「これ以上は無理だ」雪国で年金暮らし夫妻...セブ島での“越冬”を決めた決定的原因

「これ以上は無理だ」雪国で年金暮らし夫妻...セブ島での“越冬”を決めた決定的原因

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  • 更新日:2022/01/15
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物価が安く、気候が温暖なフィリピンでセカンドライフを送る年金生活者は少なくない。セブ島に住む岩渕夫妻も「北国から脱出」してきた一組で、現在、大雪に見舞われている秋田県の出身だ。雪の多い地域で高齢者が暮らす苦労は計り知れない。ここではノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、雪国で暮らす高齢者の実態、南国への移住を決める日本人の実情について解説していく。※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。

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朝から1時間の雪かき…「雪国で高齢者が生きる現実」

「民家の二階までは届きませんが、私たちが住んでいる所は積もってだいたい1.5メートルぐらいかな。自分の身長より高くはならないけれど、毎年冬には雪かきしないと生活できませんでしたからね」

秋田県大館(おおだて)市出身、岩渕純一(いわぶちじゅんいち)さん(66歳)はそう語った。

話は雪国が直面する現実についてだが、ここは温暖な気候に恵まれたセブ島である。その中心都市の一つ、マンダウエ市の繁華街から少し外れたところにあるアパートの一室で、私は岩渕夫妻と向き合っていた。

純一さんの隣には60歳になる妻の弘子(ひろこ)さんが座り、二人の話に驚く私の様子を見て、「私たちにとっては日常よ!」と言わんばかりに笑った。

純一さんは続ける。

「みんな朝から雪かきしてます。その人の自宅の敷地の広さにもよりますけど、だいたい1時間ぐらいかかります。自分の敷地の中に雪を寄せられる場所があればいいんですけど、ない場合は、除雪機に雪を盛り上げて広場まで行って捨てて、でまた戻して……。それを半日ぐらいやっている人もいます」

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岩渕さんの自宅近くは一面、銀世界だった

弘子さんがすかさず口を挟む。

「除雪車も近所の人たちもみんなその広場へ雪を寄せるんです。ですから一冬ですごい山になりますよ。うちの場合は屋根が三角だったので、落ちた雪を寄せるのが大変だったんです」

私が岩渕夫妻に取材をしてから5ヵ月後の2013年6月半ば、秋田県が発表した雪による被害状況によると、除雪作業中の屋根からの転落や落雪に埋もれるなどした人的被害は、計234人と前年比26人増で、65歳以上の高齢者が半数以上を占めた。雪国で高齢者が生きていく現実をあらためて浮き彫りにする統計である。

人的被害のうち死亡は19人で、市町村別内訳では大館市が横手(よこて)市と並んで3人と最も多かった。骨折や脊髄損傷など重傷は94人、打撲や切り傷などの軽傷は121人だった。

「忙しさから解放」…岩渕夫妻がセブ島に渡るまで

岩渕夫妻は2012年12月上旬に大館市からセブ島へ渡った。冬の間だけでも南国の暖かい気候で暮らそうと、とりあえずはお試し期間を兼ねて海外生活を始めることにした。

35年暮らした大館市の自宅は、老朽化によって至る所にがたがきていた。娘二人はすでに自宅を離れて生活しているため、仮に修理をしても継ぐ人がいない。修理の費用対効果を考え、処分することに決めた。

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北国ならではの冬の水道

純一さんは家の増改築などの仕事を自営でやっていたが、冬は建築関係の仕事が少なくなるためにしばらくお休み。弘子さんも直前までは、着物の帯などの古布を使い、かばんを作って販売し、展示会を開くという仕事に追われる日々を送っていた。

セブ島に来て以降はそんな忙しさから解放され、水泳をやったり同じ年金生活者と歓談したり、日本の友人に手紙を書いたりしている。

日本では日中、それぞれが仕事に出ているために顔を合わせることがなかったが、今では買い物に行くにもどこに行くにも二人一緒だ。そんな生活に、「こんなにのんびりしていていいのだろうか」と逆に不安を感じるという。

海外移住を意識し始めたのは、日本でバブルが崩壊した直後のことだった。きっかけは、旅行先のマレーシア、ペナン島で見た星空に心を打たれたためだ。星が降ってくるような夜空に思わず純一さんは「こんな所に住めたらいいね」と弘子さんに語り掛けた。

純一さんは回想する。

「秋田では見られない夜空でしたね。ホテルのプライベートビーチをぶらぶら散歩しながら、吹く風も心地よく、それがすごく印象に残りました。その頃はただ漠然と、住めたらいいなあという程度で。海外に住むことが具体的になったのは最近です」

大館市の自宅でテレビを見ていると、海外で生活する高齢者たちの番組がよく放送されていた。当初はぼんやりとした思いだけだったが、徐々に海外移住を現実的に考え始めた。

日本で生活を続ければ、年齢とともに雪かきは辛くなる。自宅の屋根は勾配が急で、雪が積もると屋根に面する道路にドサッと落ちる。除雪機を使い、広場まで運ばなければならない。そんな冬を35年も過ごしてきた。

