信楽列車事故31年で追悼法要、遺族参加は1人 風化や教訓の継承が課題に

信楽列車事故31年で追悼法要、遺族参加は1人 風化や教訓の継承が課題に

  • 京都新聞
  • 更新日:2022/05/14
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信楽高原鉄道の列車が走る傍ら、現場近くの慰霊碑前で営まれた犠牲者追悼法要(14日午前10時38分、滋賀県甲賀市信楽町黄瀬)=代表撮影

42人が亡くなった信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車の正面衝突事故から31年となった14日、犠牲者の追悼法要が甲賀市信楽町黄瀬の慰霊碑前で営まれた。新型コロナウイルス禍もあって遺族の参加は今年も1人にとどまり、SKRやJR西に当時を知る社員が少なくなる中、記憶の風化や教訓の継承が課題となっている。

法要は午前10時半から始まった。遺族男性や両社社長と役員、鉄道安全推進会議(TASK)の共同代表を務めた下村誠治さん(63)、尼崎JR脱線事故で長女を亡くした藤崎光子さん(82)が参列した。黙とうの後、両社社長が献花し、追悼文を慰霊碑にささげ、犠牲者の冥福を祈り再発防止を誓った。事故のあった時刻に近い午前10時38分、警笛を鳴らしてSKRの列車が走り過ぎた。

コロナ禍で鉄道経営は厳しさを増すが、法要後の取材で、JR西の長谷川一明社長は「安全最優先の姿勢は鉄道事業者にとって最も大事だ」と今まで以上に安全管理に注力する姿勢を示した。既に事故当時を知る社員のいないSKRの正木仙治郎社長は「事故を教訓にあの惨事を二度と起こさないことが犠牲者へのせめてものおわびだと思う」として社員研修などに今後も力を入れる意向を語った。

事故は1991年5月14日午前10時35分、SKRの普通列車とSKR線に乗り入れたJR西の臨時列車が正面衝突して発生。42人が死亡、614人が負傷した。

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