「米と魚の国」バングラデシュの人々が暮らす、東十条の下町商店街『アルシ レストラン』のカレー

「米と魚の国」バングラデシュの人々が暮らす、東十条の下町商店街『アルシ レストラン』のカレー

  • さんたつ by 散歩の達人
  • 更新日:2022/01/15

【バングラデシュ(বাংলাদেশ)】インドとミャンマーに挟まれた国で、日本の半分ほどの面積に1億6000万人が暮らす。在日バングラデシュ人は約1万7000人で、東京都内に4595人、うち東十条のある北区に1002人が集住。バブル期に労働者として来た人やIT技術者、留学生が多い。

素材の味を活かす「米と魚の国」のカレーライス

ルイ。鯉(こい)の一種の淡水魚だ。それをカレーにするのがバングラデシュなんである。ガンジス川などいくつもの大河がデルタをなす国ならではだが、食べてみると川魚の臭みはなく、スパイスで打ち消されている。肉厚の白身が、さわやかに軽いスープカレーとよく合い、ご飯が進む。ナンやロティなどのパンではなく、バングラデシュではお米が主食。日本と同じように、カレーライス文化圏なのだ。
「アジアではいちばんきれいな料理かもしれないね」
と、『アルシ・レストラン』を営むアウラッド・フサインさん(41)は言う。味や香りだけでなく、彩りのためにもターメリックやコリアンダーなどを使って見た目にも手をかけること、それにハラル(イスラム教の戒律で食べることを許されたもの)なので「清浄」といった意味もあるようだ。

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日本にやってきた2002年ごろから東十条に住んでいるというアウラッドさん。

「これもちょっとずつ、カレーやご飯に混ぜて食べる」
と、添えられたボッタを示す。マッシュした具材をマスタードオイルや唐辛子と和えたもので、これは家庭料理だ。ナスや卵などさまざまなボッタがあるが、この日はジャガイモと、それに干した魚をつぶしたもの。お母ちゃんの手づくり総菜といった感じだが、とくに干し魚のほうはどこか佃煮(つくだに)のような、日本人の味覚にも合う飯のアテだ。どれも優しい味わいなのだ。南アジアの料理というとオイリーか辛いか甘いか、いずれにせよ濃厚なタイプを想像するかもしれないが、バングラデシュはちょっと違う。
「インドと違って、スパイスもそんなに入れない。クミンやシナモン、カルダモン、コリアンダーをよく使うけど、味というより香りのため。辛い料理もあるけど、激辛はないね」
素材の味を活かす料理ということだろうか。

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魚定食(右下から時計回りに、鯉カレー、ボッタ、ダル、ライス、ミルクティー) 700円。後述のブナ・キチュリMサイズ 700円ほか、一品メニュー300円~。日本語メニューあり。

この鯉のカレーとボッタ、それに豆スープのダルにミルクティーがついたローカル定食が人気で、アウラッドさんの人柄もあってか近所に住むバングラデシュ人たちがよく顔を出す。かと思えばウーバーイーツの配達員もばんばんやってくるし、鯉を食べにくる日本人もいる。ここ東十条に店を構えて4年目、コロナ禍でテイクアウトだけにした時期も長かったが、地元の商店街にすっかり溶け込んでいるようだ。

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『アルシ レストラン(আরশি রেস্টুরেন্)』。

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バングラ現地のテレビ放映もアリ。

一軒のハラルショップからリトル・ダッカは始まった

「レストランとか食材店とか、今10軒以上あるんじゃないかな」
バングラデシュ人が経営する店が、東十条周辺にどんどん増えているのだという。駅前には2年ほど前に、モスク『マディナ・マスジド東京』もできた。そのまわりにいくつかあるケバブ屋やインドカレー屋も、実はバングラデシュ人の店だ。

お隣の十条駅のまわりもやはりバングラデシュのレストランや食材店が多い。もはや「リトル・ダッカ」と呼んでもいい勢いだが、
「もともとはね、30年くらい前、東十条の駅前にハラルショップができたことがきっかけだと思うんだよね」
と、アウラッドさんはそのルーツを語る。当時の日本ではまだ、ハラル食材を売る店は珍しかった。だから少しずつ、東十条界隈にイスラム教徒が集まってくるようになる。それもバングラデシュ人だ。というのも、ハラルショップを開いたのは彼のお兄さんなのだとか。もともとはゴールドの売買を手がけていたが、ハラル業界に転身したのだという。そんな兄を頼って、またハラル食材を求めて、東十条や十条には新顔のバングラデシュ人が増えていく。

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東十条の駅前にはモスクも。 礼拝のある金曜の昼はにぎわう。

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古き良き商店街に、バングラデシュのレストランや食材店も混じり合う東十条。

アウラッドさん自身も、兄の手を借りて2002年に来日した。
「留学生だったんだけど、学校に出す書類とか、ぜんぶお兄さんが用意してくれて」
だから日本ではまず東十条にやってきて、兄の家に転がり込んだ。日本語学校と専門学校、合わせて6年ほど学んだ後に就職。さまざまなレストランで働いた。
「焼き肉屋で店長をやったこともあるんですよ」
こうして日本の飲食業界で経験を積んだのちに独立・起業して、日本暮らしの「原点」でもある東十条で店を開いたというわけだ。
「日本に来てからずっとここだよ。東十条、十条、神谷……どこも便利だし、住みやすい街だよね」
このあたりに広がる商店街は、雑多な店が入り混じり、たくさんの人が行きかい、庶民的な活気が楽しい。そこにはどこか、アジアの空気を感じる。
リトル・ダッカの住民も、そのにぎやかさに惹(ひ)かれているのだろうと思う。

ここに来ればふるさとの味がある

街にバングラデシュ人が集まるきっかけとなったハラルショップは十条のほうに移転したが、同郷の親戚やら先輩を頼りに東十条にやってくる人々はますます多くなっている。とくに留学生だ。『アルシ・レストラン』でアルバイトをしているハサン・フクルルさん(24)もそのひとり。アウラッドさんと同じバングラデシュ東部のクミッラ出身だ。

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アルバイトの留学生ハサンさん(左)も店を支える。

「高校を出て、すぐ日本に来たんです。もう5年になります」
住むのも働くのも、この東十条だ。やっぱり同じバングラデシュ人がたくさん暮らす街は落ち着くのだという。
「そろそろ卒業なので、就職活動をしています。学校ではずっとITを勉強していたので、どこかその関連の会社に入れるといいんですが」

ちなみに彼のおすすめ料理はブナ・キチュリで、レンズ豆やムング豆など5種類ほどの豆を使ったバングラデシュ風の炊き込みご飯だ。ターメリックが香り、これまた優しい味つけで日本人にも食べやすい。

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豆ごはんのブナ・キチュリはチリパウダーがアクセント。

そんな故郷の味を求める人々が、『アルシ・レストラン』には今日も集まってくる。

『アルシ レストラン』店舗詳細

アルシ レストラン
住所:東京都北区神谷1-31-6 根本ビル1F/営業時間:10:30~23:00/定休日:無/アクセス:JR京浜東北線東十条駅から徒歩5分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2022年1月号より

室橋裕和
ライター
1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)。

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