ゴジラ、ハローキティ、ガンダム、プリキュア、初音ミク...は果たして150年後に国宝となっているのだろうか

ゴジラ、ハローキティ、ガンダム、プリキュア、初音ミク...は果たして150年後に国宝となっているのだろうか

  • 集英社オンライン
  • 更新日:2022/11/25

東京国立博物館 表慶館にて創立150年記念 特別展「150年後の国宝展―ワタシの宝物、ミライの宝物」が開催されている(2022年11月2日~2023年1月29日)。会場に足を運んだライター・佐藤誠二朗氏によるレポを紹介しよう。

「当日券を出せ!」と息巻くエセ紳士を横目に見ながら 訪れた東京国立博物館

11月某日水曜日午前10時頃。

東京都台東区、上野の森の最奥に鎮座する、東京国立博物館のチケット売り場に並んでいると、背後から大きな怒鳴り声が聞こえた。

振り返ってみると、声の主は恰幅のいい70歳前後と思しき紳士風情の人物。

制服を着た警備員を含む4人の博物館職員に対して息巻いていた。

何とはなしに耳を傾けていると、こんなことを言っているのがわかった。

「なぜ当日券がないのだ!」

「毎日、当日券の枠を少しは取っておくのが世界の常識だろう!」

「国立の博物館なら、国民の期待にちゃんと応えなさい!」

「これだから、日本はダメなんだ!」

「もっとも私はニューヨークに住んでいるので、日本の納税者ではないがな」

「とにかく君たちではお話にならない。さっさと館長を呼べ!」

おお、すげえ。

なんともわかりやすい、典型的なモンスターカスタマーじゃないか。

僕はわざわざ足を止めてはおらず、上記は自分のチケット購入に要したほんの1〜2分の間に耳に入ってきた言葉だ。

それでおおよそ主張の要旨はわかったのだから、きっと職員に対しては長時間にわたって繰り返し、同じことを言い続けているのだろう。

職員たちは皆うんざり顔だが、ニューヨークのくだりなどで、そんな彼らへのマウントを忘れないあたりもなかなかだ。

ちなみに僕が窓口で買ったのも当日券。そう、当日券はちゃんとあるのだ。

でも僕のは、東京国立博物館では“総合文化展”と呼んでいる常設展のチケット。

エセ紳士殿が「ないのか!」と喚いている当日券とは、オンラインやコンビニでの日時指定事前予約が必要な特別展の方に違いない。

博物館創立150年を記念して開かれている、「国宝 東京国立博物館のすべて」を観たいのだろう。

今日の僕の目的は、同じく創立150年記念の展示だが、総合文化展(常設展)のチケットで観られる「ワタシの宝物、ミライの宝物 150年後の国宝展」の方だった。

僕が門をくぐって博物館の敷地内に入った後も、ずっと怒声を響かせ続けていたそのエセ紳士が、むしろ哀れに感じられた。

だって、ニューヨーク住まいをアピールしていたけど、世界には当日フラッと訪ねても入ることはできない、人気の博物館や美術館(特に特別展)がたくさんあることくらい、非国際派の僕でも知っている。

ましてや世の中はまだコロナ禍の非常態勢が続いているわけで、入場規制くらいは想定し、ネット、もしくは電話などで事前に下調べしておくのが、今を生きる人のしかるべき行動だろう。

公衆の面前で、みずからの教養と常識の乏しさを大々的にアピールしてしまっていることに気づかない彼は、これまでどんな人生を歩んできたのかな。

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東京国立博物館本館

ゴジラ、ハローキティ、ガンダム、プリキュア、初音ミク……。 確かに国宝級だ

さて。

東京国立物博物館本館の向かって左手に建つ表慶館は、時の皇太子である嘉仁親王(のちの大正天皇)の御成婚を祝って奉献された美術館。1901(明治34)年に着工し1908(明治41)年に完成した、宮殿建築の重厚な建物だ。

その中でおこなわれている「ワタシの宝物、ミライの宝物 150年後の国宝展」とは、個人や企業から集められた“ワタシの宝物”を「150年後の国宝候補」として展示する、東京国立博物館史上初の公募型展覧会である。

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表慶館。右はエントランスホール

と聞いても、何だかわかったようなわからないような感じなので、百聞は一見にしかず、とりあえず展示会場に足を踏み入れてみた。

すると、まず出迎えてくれたのは、大きな「ゴジラ」像だった。東宝による展示だ。

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神々しいほどのゴジラ様

ははあ、なるほどそういうことか。

1954年に第1作目が公開されたゴジラは、確かにそう言われてみると、150年後の国宝候補にふさわしいキャラクターだろう。

誕生当初から国内だけではなく世界中に多大なインパクトを与えたこの巨大モンスターは、アニメ、マンガ、ゲーム等のコンテンツを世界に発信する現代の“クールジャパン”(このネーミングはいまだにイマイチだと思うが)の礎となったのだから。

同様の“クールジャパン”あるいは“KAWAII”系としては、バンダイナムコグループの「GUNDAM」、東映アニメーションの「プリキュア」、サンリオの「HELLO KITTY」、クリプトン・フィーチャー・メディアの「初音ミク」が展示されていた。

