人工知能(AI)の時代には、意外と「こんな人」が生き残る

人工知能(AI)の時代には、意外と「こんな人」が生き残る

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/10/20
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世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』の著者として知られるウォルター・アイザックソン。そんな氏が、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの勧めで書き上げたのが『イノベーターズ』だ。コンピューターとインターネットが生まれてから、21世紀にデジタル革命が巻き起こるまで、その過程で先駆者、発明家、ハッカーたちがどう活躍したかを描き切った内容はまさに圧巻。その訳者であり、自身もパソコンの歴史とともに歩んできたという井口耕二氏がAI時代にこそ知っておきたい「デジタル革命の本質」に迫る――。

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最近、人工知能(AI)が大きく進歩している。将棋も囲碁も、プロ棋士を負かすほどのものが登場しているし、将棋界では、AIの指し手からプロが学ぶ形が広がっているという。ビジネスの世界でも活用されており、いろいろな事例がニュースで報じられることも増えている。

今後、AIがもっと進化すれば、たくさんの仕事がなくなるとまで言われるほどだ。

AIが大きく進歩した背景には、コンピュータの高性能化がある。いまのスマートフォンは、しばらく前のスーパーコンピュータを超えるほどの性能だったりするのだ。

最新パソコンが「富士通FM‐8」だった世代

1959年生まれの私はパソコン発展の歴史とともに歩いてきた世代、その高性能化を実感している世代だと言える。

最初に買ったパソコンは、富士通FM‐8。RAMがCPUに扱える限界の64キロバイトまでフル実装されているのが売りだったが、データを記憶しておく装置は内蔵されておらず、プログラムはカセットテープに記録したりしていた(オプションでフロッピードライブがあったが高くて買えなかった)。

いま、この文章を書いている仕事用デスクトップマシンは64ギガバイトもRAMを積んでいるし、データを記録しておくハードディスクを内蔵しているのも当たり前すぎて改めて言うほどのことでもない。

操作方法も、大きく変わった。最初はコマンドと呼ばれる文字列を打ち込む形だったなどと言うと、もう、年寄りの昔語りと言われかねない世界だ。

コンピュータとAIの進歩で、我々の暮らしは大きく変わったし、まだまだ大きく変わっていくはずだ。

いろいろと便利になるのは一消費者として歓迎なのだが、その結果、人間の仕事がなくなる、いろいろな仕事がAIに取って代わられると言われているのは、職業人として気になる点だ。

なにせ、米国の著名経済学者、タイラー・コーエンのように、今後、「インテリジェントなマシンと上手に協力して働けるか。コンピュータを補うスキルを自分は持っているのか、それとも、コンピュータだけに仕事をしてもらったほうがいいのか。それとも、自分は、コンピュータと競争しなければならない最悪の立場にいるのか」と考えなければならなくなっていくとまで言う人さえいるのだ。

コンピュータはいつだれが発明したのか

ところで、コンピュータは、いつ、だれが発明し、どう発展してきたのだろうか。ウォルター・アイザックソン著『イノベーターズ』では、その系譜が、たくさんの資料をもとにまとめられている。

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コンピュータの系譜をまとめる……これは意外に難しい問題だと思う。どういう特徴があれば「コンピュータ」と言えるのだろうか。

コンピュータという英単語の意味は、もともと、「計算するモノ」だ。そこから私が連想する一番古いものは「そろばん」である。次が、中学時代に父親からもらった計算尺。ちなみに、そろばんはいまも一部で使われているし教えられてもいるが、計算尺は、はるかに便利なコンピュータの発展により、過去の遺物になってしまった(計算練習して検定試験まで受けたのに……)。

いずれにせよ、このようなものまで含めて考えるのはさすがに無理があるだろう。本書も、プログラミング可能なマシンを基本としている。ただし、そのプログラムはいまのような形のソフトウェアにかぎるものではない。

100年前に「機械は思考できるか?」と考えた伯爵夫人

コンピュータの歴史は19世紀に、チャールズ・バベッジなる人物が作ろうとした機械式の解析機関からスタートする。そう、なんと「機械式」なのだ。歯車が回って数字が1、2、3と増えていく。それがAIにつながると言われても、にわかには信じがたい。

