アーセナルの名を聞いて激怒したオシムさんが抱いていた志【世界のサッカーへの責任を果たそうとしない「強欲」なヨーロッパ】(1)

アーセナルの名を聞いて激怒したオシムさんが抱いていた志【世界のサッカーへの責任を果たそうとしない「強欲」なヨーロッパ】(1)

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  • 更新日:2022/05/16
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オシムさんが日本を選んだ理由をよく考えるべきだ 撮影:渡辺航滋

サッカーの世界は膨張を続けている。ヒエラルキーの頂点に立つ者たちは、強欲に世界中から搾取を続ける。その姿勢は正しいものなのか、サッカージャーナリスト・大住良之が問いかける。

■オシムさんの怒り

イビチャ・オシムさんの急逝は大きな衝撃だった。2007年秋に倒れられて以来長い闘病生活だったが、オシムさんと定期的にコミュニケーションをとっていたジャーナリストの田村修一さんによれば、オシムさんの頭脳明晰さや言葉の鋭さ、奥深さは、最近も変わることはなかったという。日本から遠く離れているとはいえ、これからも日本のサッカーを見守り、叱咤激励してくれると思っていただけに、私にとっても、喪失感は小さくない。

私には、オシムさんをひどく怒らせてしまった苦い経験がある。あるインタビューのなかで、「サッカー哲学」というようなものを聞きたいという思いに駆られ、こんな話をした。

「アーセン・ベンゲルがこのようなことを言ったと読んだことがあります。『サッカーのコーチの最も大事な仕事は、プレーヤーのサッカーを愛する気持ちを常に思い出させ、それをさらに強めさせることだ』…」

この後に「あなたは、サッカーのコーチの最も大事な仕事は何だと考えますか」と聞きたかったのだが、私の言葉が切れたところで通訳にはいってくれた間瀬秀一さんの言葉を聞きかじるや、オシムさんが激怒した。

アーセナルのクラブ財政規模がどのくらい大きく、選手補強にいくら使っているか知っているのか!」

オシムさんは、ベンゲルと自分の仕事を比較されたのだと思ったのだ。私があわてて説明することで、オシムさんの血圧急上昇状態を短時間で収めることはできたのだが、この「誤解」で、私は、「ジェフユナイテッド市原」(当時の正式名称)という、Jリーグでも経営規模の小さなクラブをオシムさんが選んだ理由がわかったような気がした。

■なぜオシムさんは日本を選んだのか

2002年夏まで務めたシュトルム・グラーツ(オーストリア)の監督という立場を自ら辞し、約半年間「フリー」の状態だったオシムさん。当然、欧州各国のクラブから引く手あまただったはずだが、日本のJリーグ、そしてそのなかでもけっして裕福ではない市原を選んだ。グラーツの監督を辞任した理由は、欧州チャンピオンズリーグに出場するためのクラブの無謀な選手補強だった。それが、裕福ではなくても高い志をもつ市原での挑戦を決意させた理由の大きな部分だったに違いない。

当時すでに「金満」状態にあった欧州のサッカー。クラブ間の競争は、湯水のように流れ込むテレビ放映権収入を利用して世界中からスターを買いあさり、どれだけ豪華なメンバーを並べられるかにかかっていた。そうした状態が、オシムさんにとって心地よいはずがない。オシムさんにとって何より大事なのは、高い志をもち、その実現のために全身全霊をかけてサッカーに取り組み、大きなことを実現する人間を育てることだったに違いないからだ。

■欧州が陥る「妄信」

そしてそのとおり、ジェフでは短期間のうちに選手たちの意識を改革し、彼らを生き生きとサッカーに取り組み、「サッカーで生きる」、本物のサッカー選手に生まれ変わらせた。彼らが見せるプレーは理屈なしに見る者の心を打ち、はずむような喜びをもたらした。金満クラブでスターを並べて争っている監督との比較などしてほしくないというオシムさんの気持ちは、よく理解できる気がした。その後、果てしなく続くリハビリ生活のなかで、オシムさんは、「金満化」に進む一方の欧州サッカーをどう見ていただろうか―。

もちろん、巨額投資によって現在の欧州サッカーにはハイレベルの選手が集まり、誰もが夢見るサッカーを実現しつつあるというポジティブな面はある。そのサッカーは、世界中のコーチやプレーヤーが指標として目指すべきものだ。しかしそのバックボーンが、オシムさんのような「魂の指導」ではなく、世界中からかき集めた放映権料という資金であることを忘れてはならない。そうした状況は、多く稼げば稼ぐほどサッカーの真理に近づくことができるという「妄信」に変わり、そしてほどなく、稼ぐこと自体が目的となる。

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