フリーダイビングの世界大会を日本に誘致した「ロマンティックな愚か者」

フリーダイビングの世界大会を日本に誘致した「ロマンティックな愚か者」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2016/10/19
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撮影:立木義浩

第2回【偶然出会った師匠はあの人の弟子だった

シマジ先ほどもお聞きしましたが、篠宮さんはただ潜ってじっとしているときは8分くらいいられるそうですね。

篠宮そうですね。じっと動かない状態ですと8分ですね。でも動いてしまうと4分くらいになってしまいます。

シマジ肺活量はいったいどれくらいあるんですか?

篠宮最初は5000ぐらいだったんですが、トレーニングを積んで9000ぐらいまで伸ばしました。

シマジ9000ですか! 凄いですね。

篠宮海外の選手たちはもっと多くて、1万を超えて1万2000ぐらいある人がいます。

シマジ一般人には考えられない世界だ。ジャック・マイヨールもそのぐらいあったんでしょうね。

篠宮彼は意外に少なかったみたいですよ。

シマジへえ、少なかったんですか。そうか、けっこう小柄な人だったんですものね。

篠宮ですから、フリーダイビングにはもっとちがう要素が重要です。たとえば海中で何かあったときにパニックになると、頭を使ってすぐに酸素がなくなってしまう。だから、まずは落ち着いたメンタリティが必要になってくるんです。ジャック・マイヨールはそのためにヨガをやっていたそうです。

シマジああ、そうか。脳を使うと酸素を消費するんですね。

篠宮そうなんです。ですからこのスポーツは考えちゃいけないんです。

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シマジなるほど。出来るだけ無になって潜っていって、戻ってくるんですね。

篠宮球技などでは常に考えながら動けと教わりますが、ぼくらは何も考えてはいけないんです。陸上にいるうちにあらゆる戦略を立てておいて、水中ではいかに無になれるかが重要なスポーツです。いずれにしても、ぼくの人生はジャック・マイヨールの『グランブルー』の影響で大きく変わりました。

立木シマジだって『甘い生活』のマストロヤンニを見て、編集者になろうと思ったんだろう。

シマジそうですね。編集者ってあんなに女にモテるのかと思ったんですね。

立木それは大いなる誤解だな。マストロヤンニだから女にモテるんであって、編集者だからじゃない。そこまで冷静に理解しなかったんだね。

シマジでも編集者になろうという動機は『甘い生活』が作ってくれたんですよ。ですから感謝しています。

篠宮『グランブルー』のなかではジャック・マイヨールはそのまま本名ですが、映画のなかのライバルのエンゾは実在の人物でエンゾ・マイオルカといいます。劇中名はエンゾ・モリナーリですが、エンゾ役はジャン・レノが演じていました。

ヒノいまはクルマのCMでドラえもんの役をやっていますよね。

シマジ篠宮さんはフリーダイビングはとてもマイナーなスポーツだといっていますが、そのうちなにかのきっかけで火がつくように思います。

篠宮本当にそう願うところですが、まずはとにかく若い世代の競技人口が増えて欲しいと思っています。女子はわりと若くて強い選手が沢山いて、世界大会で金メダルを取ったり、世界記録を出したりする子がいるんですが、男子はまだもう少しというところなんです。

ですからそこをなんとかレベルアップさせて、プロとしてやっていけるようにしてあげたいなと思っているんです。男子は会社勤めで忙しいというのもありますが、会社勤めと同じぐらいの収入が得られるようになったらいいなあと。

シマジ中学生や高校生でフリーダイビングに魅せられて、この道に入ってきたら、凄い選手が誕生するんじゃないですかね。タッチャンもわたしも親しい青木功プロも、中学生のときにキャディをやりながらゴルフの愉しさを覚えたといっています。

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篠宮そうですね。小さいころから海にふれあう子供が増えるといいですね。

シマジ篠宮さん自身、埼玉生まれの埼玉育ちですから、海がなかったんですよね。

篠宮はい。ぼくは海なし県の出身です。だからこそ海への憧れは人一倍ありました。

シマジそういうものですか。

篠宮やっぱり制限されているなかにいますと、どうしてもそれを知りたくなるというか、みたくなるというか……。ですから埼玉県はもちろん、山梨県、群馬県にも海が大好きという方はけっこういまして、沖縄にたくさん移住してきていますね。

シマジやっぱり、フリーダイビングは沖縄がいちばんいい環境なんですね。

篠宮日本で海のスポーツをやるには、沖縄がいちばんだと思います。ですからフリーダイビングの世界大会も沖縄に誘致させていただいたんです。

シマジそうそう、世界大会をやったお話を聞かせてください。その苦労話を是非教えてください。

篠宮日本にはじめてフリーダイビングの世界大会を誘致したのは2010年でした。そういう世界的なイベントを日本に持ってこない限り注目もされないし、盛り上がらないだろうと思いまして、ぼくの性分からして、なんでも先陣を切ってやれ!という思いでやらせていただきました。

マイナーなスポーツということもあって、実際のところ、スポンサーも集まりにくく、メディアもなかなかきてくれないという問題もありましたが、まずはそこからスタートしようという思いが強かったですね。オリンピックの準備期間は4年間ありますけど、ぼくらのスポーツは毎年のようにどこかで世界大会をやっているんですよ。

シマジ毎年なんですか。1年おきではなかったんですね。

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篠宮大きな世界大会は1年おきなんですが、小さな世界大会はほぼ毎年開催されています。ですから実質1年を切った準備期間のなかで、スポンサーを集めたり、スタッフを集めたりで大変でした。はじめから赤字覚悟でやりました。

