
関西などでの番組収録、地方公演や旅番組のロケ撮影などで東京以外の地域に行くときは、なるべく前乗りか延泊のスケジュールを取って、酒場を訪れることにしている。その土地土地の美味い物や地酒、地元の人たちの観察、あわよくば交流などを目論んでのことだが、毎度そうしておいて本当に良かったと思う。
■酒場を探すときに使う「禿げ白髪の法則」
インターネットなどで店を見つけることもあるが、一番頼りになるのは自分の「勘」である。悪天候でなければ、しばらくその店の前で中から漏れてくる喧騒を聞いたり、時折、客や店の人が出入りをする時に開く入り口から中の様子を観察するのが慣例になっている。
私が採用している方式は、「禿げ白髪の法則」という、すこぶる単純なものだ。たまに開く戸の隙間からすかさず中を見て、客の中に禿げたおじさん、白髪のおじさんたちが機嫌よく飲んでいる様子が見えれば、安心して入店するのだ。なぜ禿げと白髪なのかは説明はいらないだろう。ともに年齢層の高い人たちという意味だ。だから、若白髪や若禿はこれに含まれないが、チラリと覗き見て観察するには難易度が高くなるけれど、それほどシリアスな問題でもないので捨て置こう。
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■ハズレの確率を減らす
大体、おっさんというものは我慢ができない。わがままになっている人が多い。仕事をしていても、周りに気を遣わせ、なんでも優先順位を上げてもらい、甘やかされていることが多いのだ。だから、居心地や、店員の受け答え次第ではすぐに怒ることになる。彼らが機嫌よく飲んでいるということは、応対がまともで居心地も快適な空間なのだろう。
重ねて、彼らは舌が肥えている。味覚に関しては、人生経験の中でそれなりにいろんなものを食べてきているので、ある水準を超えていなければその店に通うことは少ないだろう。酒の経験値も、若い人よりは積み重ねが多いだろうし、美味い飲み方も知っている。
いや、そうはいっても個人差は大きい。飲食に関しては、頓着せずに無駄に歳を重ねた人もいるだろう。私の方式は、あくまでハズレの確率を減らすということに過ぎないので、「こうすれば大丈夫」というものではない。あくまでも総合的な判断なのだけれども、そのきっかけとして禿げ白髪を使うということに過ぎない。
■「いい蕎麦屋」に置かれていないもの

若い頃から、蕎麦屋で飲むのが好きだった。生意気だった頃は、いい蕎麦屋を見分けるコツとして「出前の自転車やバイクが置かれていない店」という、薄弱な根拠の決まりを課していたこともあったが、今ではそんなことはどうでもよくなった。いわゆる「蕎麦前」でつまみを注文してその店推奨の日本酒をいただく。たまには趣向で蕎麦焼酎の蕎麦湯わりをいただいて蕎麦屋で飲んでいるのだという実感を欲しがる貧乏性を発揮することもあるが。
しゃもじに乗せた蕎麦味噌を炙っていただいたり、蕎麦屋独特のいい出汁を使った出汁巻玉子を突いたり。辛味大根おろしが添えてあると、尻が3ミリ浮かびそうに感じる。はじかみや紅しょうがもいい。醤油の代わりに、蕎麦つゆや「かえし」をかけるのも嬉しい。
蕎麦屋のおつまみは、天ぷらやおかめ、きつね、たぬき、玉子とじ、鴨なんば、にしん蕎麦などに使われる食材を組み合わせるものが多いので、辛味大根おろし、鴨焼き、出汁巻玉子などに、こちらもざるそばに使われる海苔や山葵が添えられることもある。たいていどこにでもあるメニューは「板わさ」だ。かまぼこと山葵がない蕎麦屋は相当にめずらしい。
■師匠きっかけで知った老舗の蕎麦店
大阪のお初天神の境内から東に抜ける細い路地を出ると、老舗の蕎麦店「瓢亭」がある。俳人の楠本憲吉さんや、人間国宝だった落語家の桂米朝師匠が通われた名店だ。蕎麦屋の、関西弁で言うところの「あて」で一番好きなのは、この店の「山芋の海苔巻き」だ。海苔でとろろと、さりげなくおろしわさびを海苔で巻いてあるシンプルな物で、それを御手しょうに醤油のように出される蕎麦つゆにつけて風味を楽しむ。海苔のパリッとした食感と、中のとろろの対比、香りが面白い。一皿に3つ乗っているのだが、おかわりをすることが多い。
この店、自力で探したわけではない。40年以上前に抽象画家の元永定正さん、津高和一さんと3人で訪れたのが最初だった。私は大学2年で、金魚の糞のようにお二人の巨匠について行って御相伴に与ったことをきっかけに通い続けている。その時、店内で飲み食いしている「禿げ白髪」の多さに驚いたのが、今の私の「癖」の原因である。そして、「蕎麦屋で飲んでもいい」と言うことを教えてくれた店でもある。もちろん、出前のバイクは置かれていない。
■著者プロフィール

Sirabeeでは、俳優、エッセイストの松尾貴史さんの連載コラム【松尾貴史「酒場のよもやま話 酔眼自在」】を公開しています。ワインなどのお酒に詳しい松尾さんが「酒場のあれこれ」について独自の視点で触れていく連載です。今回は松尾さんが店を選ぶ際のコツついて掲載しました。
(文/松尾貴史)