<50>元関取“不屈の男”の一杯 いっちゃん 琴別府店(大分県別府市)

<50>元関取“不屈の男”の一杯 いっちゃん 琴別府店(大分県別府市)

  • 西日本新聞
  • 更新日:2016/12/01
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かつて命が危ぶまれるほどの大病を患いながら復活を遂げた関取がいた。しこ名は琴別府。不屈の精神でカムバックし、前頭筆頭まで登りつめた三浦要平さん(51)は、第二の人生としてラーメンの道を選び、今は故郷に構えた「いっちゃん 琴別府店」(大分県別府市)に立つ。

JR亀川駅から歩いて5分ほどの立地。のれんをくぐると三浦さんの姿があった。「現役時より70キロほど痩せたんですけどね」。三浦さんは笑うが、当時は約190キロ。やはり大きい。厨房(ちゅうぼう)で振っている中華鍋も小さく見える。

早速、一押しの「いっちゃんラーメン」を注文。その一杯に驚いた。器からはみ出んばかりのチャーシュー。さらに煮卵、山盛りのキクラゲとネギが載る。焦がしニンニクがきいた味付けは熊本系だろうか。「地方巡業で全国の料理を食べる。そこで熊本ラーメンが気に入ったんです。引退後、まげを付けたまま熊本市に修業に行きました」

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1981年が初土俵。押し相撲を持ち味に89年には十両に昇進したが、その場所で急性腎炎を患ってしまう。病状は悪化。医師から「もう相撲は無理」と言われ、1年間入院した。しかし、そこからが“不屈の男”の真骨頂。序ノ口まで落ちたが、脅威の回復で十両に返り咲き。十両優勝で初入幕を果たし、その後も活躍を続けた。

けがに悩まされ97年に角界を退いた後の再起も早かった。「ちゃんこは冬だけ。ラーメンなら一年中いける」と、年が明けてすぐに熊本で3カ月修業。千葉県鎌ケ谷市に「黒門ラーメン 千葉本店」を開いた。「それなりに繁盛した。でもいずれは古里に戻りたかった」。地元には一人で豆腐店を営む母、スエ子さん(87)がいる。2007年に「店を手伝おう」と帰郷。厨房機器も捨て、ラーメンの道はあきらめたはずだった。

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「地元のファンの方で千葉までは食べにいけない人もいた。『一緒にやらない?』と提案したんです」。三浦さんの姉、後藤育美さん(54)は振り返る。3年前に店をオープンし、三浦さんは仕込みや炒めものを担当する。店名は亡き父、〓(〓は「にんべん」に「吾」)士(いつし)さんの愛称だ。「父は要平を1番かわいがっていたので『琴別府店』と付けました」と後藤さん。

引退後も満身創痍(そうい)だ。千葉時代と5年前の2回、脳卒中で倒れた。腰、股関節、ひざも思うように動かない。

後藤さんは「ちっちゃい頃から粘っこいから」。現役時代からともに歩んできた妻の鈴さん(53)は「いつも必ず復活しますよね」と言う。

「体との戦い。でも、遠くから来てくれる人がいますから」。終始柔和な表情だった三浦さんだが、その奥に強い意志を感じた。 (小川祥平)

=2016/12/01付 西日本新聞朝刊=

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