【二十歳のころ 近藤真彦(2)】長ラン&ボンタンで「金八先生」オーディションまさかの合格

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  • 更新日:2017/12/06

ジャニーズ事務所に入って2年がたった1979年。中学3年だった僕は、武田鉄矢さん主演のTBS系学園ドラマ「3年B組金八先生」の生徒オーディションに行かされたんだ。

会場に集まった学生はみんな、ブレザーやセーターなどオシャレな服を着ていた。僕はそのときが初めての本格的なオーディション。学校帰りで学生服だった。しかも、地元のツッパリの先輩に憧れていたから長ランにボンタン姿。

不良がかっこいいと思っていたので、面接でも「趣味は特にないっす。バイクとか、すごく好きっす」とぶっきらぼうでね。隣の子は「趣味は音楽鑑賞にダンスです」とアピールしているのに、気の利いたことは何も言えなかった。でも、逆にそれがよかった。

僕は落ちたと思ったけれど、1週間後、合格通知が届いて、家族みんなでびっくりした。「3年B組」には真面目な生徒ばかりじゃなく、やんちゃな子も必要だった。だから受かった。ラッキーだったよ。

同じジャニーズ事務所からは、のちに一緒に「たのきんトリオ」と呼ばれるトシちゃん(田原俊彦)とヨッちゃん(野村義男)も受かっていた。後日、顔合わせがあって、杉田かおるさんや鶴見辰吾さんもいて、隣に座ったのが三原じゅん子さん。

座った途端に、い〜匂い。中学3年で香水をつけている。化粧もしていてピンクのカーディガンを着て、ずば抜けて色気があった。本当に中学3年生なのかなと衝撃的だったよ。

僕が演じた「星野清」は、最初は重要な役ではなかった。それが徐々に人気が出てきて、第7話では主人公に。「金八先生」に出演すると同時に電車の中で視線を感じ始め、7話が放送されたとたん、地元の駅にたくさんの人が僕目当てに集まるようになっちゃった。

「金八先生」が終わるころ、地元の中学の卒業式に出席したんだけど、学校のまわりに張り巡らせた金網が、近くの中学や高校から集まった女の子で全部埋まっちゃった。式が終わったら、僕だけ学校の裏の栗畑から出ていったのを覚えているよ。

「金八先生」が終わって9カ月後の80年12月に「スニーカーぶる〜す」で歌手デビューしてからは、一気に忙しくなった。音楽番組に映画やドラマ。睡眠時間は2、3時間で、休みなんてほとんどなかった。

メーク時間が30分あったら、25分は寝て残り5分でしていた。昼食休みが1時間あったら目いっぱい寝て、「始まりまーす」と声がかかった瞬間、数分で食事をかきこんでいた。そんな生活が数年続いた。

忙し過ぎてストレスがたまり、二十歳を過ぎたころからは毎日のように飲み歩いていたね。高校時代の友人が仲間で、徹夜も何度かあった。「明日は明日の俺が頑張ればいいんだ!!」と騒いで、帰宅して玄関で寝て、翌日迎えに来たマネジャーに起こされることなんて、しょっちゅう。

そんなころ、今でも大切にしている、ある教訓をメリーさん(ジャニーズ事務所の藤島メリー泰子副社長)から学んだんだ。 (あすに続く)

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