シマジそれは大変な覚悟ですね。

篠宮赤字が出たら自分で払おうと覚悟を決めて、どこが金利を安く貸してくれるかなといろいろ考えまして、でもやる!という決意でやらせていただきました。

シマジ篠宮さんは勇敢な性格の持ち主なんですね。

篠宮いえいえ、後先を考えないだけです。

シマジいやいやそれは勇敢なことですよ。篠宮さんは海に潜るときは用心深いけれど、陸の上の実行力は情熱的で男らしいですね。まさにわたしの大好きな「ロマンティックな愚か者」です。

篠宮でもやっぱり周りがなかなかぼくについてこられないですよ。世界20ヵ国から約50人の選手が集まりました。

シマジ宿泊場所も準備しないといけないし、練習も大変だったでしょうね。その世界大会は実際、何日くらいかかったんですか。

篠宮全部で1週間でした。当時ぼくはまだ34歳でしたけど、先生の著書にありますように「35歳は人生の真夏日だ」ということもありまして、実行いたしました。いまから振り返ってみますと、まさにあのころぼくの人生の真夏日だったかもしれません。競技人生でのピークだったのかもしれませんし、人生のピークだったような気もします。

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シマジそのときの日本人選手の記録はどうだったんですか?

篠宮男子チームが銀メダルで女子チームが金メダルでした。

シマジ団体戦だったんだ。

篠宮そうです。その年は団体戦で、次の年が個人戦でした。そいうふうに交互に繰り返されるんです。

シマジでも賞金が20万円とか30万円なんですよね。それは意外でした。

篠宮そこはこれからの課題でもあります。ただ、沖縄を世界に知ってもらったことは大きなことだと自負しています。

シマジそうですね。沖縄のきれいな海を世界の人に知ってもらった功績はなによりも価値があることだと思います。

ところで、フリーダイビングの世界的な協会みたいなものはあるんですか?

篠宮オリンピックと同じスイスのローザンヌに本部があります。それで各国に支部がありまして、日本にもあります。

シマジこれから指導者になられて後進を育成していくのは大変でしょうけど、指導者としても世界一を目指して頑張ってくださいね。

篠宮ありがとうございます。これから先はレッスンプロとして身を立てながら、たまにお声がかかれば講演をしたりすることになると思います。

シマジ篠宮さんはもう日本のジャック・マイヨールですよ。

篠宮いや、まだまだです。そうそう、ジャックさんは1970年の9月、日本で2つの世界記録を樹立しているんですよ。伊豆の海でのことです。

シマジそのときは伊豆で世界大会か何かがあったわけですか?

篠宮いえいえ、審判だけを呼んで、ギネス記録に挑戦するみたいなカテゴリーで潜水したんです。ですからほかの選手はいないんですけど、日本の伊豆の海に彼が残した足跡があったわけです。そういうこともぼくたちは大事にしていきたいと思っています。

シマジフリーダイビングというのはやっぱり夏のスポーツですか。

篠宮はい、やはり夏から秋にかけてがいちばんのピークですね。

シマジ実際のところ、水深100メートルの水温ってどうなんですか?

篠宮それは潜る場所にもよるんですが、いちばん寒いと感じたのはカナダのバンクーバーでした。

シマジあそこは夏でも涼しいですもんね。

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篠宮そのときの世界大会は真夏でしたが、水面の温度は24度くらいでも、潜って行くにつれてどんどん冷たく感じてきて、すぐに16度まで下がりました。80メートルくらいになると、なんと4度。まさに身を切るような冷たさでした。

シマジ篠宮さんは何メートルまで潜ってんですか?

篠宮そのときは70メートルぐらい、いや、たしか75メートルまで潜りましたが、結局、ブラックアウトしてしまい無記録に終わりました。成功していたら1番の記録だったんですけど、つい無理をしてしまって。

シマジ海水が冷たいから、血流も悪くなって、酸素不足に陥ったんでしょうね。

篠宮そうですね。寒さと自我が強すぎたんでしょう。「これをやったら1番だ」とか「あいつには負けられない」と考えた瞬間、ブラックアウトしたんだと思います。

シマジやっぱり無の状態で潜らないといけないんですね。

篠宮口で言うのは簡単ですが、実際にはなかなか難しくて、そういう状態で潜れるのは1年に1度あるかないかですね。人間というのはどうしても欲深いものでして、つい「これをやったら」と考えてしまう。若いころはそういう痛い目に何度もあっていました。「よし」と思って、海面に上がってきて呼吸をした瞬間に倒れるケースが多いですね。

シマジそうなると失格になるんですか。

篠宮はい、失格です。

〈次回につづく〉

篠宮龍三 (しのみや・りゅうぞう)1976年埼玉県生まれ。2004年、27歳でプロ転向。05年フリーイマージョン種目で世界ランク1位となる。コンスタント種目では08年4月、バハマでアジア人初の100メ ートルに到達。09年12月にジャック・マイヨールの最高記録である105メートルを超え、107メートルを記録。10年4月、再びバハマで現アジア記録の115メートル(世界歴代5位)を達成。同年7月には日本・アジア初開催となる世界選手権を誘致し、自らも日本代表キャプテンとして銀メダルを獲得した。現在は国内唯一のプロ選手として競技活動を続ける傍ら、沖縄でスクールや大会を運営。環境イベントなどのプロデュースも行っている。著書に『ブルー・ゾーン』『心のスイッチ』『素潜り世界一』がある。

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