だが、その機械を見て、プログラミングもできそうだ、いや、計算以外にも応用できそうだと考えた人物がいたという。論理として表せるものであればなんでも取り扱える、物事を抽象化し、論理として取り扱えるようにすれば、それこそ、音楽のようなものでさえ扱える、と。

こうしたアイデアは、いま、ごく当たり前の現実として我々の身の回りにあふれているが、このアイデアが一応は形になったと言えるまで、100年以上もかかっている。時代を先取りするにもほどがあると言いたくなる話だ。

この人物、ラブレス伯爵夫人エイダは、「機械は思考できるか?」という問題にも言及している。彼女の回答は「解析機関がなにかを生み出せると言いたいわけではない。ただ、実行手順を人間が指示できることであればなんでも実行できるし、どんな解析命令にも従える。だが、解析にもとづく関係や真実を予測する能力は持っていない」だ。要するに、「機械は思考できない」である。

いまのAIについても、本当はなにかを考えているわけではなく入力に応答しているだけだ、いや、それを言ったら人間だって入力に応答しているだけなんじゃないのか、AIを見ていると実質的に考えているとしか思えないなど、いろいろな意見が表明されているが、そのような議論はエイダ・ラブレスから始まったと言ってもいいだろう。

太平洋戦争中の日本製「アナログ式コンピュータ」

ところで、バベッジの解析機関は機械式だが、いまのコンピュータと同じくデジタル式だった。では、コンピュータはずっとデジタル式ばかりだったのかといえばそうではなく、アナログ式のコンピュータが実用化された時代もある。MITのヴァネヴァー・ブッシュ博士が開発したアナログ式の微分解析機が、戦時中、砲弾の弾道計算などに用いられたのだ。

日本でも、太平洋戦争中に3台が製作されている。しかも、その1台は、2014年、動態復元され、その後、東京理科大学近代科学資料館で公開されている(週に2回、実際に動かしてくれる)。

昔の微分解析機を復元し、動作を体験できるのは世界でここだけとのこと。機会があれば、ぜひ、見に行っていただきたい。私も、この機械が公開されたとき家族で見に行ったが、機械的な動きで微分方程式が解けるというのは不思議な光景だった。

イノベーションとは「適者生存の世界」である

機械式コンピュータはプログラミングが難しく、用途が限られてしまう。だから、電子式の開発がいまのコンピュータにつながる直系の祖先だと言えるだろう。

この部分の開発については、すごくたくさんの人がそれぞれに考え、いろいろとトライしたことが紹介されている。新しい技術が登場するときというのは、似たようなことや似て非なることを、あちこちでたくさんの人が思いつき、そのなかでいいものが残っていく適者生存の世界らしい。

そういう意味では、生物の進化とよく似ている。

バベッジの解析機関もブッシュの微分解析機も「計算をする機械」すなわち「コンピュータ」だったが、電子式になってからは、ソフトウェアでさまざまな機能を実現できるようになり、応用範囲が大きく広がっていく。

とはいえ、最初は、やはり、計算が主な用途だった。いわゆる大型計算機である。大きいし高価だしで、個人が買えるようなものではなかった。

だから、企業や大学など、組織が買ってどこかに設置し、それをタイムシェアリングという方法でみんなが使う。私が大学生だった40年ほど前はまだこういう時代で、大学のコンピュータは「大型計算機」と呼ぶのが普通だった。

それが、いま、日本で、「電子計算機」という言い方より「コンピュータ」という言い方が好まれるのは、計算とは意識されない用途に使われることが増えたからだろう。ネットゲームを十分に楽しめるタイプのものはゲーミングPC、すなわち、ゲーム用パーソナルコンピュータと呼ばれるが、これをゲーム用電子計算機と呼んだら違和感がすさまじいことになると思う。

出張用ノートパソコンの定価は44万8000円!

コンピュータがここまで我々の生活に浸透したのは、小さく、安くなったからだ。学生時代、私が最初に買ったパソコンは、前述した富士通のFM‐8だ。1981年に発売されたマシンで、ハードディスクどころかフロッピーディスクさえない本体とモニターだけで40万円以上もした。大学入学の祝い金ではとても足らず、アルバイト代もかなりつぎ込んだことを覚えている。

持ち運んで講義のノートが取れるコンピュータが欲しいと当時から思っていたのだが、なんとかそのレベルに達したマシンを買ったのが、米国留学から帰国した翌年、1990年のこと。NECのPC-9801NS20というノートパソコンで、20 メガバイトのハードディスクを内蔵し、バッテリーで1〜2時間は使うことができた。