そして2012年2月上旬、ある出来事が起きた。

「これ以上は無理だ」フィリピンでの越冬を決めたワケ

雪寄せの作業をしていた純一さんはその日の夕方、近所への雪の落下を防ぐ雪塀を修理していた。高さ約1メートルの脚立に上っての作業だったが、突然、脚立が倒れて転落。左手首を骨折した。

「もうこれ以上雪かきの生活を続けるのは無理だ」

1ヵ月後、退職者ビザの取得条件から、移住先の候補地に挙がっていたフィリピンへ下見に行った。前年にはマレーシアにも下見に行ったが、愛犬のマルチーズを連れて行くのに手続きが複雑だと聞いていたため、最終的にフィリピンを越冬地に決めたという。

寒い冬は「痔の痛み」にまで影響

多くの高齢者にとって、冬は天敵のような存在かもしれない。年を重ねる毎に高血圧や腰痛が悪化し、寒い季節に入ると同時に痛み出す。

フィリピンを含めた東南アジアが第二の人生を送る移住先となる理由に「温暖な気候」がある。例えばここフィリピンの年間平均気温は27℃で、一年中Tシャツに短パンで過ごすことができる。3月以降の夏期に入ると、マニラでは最高気温が36℃に達する。私を含め、こういった環境に長年暮らしていて、たまの一時帰国が冬に重なると、かなりこたえる。

フィリピンでは「雪」を言葉で表現するとき、「niyebe(ニエべ)」という単語が一般的に使われるが、これはスペイン語が語源で、公用語のタガログ語を語源とする「雪」を表す単語は存在しない。それはフィリピンに雪が降らないことが理由とみられる。

前作『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で私が取り上げた、無一文になってホームレス同然の暮らしを送っていた困窮邦人たちも、フィリピンの気候が恵まれていたために、生き延びることができたのだ。この国では日本のホームレスのように、凍死することはない。

フィリピン在住12年というベテランの磯江謙次郎(いそえけんじろう)さん(80歳)に会った時のことである。

場所は、マニラから長距離バスで約1時間半南下したラグナ州の高齢者施設「ローズ・プリンセス・ホーム」。そこに住む磯江さんがフィリピンへ移住した理由のひとつに、若い頃から続いている痔(じ)の痛みがあったという。

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磯江さんが住む高齢者施設「ローズ・プリンセス・ホーム」はギリシャのパルテノン神殿を連想させる門構えで、1996年に完成した

「気温が下がってくるとお尻が痛くなる。それを我慢してると今度腰にくるわけですよ。それをまた我慢してると、ぎっくり腰になって、完全に動けない状態になります」

磯江さんは右手で腰のあたりをさすった。

当時、都内で公務員として働いていた磯江さんは、仕事を理由に病院で治療をしていなかった。

「30代に入って仕事が色々忙しくなった頃、医者に行こうと思ってもなかなか行けなかった。手術をするとその当時でも3日ぐらいで治るんです。その時にやっておけばよかったんですけどね、それを放置して悪い方へ悪い方へ」

この結果、直腸の粘膜が肛門外へ抜け出る「脱肛(だっこう)」という状態になり、医師からは手術しても完治は難しいと診断された。

「特に冬はひどい。体を動かすだけで痛い。気温が下がってくると、鬱血するんですよ」

それほどまでに悩まされていた痛みだったが、フィリピンに住み始めて以降、いつの間にか消えてしまったという。

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日本の冬を逃れ、常夏のフィリピンで暮らす磯江さん

「こっちに来てからはそういう痛みが起きないから、もう完全に治ったと思ったんですよね。ところが……」

久しぶりに日本に一時帰国した際、寒さのせいで痛みを感じて再発したことが分かった。「完治した」というのは単なる思い込みだったのだ。やはり寒い所で暮らすことはもうできない。

「体は正直なもんでね」

磯江さんは苦笑した。

「東北はねえ、冬はいるだけでお金がかかるんですね」

他にも私がこれまでに出会った年金生活者で、移住を決めた理由に気候条件を挙げる人は多かった。

「本当に寒がりで、冬眠したいぐらい寒いのが苦手です。私は血圧が高いんですね。日本では高い時は200を超えていました。通常は上が160で、下が80〜90ぐらい。日本では降圧剤を朝晩飲んでいました。でもフィリピンでは上がっても140ぐらいですから、高血圧にとって気候はかなり大きいです」(60代女性、フィリピン在住2年)

「こっちは暖かいから関節が痛くないですよね。フィリピンに来た方はみんな言いますよ。暖かいから痛くなくなったって」(60代男性、フィリピン在住2年)

「東北はねえ、冬はいるだけでお金がかかるんですね。暖房費だけでもバカにならない。フィリピンへは父と一緒に来たんです。毎冬、父は布団から起きられなかったですから」(50代男性、フィリピン在住1年)

そんな高齢者たちにとって、温暖な南国は「楽園」のイメージを与えてくれるのかもしれない。

水谷竹秀

ノンフィクションライター

1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業後、カメラマン、新聞記者などを経てフリーに。

2011年『日本を捨てた男たちフィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。他に『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)など。

10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材している。

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