
「闇バイト」などインターネットを通じた犯罪の対策を訴える磯谷富美子さん(中央)=東京都千代田区で2023年3月11日午後3時43分、鈴木拓也撮影
「あの事件以来、何も変わっていないと思うと娘が無駄死にした気がして、悔しい」
名古屋市千種区で2007年8月に起きた「闇サイト殺人事件」で長女(当時31歳)を亡くした磯谷富美子さん(71)は、全国で相次ぐ広域強盗事件のニュースが報じられるたびに、悲しい気持ちになる。どちらもインターネットを通じ、強盗目的で集まったグループによる事件という共通点があった。
今年1月に東京都狛江市で住人女性(当時90歳)が殺害された強盗致死事件を機に、全国で多発する強盗事件がクローズアップされた。実行役は、ネット交流サービス(SNS)上の「闇バイト」募集を通じて集まった、見ず知らずの人物らによるグループだ。
「また同じような事件が起きた……」
磯谷さんの長女利恵さんは07年8月24日夜、路上で男3人に強盗目的で拉致され、頭をハンマーで殴られるなどして殺害された。男らは携帯電話の闇サイト「闇の職業安定所」を通じて知り合った。「裏の仕事しませんか」という書き込みに応じて集まり、顔合わせしてわずか3日後に利恵さんを襲った。互いの名前すら知らない3人だった。
闇サイトの存在は利恵さんの事件をきっかけに広く知られるようになった。「知らない者同士がぱっと集まって、全く知らない人を殺すことができるなんて思うとすごく怖かった」
利恵さんの事件後、磯谷さんは全国で講演活動を重ね、闇サイトの危険性を訴えてきた。しかし、その後も闇サイトが絡んだ誘拐事件や強盗事件などが絶えることはない。
利恵さんの事件から15年以上が過ぎ、ネット環境は格段に良くなった。今回の広域強盗事件では個人情報を入手して標的を絞り、実行役への指示は海外から出されていたとされる。当時よりも大胆で凶悪化しているようにも感じる。
「いつになったら国や警察は根絶してくれるのか」。闇サイトなどへの対策の鈍さに、焦りやいらだちが募る。
磯谷さんは、再発防止には子どもたちへの教育が不可欠と考えている。利恵さんが殺害されてから約2カ月後、ある女子中学生に事件のことを知っているか尋ねると「知らない」と返ってきた。事件のたびに家庭で注意喚起することで、子どもが簡単に犯罪に手を染めない環境作りにつながるはずだ。「一瞬の行動が一生を台無しにするかもしれない。闇サイトなどを通じて犯罪に手を染める人を減らしてほしい」
◇
今月11日、殺人事件の被害者遺族でつくる「宙(そら)の会」の記者会見に、磯谷さんの姿があった。同種の事件の遺族だからこそ抱く危機感や国への要望を伝えるために参加を決めた。利恵さんの事件を思い出すのはつらいが、沈黙してはいられなかった。
磯谷さんはこう強調した。
「誰もが被害者にも加害者にもなり得る。今回の事件を人ごとだと思わないでほしい。もう誰にも私のような思いはしてほしくないんです」【鈴木拓也】
毎日新聞