築地のベテランが「プロ集団」と評価する“選別”とは?

築地のベテランが「プロ集団」と評価する“選別”とは?

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  • 更新日:2016/12/01
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希海でいただいた、ヒラメのシブイチのおろし身

「東京の台所」築地市場。約80年に及ぶ歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。

活け場の取材でお世話になった、仲卸「やま幸 希海(のぞみ)」を訪ねたことで、仲卸の仕事を改めて知ったという岩崎。ベテランをしてプロ集団と言わせる希海の「選別」とは何なのか? 目利きたちの仕事に迫った。

*  *  *

生きたまま築地に届いた活魚が集められるのが「活け場」だ。そこで活魚のセリは行われる。活け場の端に「希海」のターレを見つけて歩み寄ると、2つのダンベ(魚を入れる大型のプラスチック容器)と丸型の容器に、カレイとヒラメ、タイ、ハモが入っていた。それぞれの容器にはボンベで空気が送られている。活け場から仲卸店舗まで魚を運ぶ間にも、海水の状態は変わるという。セリ落とされた魚は素早く店へと運ばれ、丁寧にそれぞれの水槽へと移されていく。ガランとしていた希海の水槽は、あっという間に魚でいっぱいになった。

6時40分、セリを終えた希海の部長である中西さんは店に戻ると、ひと休みする間もなく魚をさばき始めた。

エラの後ろと尾の付け根に切り込みを入れて血抜きをし、死後硬直を防ぐために切り込みから針金を入れる「神経抜き」を行う。このひと手間によって、鮮度がより長く保たれるからだ。魚からほとばしる鮮血は、文字通りほんとうに鮮やかな赤だ。私が自宅で魚をさばいていても、これほどに赤い血はこれまで見たことがない。きっと、酸素をたっぷりと含んでいるからなのだろう。

「うちらの仕事は、選別です。それが、仲買の仕事だと思ってます。同じ魚が3枚入っても、状態は違います。せり落としてからここに来る間にも、変わってくることがあります。選別ができれば、価格競争にならないですから。仲卸が生き残る道は、そこしかないと思っています」(中西さん)

いい魚を選んで販売することは当然のように思えるが、その実どういうことなのか、私はよくわかっていなかった。築地の仲卸の方々にお話を伺っていると、「選別」「選ぶ」「択る(よる・選ぶこと)」という言葉を、よく耳にする。

「前から希海に入りたかったんですよ。ここはプロ集団ですから。希海のみんながプロです」

希海に入って2日目だという鶴岡さんは、こう話していた。築地で働き始めてから23年目になる鶴岡さんは、築地をよく知った人だ。そんなベテランをしてプロ集団と言わせるものは、「希海の選別」とはいったい何なのだろうか?

希海では、売り上げの7割は料亭や、すし店から成り、残り2割を海外へ出荷し、1割は街の鮮魚店に卸している。

希海の壁には、客先が印刷された茶屋札(注文内容を記すメモ用紙。この茶屋札に梱包内容などを記し、発泡に添付する)が70種類ほどかけられている。客先が印刷されているということは、それぞれの顧客から一定の注文が入り続けているがゆえ。その茶屋札には、どこかで聞いたことのある有名店の名前が数々記されていた。出荷先は北海道から九州まで、全国に渡る。海外の出荷先は、ハワイ、アメリカ本土、シンガポール、タイ、香港など。取材時には、台湾からの買い付け客が、入念に品定めをしていた。国内からも海外からも、希海によせられた信頼は厚い。

信頼の理由は、店の人たちの立ち振舞からも感じることができる。注文の入った魚を袋や発泡に入れる際には必ず、魚の触感を確かめ、状態を見極め、時には魚を空いたスペースに並べて外観まで見定め、慎重に丁寧に、梱包していた。選び抜いて引いてきた魚であっても、状態はさまざま。この店の中でまた、選別のふるいがかけられる。

魚の良しあしだけでなく、客先の要望に応じた選別も行っている。キスなどは、あえて小さいものを求める客もいる。大型のヒラメは、シブイチ(四分の一)のおろし身にしてまな板の上に並べて売られていたりもする。大きさをそろえて納めることも、魚選びのポイントとなっている。

この日、塩原さんは黙々とカツオを下ろし続けていた。丸々としたカツオ見て「うまそうなカツオですね」と声をかけると、塩原さんは苦笑い。見た目だけでは判断できないのだという。

「(魚選びは)経験が大事。例えばカツオの場合は、荷主さん(魚を出荷する漁師や港の漁業関係者)によるところが大きい。このカツオは気仙沼のカツオで、カネト佐々東(という荷主)からのもの。カネトさんは、いい」

