新谷学「週刊文春編集局長」は雑誌編集者よりも文藝春秋という会社を背負うことを選んだ

新谷学「週刊文春編集局長」は雑誌編集者よりも文藝春秋という会社を背負うことを選んだ

  • 日刊大衆
  • 更新日:2021/04/08
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柳澤健著作の『2016年の週刊文春』(文藝春秋)

柳澤健『2016年の週刊文春』著者インタビュー 6/7

『2016年の週刊文春』は文藝春秋という会社と『週刊文春』という雑誌を軸に、日本の出版ジャーナリズムを描き切った大作だ。主人公は花田紀凱と新谷学、2人の『週刊文春』編集長。著者の柳澤健は、2人の間の世代の文藝春秋社員で、彼らとともに仕事をしてきた編集者だった。彼が見た2人の天才編集者の実像とは――。7回にわたって語ってもらった。

関連:柳沢健『2016年の週刊文春』著者インタビューの1回目はこちらから

――本書のもう一人の主人公である新谷学さんは、2010年代の、いわゆる「文春砲」と呼ばれるようになった『週刊文春』の立役者ですが、その凄さはどこにあるのでしょうか。

柳澤:目の前の仕事にかける熱量が半端じゃない。若い頃からそうだった。最初に会ったのは『Number』で、彼は新入社員で配属されて3年目だったけど、編集部を完全に掌握していたわけ(笑)。編集長も周囲の編集者もみんな新谷の言いなり(笑)。本当に優秀だし偉くなると思ったから「新谷に怒られないように頑張ろう」と私は思ったし、実際に本人の前でもよく言ってた(笑)。

新谷はすごくオシャレなんだよね。ファッション誌の編集長がインタビューに来たときに、ツイードのスーツを一分の隙もなく着こなしている新谷を見て「こんなにオシャレな人は見たことがない」と言ったほど。新谷は学生時代にブルックス・ブラザーズで何年もバイトを続けていたから、「卒業後はぜひウチで」と誘われたけど、モンティ・パイソンみたいなテレビ番組を作りたくてテレビ局を受けた。結局、最終面接で落ちて文春にきたんだけど、新谷ならテレビ局に行っても充分にやれただろうね。

新谷は花田さんのようなコピーライティングの天才ではないけど、人に可愛がられる力がとんでもなくて、誰よりも深く広い人脈を築き上げた。普通の編集者のコネクションの規模がコーヒーカップくらいとすると、新谷は喫茶店の部屋全体くらいはある。政界、財界、芸能界、ブラックな社会に至るまで、あらゆる業界に広くて深い人脈を張り巡らせている。取材者にとって人脈はすべて。情報は各界のトップが持っている。自民党のトップ、山口組組長、バーニング社長、ジャニーズ社長と繋がっていれば、記事のネタには困ることはないけど、普通はそんなことはありえないでしょ? でも、新谷の場合はそこまで行ってしまう。偉い人が相手でも臆さずに平気で食い込んじゃうんです。安倍晋三だろうが菅義偉だろうが関係ない。安倍晋三からは手記を3回取ってるし、菅義偉とは何十回も飯を食ってる関係だろうからね。

■「人間関係よりスクープを優先させる記者魂」

新谷はよく「親しき仲にもスキャンダル」と言うんですけど、せっかく築き上げた人間関係を壊すことを恐れず、平気でスクープを書くんです。新聞記者は、書くことよりも、人間関係を優先させてしまうんですけど。新谷は書くためにつきあう。そのことがはっきりしている。書いたことで関係が壊れることももちろんあるけど、切れてしまった関係を繋ぎ直す力がある。相手としても、記事が事実であれば書かれてもしかたがないし、新谷との関係を維持した方が、逆に新谷から情報を取れるといったメリットがあるんだろうね。

新谷には「アイツに頼まれたらしょうがない」と思わせる力がある。私も散々お世話になっているから、新谷に頼まれたら何でも引き受けちゃうよね。知り合いが多いとか、よく一緒に飯を食ってるとかじゃなくて、ギブ&テイクで関係をズブズブにしていく。相手を口説き落とせる力が、新谷の最大の能力かも。

花田さんは、部数の落ちた本誌(月刊『文藝春秋』)を立て直せるのは新谷しかいない。新谷を本誌の編集長にするべきだとずっと言っていた。でも、『週刊文春』編集長を退いた新谷は、新設された週刊文春局長になった。雑誌編集者は雑誌を作りたいもの。本来なら『文藝春秋』の編集長をやる方が面白いに決まってる。でも彼は「自分がやりたいことよりも、自分にはやらなければならないことがある」と私に言った。自分が『週刊文春』を稼げるメディアにしなければ会社が潰れると思っている。今の彼はそれくらい、文藝春秋という会社全体を背負っているんです。

(取材・文 菊池俊輔)

PROFILE

やなぎさわ たけし

1960年東京都生まれ。ノンフィクションライター。慶應義塾大学法学部卒業後、空調機メーカーを経て文藝春秋に入社。花田紀凱編集長の『週刊文春』に在籍。新谷学とは同時期に『Number』で働いたことも。2003年に独立、2007年に『1976年のアントニオ猪木』で単行本デビュー。

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