バンダイの「たまごっち」も、このくくりなのかな。

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日本が生んだ世界の宝物

個人的なツボにハマる品々がたくさん展示されていた

個人的に特に興味を惹かれ、しばし足を止めて隅々まで見入ってしまったのは、学研ホールディングスが展示している「科学のふろく」だった。

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学研の展示「科学のふろく」

学研が発行し、通称“学研のおばちゃん”が毎月自宅まで届けてくれた学年誌『○年の科学』は1957年の創刊。

最盛期の1979年には、兄弟誌の『○年の学習』(1946年創刊)と合わせ、月に670万部(2誌、6学年の合計)という驚異的な発行部数を記録したというが、両誌とも惜しまれながら2010年に休刊している。

1969年生まれで、1979年には4年生だった僕の小学生時代の思い出は、まさに科学のふろくとともにあるといっても過言ではない。

こうして展示されているふろくをひとつひとつ見ていると、あまりの懐かしさに目頭が少し熱くなるのをおぼえるほどだった。

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どれもこれも懐かしすぎる

そういえば当時の僕は、“科学と学習”だけではなく、学研の『○○のひみつ』という学習漫画単行本シリーズも大好きだった。

勉強に役立つ漫画だからと親も文句を言わずに買ってくれたので、ほとんどのタイトルを揃え、繰り返し繰り返し読んでいたよな〜と懐かしく思い出しながら展示会場を進んでいたら、それもありました!

会場中央部には、一般公募に応じて全国から寄せられた候補から、審査を経て選出された“ワタシの宝物”が展示されている。

その中に『昭和後期のこどもの「城」〜ある男子の勉強机まわり〜』という写真作品の展示があったのだ。

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他人の机とは思えない

これがもう、かつての自分の勉強机そのものじゃないかと思えるほど、個人的には超リアルな物件。

またしても、足を止めてじっくり見入ってしまった。

そして、この誰ともわからない彼の机の上部に設けられている本棚に、学研の『できる・できないのひみつ』があったのだ。

懐かしすぎる!

そうそう、“ひみつシリーズ”の中でもこの『できる・できないのひみつ』は名作に入るタイトルで、僕も一番強く記憶している。

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僕も愛読していた『できる・できないのひみつ』

もはや他人とは思えない彼の机にはほかにも、ダブルカセットのラジカセや千両箱型の貯金箱、二艘式の黄色い絵の具筆洗い、将棋の駒型で「通行手形」と書かれた観光地みやげ、『宇宙戦艦ヤマト』のポスターカレンダーなどなど、記憶の彼方にある懐かしき品々が写っていて、非常に感慨深かった。

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懐かしき品がゴチャゴチャと置かれた勉強机

果たしてこれが“150年後の国宝”というテーマに沿っているのかどうかということなどは忘れ、しみじみとさせてもらいました。

個人的な思い入れを長々と書いてしまったが、会場にはほかにも、企業部門、一般部門ともにたくさんの“国宝候補”が展示されている。

ジャンルはファッションから建築、食品、乗り物、ガジェット、文化、技術など多岐にわたっているので、訪れた各人の趣味嗜好や仕事、歩んできた人生の道のりに応じて、必ず「むむ、これは」と思えるものが見つかるはずだ。

展示は2023年1月29日までおこなわれるそうなので、興味のある人はぜひ訪ていただきたい。

当日券は必要ないので、思い立ったらすぐに行ってみよう!

現代社会が生み出したモンスターも、 もしかしたら文化的価値があるのかも

さてさて。

冒頭でご紹介した、博物館の職員に対し「当日券を出せ!」と喚き散らすエセ紳士。

一歩も引き下がらないぞ、という強情な雰囲気を醸し出していたけど、果たして最後はどうなったのだろうか。

こうした理不尽な要求をするモンスターカスタマーが増加しているというが、それは日々刻々と変化する社会システムの微妙な歪みを反映した、現代文化の一側面だということもできるのではないだろうか。

東京国立博物館の特別展チケットは事前予約が必要ということは、博物館のホームページやSNSをフォローしていればすぐにたどり着ける情報だけど、ネットリテラシーの低い一部の人にとっては、寝耳に水のことともなりうるのだ。

1995年頃からはじまったIT革命によって社会は大きく変わり、今現在もまだWeb3.0が進行中で、新しい変化が次々と起こっている。

この変動についていかなければ社会からは取り残され、そのうち一部の人はモンスター化してしまうのだろう。

でもいずれ変動のスピードは(外見的には)落ち着くだろうし、そうしたモンスターを生み出さないような工夫を、社会全体でするようになるのかもしれない。

とすると150年後には、こんなモンスター紳士は、歴史の遺物となっているのかもしれない。

ならば今のうちに彼らを“人間国宝”に指定し、その言動をつぶさに記録しておいた方がいいのではなかろうか。

真面目に読んでくださっていた方には申し訳ないが、これが、本コラムのしょうもないオチである。

チャンチャン(注:昭和時代によく用いられた、話の終結を表す擬音語。150年後の“ワタシの無形文化財”候補)。

画像・文/佐藤誠二朗

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