また、魚は切らないとわからないとも。頭をとって切り口を見れば、魚の質がわかる。時には魚をおろす際に食べてみながら、塩原さんはその日の魚の質を見極めているのだった。信頼できる荷主を見極め、さらに、入ってきた魚を見極めながら、選別をくりかえしていく。カツオが入った発泡は山となって積まれていたが、それぞれのカツオをおろす順番まで、状態を見ながら判断しているという。

魚を“選ぶ”のは店の人間だけではない。7時をまわり、続々と魚を買い付けにやってくる客もまた、魚を選ぶ。コハダを1匹1匹手に取って確かめてから、望みのものを並べていた。筋子も直接手にとって、品定めしていた。

塩原さんを見ていると、客が魚を択ることを推奨しているように感じられた。

「サンマは、こっちの箱を見てみて。全部開けていいから」「アジはこれがいいよ。こっちの箱」「キンメのいいの、(箱を)開けますよ」

私は築地で何度か、「最近は、客が魚を択らなくなった。店も、あまり択らせなくなった」という声を聞いたことがあったが、希海では、魚を買う側も真剣に、魚を選別している。客どうしで顔見知りの関係も多く、談笑しあう姿もよく見られた。

私が塩原さんと初めてお会いしたのは8月下旬のこと。店先に置かれた筋子を見て、私は「この時期にもう、筋子が売られているのですね」と感想を漏らした。筋子というものは、秋に帰ってくるサケから得られるものだと思っていたからだ。

「筋子は、今の時期が一番いい。(サケが)沖に出ているほど、(卵の殻が)柔らかいから」と、この時も塩原さんに苦笑いされた。「みんなが思っている旬っていうのは、ものすごくずれていることが多い」とも。塩原さんは常に、「うまそうなもの」と、例えば関アジや関サバのような「ブランド」とをしっかり押さえながら、そして、食べながら、お客さんの反応を見ながら、魚を選んでいるという。

塩原さんは、「常に100点を取ることはできない」と、何度もくり返す。

「全部が全部、いい魚を買える(引いて来ることができる)わけではない。いいものがあるということは、悪いものがあるということ。悪いものがあるということは、いいものがあるということ。常に、無駄との戦い」

塩原さんはまた、「この人だからOKということもない。どんな人間にも隙がある」とも繰り返していた。信頼している筋から引いてきた魚であっても、改めて客観的に、仲卸が見極めることが重要なのだろう。

中西さんから「お客さん、産地にうるさいんですよ」と聞いた時、私には、ブランドという意味での産地へのこだわりとしか受け取れなかったが、中西さんはすかさず「(魚を)とっていい場所で、決められた量の魚じゃないとダメなんで……」と説明を加えてくれた。

乱獲を防ぐため、魚の種類ごとに漁獲量が定められていることが、産地への感度を高めている。とっていい時期・場所ではないところからあがった魚を扱ってしまっては、飲食店として、漁獲制限に反する姿勢を疑われてしまうことにつながる。「味」以外の観点からも、産地の選択と明示が大切なのだと知った。

希海は、塩原さんと中西さんが立ち上げた、新しい店だ。ふたりとも築地は長いが、店は若い。「自分たちが初代。引き継ぐものはなかった。ゼロから始めた」と塩原さんは話す。

築地の場内で、「希海の仕事はきびしい」との声を、聞いたこともある。他店に比べて早い時間から店を作り始め、他店よりも店じまいは遅い。仕事の大変さを指してのきびしさなのだろうと、当初私は、そう受け止めていた。

ふたりの言葉を振り返ってみると、希海の選択眼がきびしいのだとも感じられてくる。魚に対して、自身の仕事に対して、顧客への対応に対して、それらを取り巻く環境に対してのふたりのまなざしは、鋭い。当初から「高級鮮魚」を掲げていたのか、選択を重ねた結果として自然と「高級鮮魚」となったのかを塩原さんにたずねてみると、少し考えてから、「両方!」とこたえが返ってきた。

希海が重ねる選択は、確かにきびしい。だが、そのきびしいまなざしの先にはいつも、魚を口にする人のことを思うやさしさがある。

択ることが大切なのは、魚を扱う人たちだけではない。魚を含めた食生活を、いま一度、私たち消費者が能動的に「択る」ことも大切なはずだ。

目利きとは、選ぶこと。同義語を重ねただけのようにも見える言葉だが、奥は、深い。

岩崎有一(いわさき・ゆういち)

1972年生まれ。大学在学中に、フランスから南アフリカまで陸路縦断の旅をした際、アフリカの多様さと懐の深さに感銘を受ける。卒業後、会社員を経てフリーランスに。2005年より武蔵大学社会学部メディア社会学科非常勤講師。アサヒカメラ.netにて「アフリカン・メドレー」を連載中

【おすすめ記事】築地市場にある売店の意外な“売れ筋”と“究極の接客”

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