このマシンは、どこに行くときも持ち歩き、出張先や会議にも持ち込んで、会議が終わったときには報告書をほぼ書き上げているなど、ずいぶん活用した。当時、そんなことをする人はまずいなかったので、すごく珍しがられたし、会議中にかちゃかちゃなにをしているんだと上司に怒られたこともある。

ちなみに定価は44万8000円で、さすがに手が出なくて中古を購入した。それでも30万以上したと思う。いまなら、このマシンよりはるかに高性能だし、薄いし軽いしで持ち運びのしやすいノートパソコンが3万円前後で買えてしまう。

小さいマシンとしては、自分でいろいろ作ってみたいマニア向けだが、ラズベリーパイと呼ばれる名刺大のものさえいまはある(個人的にとても興味を引かれている製品である)。

商業主義か、オープンか?

高性能なコンピュータがこれほど小さく、安くなったことが、最近、AIが爆発的に発展している大きな要因だ。いまなら、ディープラーニングと呼ばれる最新のAI手法でさえパソコンレベルでも実現できるのだ。私は一ユーザーとしてこのような発展を体験してきたわけだが、それをだれがどのように実現してきたのかは、この本に詳しく紹介されている。

コンピュータ発達の歴史では、ソフトウェア開発における商業主義とオープンな考え方の綱引きも興味深い。

私自身、自作のソフトウェアを無償で公開しているので、オープンな考え方をする人たちの気持ちもよくわかる。一方で、そうとうな時間と労力をかけなければそういうソフトウェアが開発できない、だから、金銭的に相応の見返りがなければ本業にできないというのもよくわかる。

AIブームのいま、たどりたい歴史

コンピュータと人間はどういう関係であるべきなのか。これは、コンピュータが開発され、発展してくる過程でくり返し問題とされてきた点だ。道は大きくふたつ。ひとつは、コンピュータという道具とそれを使う人間が連携し、共生する道で、そのようなコンピュータは拡張知能と呼ばれたりする。もうひとつは、コンピュータが独り立ちする道、すなわち、人工知能(AI)の世界だ。

世の中の動きを見ると、いままでは拡張知能が中心となっていて、今後は人工知能が台頭する、そういう時期が来たと言われているように感じる。実際には拡張知能と言うべき使い方であるにもかかわらず、人工知能の研究から生まれたディープラーニング手法を使っているから人工知能だAIだと言われているだけのものも多いようだが。

このAI、大きな話題になったのは今回が初めてではなく、過去に何度も盛り上がった時期がある。最初は、「人工知能」という分野が生まれた1956年だろう。このとき20年くらいでブレークスルーが訪れて人工知能が人間を超えると言われたが、結局、10年がたち、20年がたっても、あと20年と言われ続ける事態となった。

その後も、何度か、AIブームが訪れ、そのたび、今度こそ本物だ、今度こそ人間を超える人工知能が生まれると言われた。

さてさて、今回のAIブームは本物で、最終的に人間の仕事を奪うほど発展・普及するのか、それとも、やはり、AIと人間は大きく違う、AIにやらせられるのはごく限られたことだけだねとなり、拡張知能的な使い方に落ちつくのか(これはこれですごいことだし、利便性も大きく高まるだろう)。本書で歴史をふり返ってみると、冷静に判断できるのではないだろうか。

井口 耕二 Koji Inokuchi 1959年福岡県生まれ。東京大学工学部卒業。米国オハイオ州立大学大学院修士課程修了。大手石油会社勤務を経て、1998年に技術・実務翻訳者として独立。翻訳活動のかたわら、プロ翻訳者の情報交換サイト「翻訳フォーラム」を友人と共同主宰する。主な訳書に『スティーブ・ジョブズ』Ⅰ・Ⅱ (講談社)、『PIXAR〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)、『スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン 人々を惹きつける18の法則』(日経BP社)、『アップルを創った怪物 もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝』(ダイヤモンド社)、『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』(東洋経済新報社)、『ブログ誕生 総表現社会を切り拓いてきた人々とメディア』(NTT出版)などが、著者に『実務翻訳を仕事にする』(宝島社)、共著に『できる翻訳者になるために プロフェッショナル4人が本気で教える翻訳のレッスン』(講談社)がある。

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