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エンターテインメントの持つ力
10月2日から放送が開始された109作目の朝ドラ『ブギウギ』。大阪編から東京に移り、スズ子の恋や移籍騒動など、目まぐるしく物語が展開する。物語の「今」は1939年。不穏な時代にスズ子はどう生きて行くのか――。大物歌手・茨田りつ子のモデル淡谷のり子さんに取材経験もある筆者・高堀冬彦氏が、登場人物や今後の展開について綴る
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連続テレビ小説『ブギウギ』の放送開始から約1ヵ月半が過ぎた。
作風は悲喜こもごもの人生賛歌。朝ドラの定番だが、歌を始めとするエンターテインメントに軸足を置いているところに特別性がある。
テーマの1つも「歌を始めとするエンターテインメントの持つ力」にほかならない。趣里(33)が演じている主人公・福来スズ子のモデル・笠置シヅ子さんは、戦後に「東京ブギウギ」(1947年)などを歌い、敗戦ムード一色だった世の雰囲気を一変させた。歌の力だった。
この史実は文献によって知られているものの、それを映像でどう再現するのか。
「世の雰囲気」はカメラに映らないから、表すのが難しい。物語上の現在は戦前の1939年春。少し先だが、今から興味を掻き立てられる。
視聴者の心も掴んだ劇中の歌唱シーン
現時点までの最大の見せ場も歌だった。スズ子が11月10日放送の第30話で和製ジャズ「ラッパと娘」を披露したシーンである。スズ子は大阪の梅丸少女歌劇団(USK)から東京の梅丸楽劇団(UGD)に移っていた。
劇中、スズ子の歌に会場の日帝劇場(モデルは帝国劇場と日本劇場)は沸きに沸いた。視聴者の心も掴んだようで、個人全体視聴率は番組最高の9・5%(世帯視聴率16・3%)を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
珍しいことだった。ヒット曲でもない限り、劇中の歌唱シーンはウケないというのがドラマ界の定説なのだ。しかもスズ子による「ラッパと娘」は長く、15分の放送のうち3分以上あった。
この楽曲の作詞・作曲は物語内では羽鳥善一(草なぎ剛)が行ったことになっているのは知られている通り。その羽鳥のモデルである服部良一さんによる原曲の良さもあるが、趣里による歌と踊りが出色だったから、観る側は目が離せなくなったのだろう。
このシーンの前もスズ子は自分自身の傷心や悲しみを歌うことで乗り越えてきた。実母だと信じて疑わなかった花田ツヤ(水川あさみ)と血縁がないと分かったことや、USKの先輩・大和礼子(蒼井優)の死である。どちらも衝撃的だったが、スズ子は堪えられた。これも歌の力だった。
コメディエンヌとしての資質
スズ子を演じている趣里は幼いころから長くクラシックバレエをやっていたので、もとから踊りには定評があった。半面、歌は未経験。ここまで上達するまでには相当の努力があったはずだ。

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両親から才能を受け継いでいるということもあるだろう。母は元キャンデイーズのメインボーカル・伊藤蘭(68)。大みそかには『NHK紅白歌合戦』にソロシンガーとして初出場する。父の水谷豊(71)は俳優のイメージが強いが、松本隆氏(74)が作詞し、井上陽水(75)が作曲した「はーばーらいと」(1977年)などをヒットさせている。今さらながら、趣里はスズ子役にうってつけだった。
女優としての趣里には伊藤より勝るのではないかと思わせる一面すらある。コメディエンヌとしての資質だ。
たとえば32回。スズ子がUGDの演出家・松永大星(新納慎也)から日宝行きを誘われた際、プロポーズと早とちりしたシーンだ。梅丸は松竹で、日宝は東宝をそれぞれモデルにしている。相容れようがないライバルである。
「僕と一緒に日宝に行かないか」(松永)、「はい、喜んで! エッ?」
セリフの言いまわし、表情、間の取り方が絶妙だった。笑えた。泣かせる演技は悲しげな表情で苦労話をすれば何とかなるが、笑わせる演技は難しい。趣里にはそれが出来る。
