なく効率的に宇宙に届けられるか。バスキュールさんが通信プロトコルやアプリケーションなどの独自システムを工夫して作り上げました」(高田氏)。

バスキュールの武田氏は「映像に何キロバイトさいて、音声は何キロバイトさくのか。あまり帯域を絞ってしまうと映像ががさがさしたり角ついたりが多くなるので、バランスをチューニングするのに時間がかかりました」と語る。結果的に映像そのものはきれいに映し出された。番組視聴者が映像について違和感を何も感じなかったところに、彼らのスゴ技が隠されている。
閉じられたネットワークから制御権を開放する

もう一つ、この放送で画期的だったことがある。「きぼう」内においたスタジオの機器を東京にあるスタジオから直接操作できるようにしたことだ。

通常、JAXA-NASA-ISSは閉じられたネットワークであり、セキュリティゲートが設けられている。第三者がこのネットワークに入ることはできない。だが、一つひとつの操作について「きぼう」管制室の管制官の操作を経由すればどうしてもタイムラグが発生してしまう。生放送でそのオペレーションは避けたい。そこで「クローズドなネットワークの外、つまり、東京の民間スタジオから直接、KIBO宇宙スタジオの機器をリアルタイムに操作できるようにしてほしいと要望し、JAXA・NASAに受け入れていただいた」(バスキュール・武田氏)

その結果、今回初めて「きぼう」の機器(アプリ)を、クローズドなネットワークの外から遠隔操作する仕組みが開発された。「もちろんJAXA筑波宇宙センターの管制室でセキュリティを確認していますが、民間の回線を作って、物理的に外から『きぼう』内の機器のアプリを動かせるようになったのはおそらく初めてだと思います」(高田氏)

しかし、JAXA-NASA-ISSの厳しいセキュリティの壁を、安全性を壊さないようにどのように突破したのか。

武田氏によると、JAXA-NASA-ISSのネットワークは常にクローズドな状態で存在させたまま、外からのデータを安全に入れられる仕組みを作ったそう。「映像などのデータを直接ネットワークの中にいれず、新たに外部と内部のネットワークを仲介するシステムを作りました。具体的には外部からのデータを別の形式のデータに変換し、それを復号化することで安全な状態を保ちつつ、既存のネットワーク内に取り込む仕組みを構築しました。」

ただし、NASAとの調整は一筋縄ではいかなかった。「NASAからデータ中継衛星を介するISSの通信ルートはブラックボックス状態です。映像による双方向通信をしたいから新しいポート(ネットワークの住所のようなもの)を開けてほしいとお願いしましたが、テストしても繋がらない。数か月かけて改良とテストを繰り返し、つながらなかった事実と詳細な実施データログをNASAに伝え、やっとNASAに原因を認めてもらい、ポートを開けてもらった。それがインフラを作ることの大変さでした」(武田氏)。通信テストをJAXA筑波宇宙センターで行う際も、テストに使用するPC等の安全審査に1か月かかるという気の遠くなる作業を繰り返した。
通しのリハーサルなし。ほぼぶっつけで迎えた本番

プロジェクトが発表されたのは2019年11月。東京のスタジオから直接ISSのKIBOスタジオの機器を操作するためのネットワークインフラ整備には2020年4月ごろまで要した。平行して宇宙でどんな絵が撮れて、どんな番組を作ることができるのかも検討しなければならない。ところが、番組制作の要ともいうべきISS滞在中の宇宙飛行士の活動時間は準備から後片付けまで含めて、ごくわずかな時間に制限されていた。

「(普通ならリハーサルを何度も繰り返すところだが)リハーサルをやれば、本番で動いてもらう時間がなくなってしまう。当日にすべての時間を割り当てるために、地上のシミュレーションで確認できることは全部確認しました」(馬場氏)

馬場氏が苦労したことの一つが「明るさ」だ。KIBOスタジオはISSの窓から見える地球とディスプレイ上の地上の人々が同じ画角に収まることが売りである。ISSは90分で地球を一周するため、45分ごとに昼と夜が訪れる。宇宙の昼はものすごく明るい一方、液晶ディスプレイはかなり暗い。どちらかの明るさに合わせると一方が映らなくなる。それを一つの絵としてどう見せるのか。

「結局どれくらいの明るさになるのか、照度がわからない。宇宙飛行士から『(宇宙の)真昼の間は太陽の強烈な光で、普通に撮ると真っ白になるから気を付けて』と教えてもらっていました。そこで窓にサングラスのようなフィルターを付けることに。どのくらい明るいかわからなかったので、遮光の度合いを変えられる可変フィルターを作りISSに打ち上げました。当日、本番が始まる前に宇宙の昼間の状態を見せてもらい、どの程度の遮光にすればいいかを確認したのです」(馬場さん)

馬場さんは、フィルターが本当に機能するかどうか、当日までわからなかったという。だが直前の調整のおかげで、本番では窓の外の地球の映像と地上からの参加者を綺麗に同じ画面に映し出すことができた。

カメラをどこに設置するかも検討を要した。「きぼう」には二つの窓があるが、左の窓はぎりぎり地球が見える。ただし左の窓からは地球だけでなく、「きぼう」船外の実験装置やISSの太陽電池パネルも見えてしまう。船内のどこにカメラを設置したら何がどう映るかを見られるツールを駆使して、窓から地球がよく見える場所を模索し、カメラの設置場所を決めたのは2020年2月頃。

