半世紀を経てもまだ戻らない「本当の沖縄」 『沖縄50年の憂鬱 新検証・対米返還交渉』川原仁志著

半世紀を経てもまだ戻らない「本当の沖縄」 『沖縄50年の憂鬱 新検証・対米返還交渉』川原仁志著

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  • 更新日:2022/05/14
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1972年の沖縄日本復帰から5月15日で50年になる。今春始まったNHKの朝の連続テレビ小説でも舞台になるなど、今年は沖縄が注目される年である。復帰後も長い時間の中で、沖縄をめぐってはさまざまな出来事があった。若い世代にとって沖縄はリゾート地のイメージが強く、長らく米国の施政下にあったことを知らない人も多い。さらに、覇権主義的な大国に隣り合っている中で、日本の安全保障の面から沖縄は重要な地でありつづけている。

沖縄返還は、当時の佐藤栄作首相(左)とジョンソン大統領で知られざる交渉が行われていた(AP/アフロ)

復帰50年の節目のタイミングで刊行された本書『沖縄50年の憂鬱 新検証・対米返還交渉』(光文社新書)は、練達のジャーナリストが、近年相次いで解禁された日米の機密文書を詳細に調査し、実際は水面下で長い期間続いていた返還交渉を再検証した。

沖縄返還は佐藤栄作首相の在任中に実現するが、既に知られているように交渉は密使を派遣する手法も交えつつ、時間と手間をかけて息詰まるやりとりを進めた様子が本書に記される。膨大な文書を丁寧に読み込んで分析している。

沖縄に関する問いを舞台裏とともに答える

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『沖縄50年の憂鬱 新検証・対米返還交渉 』(光文社新書)

本書が興味深いのは、各章の項目ごとに「問いかけ」を行って、それに「答え」を出すスタイルを取っていることだ。いわば、「クエスチョン&アンサー」形式の問答の連続ともいえる手法である。

各章あわせて17のテーマについてこうした記述形式を取っていることで、論点が何であり、その答えはどこから導き出されるのかが示され、読者の理解を助けている。具体的には、なぜ佐藤栄作首相は早期の返還にこだわったのか、密使外交は有効だったのか、沖縄返還は日本をどう変えたのか――などのテーマである。これらの一つ一つに舞台裏があり、多くの関係者がどのように動いたのかが示される。

本書は佐藤栄作という政治家がなぜ沖縄返還を発議したのか、という点から説き起こされる。実は佐藤は沖縄返還を当初は看板政策にするつもりはなかったという。しかし、総理の座を狙っていた佐藤にとって、当時の池田勇人首相が内政に集中し、高度経済成長の恩恵で支持率が高い中、これに対抗していくには独自色を打ち出し、目先を変える必要があったと指摘する。そうした背景を踏まえてこう記す。

佐藤を沖縄返還という外交課題に仕向けた最大の要因は、沖縄への思い入れではなく、恩師の忠言と総裁選に向けてのしたたかな戦略だったと考えるのが妥当でしょう。

恩師とは吉田茂である。加えてもうひとつの要因があった。米国側の事情である。1964年に首相に就任していた佐藤だが、70年の日米安全保障条約の継続が、日本に基地を展開する米国にとっては重要だった。

当時のジョンソン政権にとっても安保条約が70年の期限をうまく乗り切れるかは極東の安全保障政策上、死活的に重要なテーマだったのです。それはすなわち、講和条約と旧安保条約に調印した吉田茂の系譜を継ぐ親米派の佐藤政権を守ることでもありました。つまり、日米双方にあった70年安保継続への危機感が沖縄返還の触媒になったのです。

当時の米国はベトナム戦争の泥沼の中にあり、内政が混乱していた事情もあった。さらに、当時の駐日米大使は、かのエドウイン・ライシャワー氏であった。大使自ら沖縄を訪れて返還の必要性を感じていたことや、訪日したロバート・ケネディ司法長官に沖縄返還を熱心に説得する様子が紹介されるが、いずれの場面も印象深い。

密使外交が諸刃の剣であった内幕

沖縄返還交渉のハイライトは、本書が紙幅を割いて注目している点からもわかるように、佐藤首相が「密使」を派遣して交渉を進める場面である。当時の日米交渉の背景と論点を著者は以下のようにわかりやすくまとめている。69年11月の日米首脳会談が迫る場面である。

「核抜き本土並み」を掲げる日本側は、「早期」返還と「核撤去」が最優先。米側は返還後の、「沖縄基地の自由使用」と「核の再持ち込み」を優先課題としていました。米側はひそかに核撤去方針を決めていましたが、それを最後まで明らかにしないことによって日本側から譲歩を引き出す戦略。基地の自由使用や核に関しては秘密合意を打診しますが、日本側はこれを拒否していました。

こうした状況の中で密使による交渉が本格化する。しかし当初は佐藤と密使である若泉敬氏の中での考え方が違っていたことが示される。若泉が当時のジョンソン大統領側近であるヘンリー・キッシンジャー氏と佐藤が直接交渉する「ホワイトハウスとのホットライン」を作るよう指南するにもかかわらず、佐藤はあまり乗り気でない様子であったことが見てとれる。だが交渉が進むにつれ、佐藤も若泉の意見に従ってゆく様子がわかる。

さらに交渉の中で沖縄返還にじわじわと日米間の貿易摩擦である繊維問題がからんでゆく様子も記される。通常の外交ルートとは異なるチャネルでの生々しい交渉の様子が描かれ、さまざまな「特別な取り決め」に向かっていく様子は興味深い。

なぜ佐藤はこうした密使外交にのめり込んでいったのか。著者はその理由の一つに、早期返還に後ろ向きだった外務省に不信感があったことをあげる。そして密使外交は、官僚には託しにくい政治的な要求をのませる成果を得られる一方、秘密であるがゆえに日本の安全保障の根幹に関わる問題に組織や人的資源を総動員できなかった「諸刃の剣」だったことも指摘する。

いまだ沖縄が抱えるシビアな現実

終章で著者は、沖縄返還が日本をどう変えたのかについて考察する。そこでは、影響の最たるものは「日米同盟」の深化であり、安全保障面での日本の役割分担だったと指摘する。有事の際は一般の国民にも直接の被害が及ぶ危険性が現段階で既にあるということであり、その意味で重大な安全保障政策の転換が行われていたことを認識すべきだと強調する。さらに近年の日米の軍事協力も、米政府が繰り返し日本に要請したことに応じる形で進んできたとも言及する。

こうした中で、今も沖縄に米軍の基地が集中し、地域の人々に多大な負担をかけていることを著者が深く懸念し、心情的に寄り添おうとする姿は印象的だ。

沖縄が独り安保の負担を背負うことの矛盾を本土の人々も分かっているのに、現状は容認する。沖縄の人々が問うているのは、この本土の人々の〝他人事〟の意識でしょう。それは日米両政府が半世紀の間に形成した、「本土での安保の不可視化」と「沖縄での安保の集中管理」の所産です。

著者はまえがきで、沖縄返還にまつわる「通説」を検証し、半世紀後の「答え合わせ」をすることが第一の目的、と書いた。本書の全体を通じて、細部にわたる丁寧な検証に脱帽するとともに、いまだ多くの問題を抱える沖縄のシビアな現実を本書であらためて広く知らしめる意義は大きい。そして最終章に記された、「『沖縄』そのものは半世紀を経ても、まだ戻ってきていないのかもしれません」という締めくくりの一言は、読む者に重く響く。

池田 瞬

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