33回。日宝への移籍を阻止しようとするUGDの制作部長・辛島一平(安井順平)から逃げたシーンもクスリとさせられた。秋山美月(伊原六花)と暮らす2階の自室から隣家にヒョイと飛び移った。動物的のような身のこなしだった。あとを追った辛島は地上に転落するというのがオチ。松竹と同根の松竹新喜劇のにおいを感じさせる一幕だった。
東京編になって俄然流れが良くなり、視聴率も上昇
スズ子がUSKからUGDに移り、大阪編から東京編になったのは11月2日放送の26回から。以来、俄然流れが良くなり、視聴率も上昇した。
登場人物が絞られたからだろう。大阪編はスズ子の少女時代(澤井梨丘)を2週使って描いた後、3週にわたってUSK劇団員によるストライキやスズ子の出生の秘密、大和礼子の死が映し出された。構成上、そうする必要があったのだろうが、密度がかなり濃かった。
その分、登場人物も多かった。まず父・花田梅吉(柳葉敏郎)と母・ツヤ、3歳年下の弟・六郎(黒崎煌代)。両親が営む「はな湯」に関係する人たち。幼なじみのタイ子(藤間爽子)。UGDの大和礼子や橘アオイ(翼和希)、秋山美月、リリー白川(清水くるみ)ら。さらに香川に住むスズ子の実母・西野キヌ(中越典子)と実の祖父・治郎丸和一(石倉三郎)と賑やかだった。
一方、東京編の登場人物は歌を始めとするエンタメの関係者が大半。ほかには下宿先の女将・小村チズ(ふせえり)やその夫の吾郎(隈本晃俊)、おでん屋を営む頑固おやじ・伝蔵(坂田聡)くらいだから、制作陣は物語を進めやすいだろう。
今後しばらくは息詰まる展開になりそう。まず母のツヤの体調が気になる。万が一のことがあったら、血のつながりがないぶん、スズ子の悲しみは深いはずだ。ツヤは自分に対し、実子の六郎と分け隔てのない愛を注いでくれたからだ。
スズ子は自分が実子でないことを知っているが、それをツヤに伝えていない。知らないふりをしたままにするのがツヤのためと考えるのか、それとも母娘間の秘密を解消したほうがいいのか。スズ子にとっては悩ましいはずだ。
六郎の辿る命運からも目が離せない
六郎の辿る命運からも目が離せない。六郎は気の良い青年であるものの、いかんせん鈍い。徴兵検査で甲種合格したことをスズ子に大喜びで報告してきた。32回である。健康で最も兵役に適していると認定されたわけで、すぐに召集されてしまう可能性が高い。
スズ子とはやはり血縁がないが、それでも「ねえやん」と慕い続けてくれた。スズ子は六郎がかわいくてたまらないだろう。召集されたら、気が気でなくなるに違いない。
趣里以外の出演者で目立つのは、まず草なぎ。高倉健さんが認めた俳優として知られるが、やっぱり、ただ者ではない。東京編が始まった26話から本格的に登場したが、しばらくは小さく抑えた演技をしていた。
ところが、スズ子に日宝への移籍話があると知った32回では「僕は今、福来君がいなくなったら、困るんだ!」と感情を爆発させた。突如、理由なくピアノまで弾いた。まるで急に別人格になったようだった。

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しかし、奇異には映らなかった。草なぎの演技が自然だったからである。
歌を始めとするエンタメの力や役割
淡谷のり子さんをモデルにした大物歌手・茨田りつ子に扮している菊地凛子(42)も卓越した演技力を見せている。モデルとなる人物がいる場合、通常は話し方やメイクを真似るが、菊地は淡谷さんが持っていた貫禄やカリスマ性の再現しようとしている。だから表情や体をあまり動かさない。
筆者は1986年、当時79歳の淡谷さんを取材したが、威厳に圧倒された。東洋音楽学校(現・東京音楽大学)の声楽科を首席で卒業し、戦前戦後と大スターであり続けた自信からだろう。菊地は淡谷さんが漂わせていた空気をつくろうとしている。
『ブギウギ』の制作が動き始めたのは2021年。コロナ禍の出口が見えず、大型フェスを含む多くのライブが相次いで中止や延期になっていたころだ。おそらく制作陣はエンタメが禁じられた戦時下と自粛下のコロナ禍を重ね合わせ、この朝ドラを企画したのだろう。どちらの時代も歌を始めとするエンタメの力や役割が問われていた。
物語上の現在は1939年春。同9月には大戦が始まる。笠置さんは敵性音楽ということでジャズが歌えなくなり、軍需工場などを慰問でまわる楽団の結成を余儀なくされた。スズ子も同じ道を辿るはずだ。
今後は自由に歌えないスズ子と茨田らの苦悩、好きな歌が聴けない大衆の嘆きが描かれる。悲喜こもごもは朝ドラの定番かつ王道だ。
高堀冬彦