「決められるものはできるだけ事前に決めました。なぜなら宇宙飛行士に依頼する作業はすべてマニュアル化して、宇宙飛行士に伝えてもらわないといけないからです」(馬場氏)。ところが本番前日、手順書に従ってカメラを設置してもらいテスト撮影をすると、太陽光パネルがかなり映りこんで窓の外の景色を遮ってしまうことが判明した。

「急きょ、太陽電池パネルの見え方の法則性を探して、120分の番組中、綺麗に窓から地球が見える時間帯を割り出しました」。本番直前にどの時間帯に窓からのライブ映像を映すのか、どの時間帯にスタジオトークを入れるか等、番組の構成を検討した。
クライマックスは「日の出」

番組最大のクライマックスは、宇宙から見た「日の出」。真っ暗な夜空の中にうっすらと青い筋がうかびあがり、徐々に白い地球大気層の帯が広がっていき、やがて神々しいオレンジ色の光が夜の地球を一瞬で昼に変える。私はある宇宙飛行士から日の出前の夜の地球にまず一筋の青い光が現れることを聞き、見てみたいと思っていた。今回のライブ中継で暗闇に青い筋が浮かび上がったとき、「これが、あの青い光か!」と鳥肌が立つ思いだった。

日の出の一部始終を生中継することは企画時から考えていたのだろうか? 「ISSからの日の出の映像を皆で見たとき『これは本当にすごいものになる』と感じて本番に入れることにしました」(馬場氏)

ところがここで想定外の事態が発生。暗闇から青い筋が浮かび上がってきたあと、CMが入ってしまったのだ。「日の出の時間は2週間前にNASAから軌道情報をもらってわかっていたのですが、大気層の光の変化まで含めてシミュレーションをするのは結構難しい。あんなにいいところにCMが入るとは思っていなかった。ドキドキしてCMが『早く終われ!』と思っていました(笑)」(馬場氏)

結果的に太陽が顔を出すまでにはかなり時間がかかったため、ご来光の瞬間を番組視聴者が堪能することができた。これが「公開実験放送」であるがゆえのドキドキするところでもあるだろう。

次の番組発表は11月予定

テクニカルディレクターの武田さんは高校の時から天文好き。流れ星を電波でとらえる研究を続けてきて、流れ星が流れるとイルミネーションが光る「流星放送局」というプロジェクトをテレビとスマホを連動させ実現した。それだけに今回の放送への思い入れは強い。

「本当は自前でパソコンや機材を宇宙に打ち上げて色々なものを表示したかった。でも(自前で機材を上げる場合)時間的にも3年以上、予算も数億と現実的には難しい。そうなると今宇宙にある仕組みを使ってやるのがベストでした」。今回の放送は「想像よりも世の中の反応がよかった。アンケートで一番反響が多かったのが日の出、次が『みんなのコメントが宇宙に表示されたこと』という回答でした。宇宙に自分が触れられる機会を作ることに価値があることを確信できました」

クリエイティブディレクターの馬場さんはインタラクティブなコンテンツを多く手掛けてきた。KIBO宇宙放送局とコンセプトが似ているものでは2011年のSPACE BALOON PROJECT(スペースバルーンプロジェクト)がある。スマホの画面にSNSから送られたメッセージをライブで表示しながら成層圏の入り口まで飛んでいく。根底にあるのは「作ったものが未来の人たちにも有益なものであってほしい」という思い。宇宙のプロジェクトについては「かつてバックミンスター・フラーが提唱した『宇宙船地球号』のように、宇宙から地球を眺めるのは今とても大事じゃないかと思い、やりがいを感じる」という。

今回の公開実験については「双方向通信の仕組みができて初めて番組を乗せてみたところ、かなり好評を頂いた。やってみて思ったのは、ISSが90分で地球を一周することがもっとちゃんと伝わるようにできないか。地球の上をこんなスピードで国境を越えて回っているものは他にない。今、ISSが飛んでいる場所の下(地球上)の人たちと何ができるか、それを意識できるようなものがつくれたらと思います」。それは面白そうだ!

今回はISSにいる宇宙飛行士が番組に登場することはかなわなかったが「2回目以降は宇宙にいる飛行士とのコラボができたらいい」とJAXA高田氏。「そもそも今回は技術実証で『双方向で通信できましたね』で十分だったのに、スカパー!やYouTubeで生放送するという思い切った内容にしたのは、民間ならではのスピード感でありチャレンジです。宇宙にあるものを最大限活用してアイデアで勝負し形として見せた。さらに進化させ新しい事業やサービス、価値を作ってほしい」

技術実証だったということは、失敗も想定していたのだろうか? 「それはもう(笑)」馬場氏が言うと、その場にいる皆が同意。「全部が初めてのことだったし、どこか一つ通信経路が切れたり作業ステップが滞ったりしたら、その先には進めない。見えない失敗もたくさんしています」

たとえ失敗しても、その過程を見せていこうと挑戦し、世界初の成功に導いたバスキュール×スカパーJSAT×JAXA。次の放送は11月に内容や放送局を発表する予定だ。今度はどんなチャレンジで宇宙を私たちに開いてくれるのだろうか。注目したい。

林公代 はやし・きみよ 福井県生まれ。神戸大学文学部英米文学科卒業。 日本宇宙少年団・情報誌編集長を経てライターに。世界のロケット発射、すばる望遠鏡(ハワイ島)、アルマ望遠鏡(南米チリ)など宇宙・天文分野の取材・執筆歴20年以上。 この著者の記事一覧はこちら

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