別れる直前、最後にお兄ちゃんが「よかったね」...その意味とは

別れる直前、最後にお兄ちゃんが「よかったね」...その意味とは

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2022/06/27
No image

【前回の記事を読む】父に連れ去られた見知らぬ部屋で…「お母さん、早く帰りたい」

すずさんへの余命宣告

びっくりするほど外は寒くて涙はすぐに止まったけど代わりにいっぱい鼻水が出た。

ゆっくりと地面に降ろされて手をつないで歩き始める。遠くからクリスマスの歌が聞こえてくる。僕の好きな「あわてんぼうのサンタクロース」だ。

「今日はクリスマスだね」

お兄ちゃんが優しい声で教えてくれる。

「サンタさんくる?」

「どうかな。何が欲しい?」

「おかあさんにあいたい」

「……それは無理かな。君とお姉ちゃんはね……」

お兄ちゃんが僕の手を離してしゃがみ込んで悲しそうな顔で僕を見る。続きを言おうとしたその時僕の身体が浮き上がった。

「洋ちゃん」

冷たい手とあったかい匂いが僕を包み込む。すぐに誰か分かった。

「おかーさん」

何回も何回も謝りながら力強く僕を抱きしめてくれる。僕も何回も何回も謝りながらお母さんを抱きしめた。ジーパンおじさんがお兄ちゃんと話している。その近くにはおじさんの工場で働いている怖そうなお兄さんが腕組みをして立っている。

「おい、行くぞ」

とジーパンおじさんが怖い声でお母さんに言って僕は近くに停めてあった車に乗せられた。

そこからは大人になってから聞いた話。

僕らが連れ出された後すぐに邦夫おじさんが部屋に来て異変を感じた。翌日には父を職場から尾行してマンションの場所を割り出してくれた。しおちゃんのこともありずずさんが来るのには少し時間はかかったがその間もマンションの前で工場の社員達と代わる代わる見張っていてくれた。マンションに乗り込んだずずさん達は珠ちゃんを連れ出した。

父は別段反抗することもなく引き渡したという。根拠なんてないが恐らくなんの感情もなかったのだろう。ずずさんが去り際に離婚届を突き出しても事務的に捺印したらしい。

後部座席から振り返り三日間過ごしたマンションが遠くなっていくのを覚えている。とても怖かった時間だったけどお兄ちゃんが最後に「良かったね」と言ってくれたのが嬉しかった。

父方の親族からの話では父は僕ら二人を施設に入れるつもりだったらしい。お兄ちゃんがあの時言おうとしたことはこのことだったのだろう。ずずさんが迎えに来るのが少し遅かったらと考えると今でもちょっとゾッとする。

それからすぐに部屋を片付けてしおちゃんを含めた四人で一宮市のずずさんの実家に引っ越すこととなった。日にちは十二月二八日の夜七時。ずずさんにとっては二〇歳から八年間の結婚生活を、僕にとっては四年と数週間を過ごしたたくさんの思い出がつまった生家から離れることとなった。

それは半ば夜逃げをするかのように。誰とも別れの挨拶をすることもなく。

現段階での唯一の治療法がずずさんにとってはとてもリスクが高いこと、しない場合の命の猶予を告げられた翌日に僕とずずさんが最初にしたことは他の医者に行くことや生きるための手段を模索することでもなくお墓についてだった。

それは以前から言っていたずずさんの願いを叶えるため。僕にとっては姉と妹。ずずさんにとっては二人の娘と天国で一緒に過ごせるように。

「うーん、うちとしてはお墓を移すのには問題もないのですがどうしてもお兄様の許可が必要ですね。できますか?」

数年前に代替わりをした評判の良い大柄な若住職が困った顔で微笑む。長い付き合いでうちの事情を知っているので話が早い。住職のご自宅の和室に通された僕とずずさんも出されたお茶くらい渋い苦笑いを浮かべる。

「連絡は僕がします」

「では永代供養も含めてもう一度お考えください」

若住職が丁寧に頭を下げて僕らを玄関まで見送ってくださった。先代から引き継いだ後に始まった本堂の大規模な工事を横目に二人で敷地内にあるお墓まで歩く。墓前に水を注ぎ手を合わせる。墓石に刻まれた先祖達の名前。

後ろから追っていくと祖父母の前に二人の童女の名前が並ぶ。次女のさっちゃんと三女のしおちゃんだ。僕より二歳上のさっちゃんは生後一〇ヶ月で天国に行ってしまったので僕は会ったことがない。

雪のように真っ白な肌でとても美人だったと誰もが言う。遺影を見ても美人なのがよく分かる。

二人は今ずずさんの実家のお墓の中で眠っている。ただ、ずずさんの希望として死後は新しいお墓もしくは永代供養で幼く別れた二人の娘と三人で一緒に過ごしたいと常々言っていた。それに一度嫁いだ身としてはご先祖も眠るお墓に入るのは気がひけるらしい。

「健兄の番号知ってるの?」

「まぁ、連絡はとれる」

長い合掌を終え痛みを堪えながら立ち上がったずずさんが不安そうに聞いてくる。僕は不安の要因であるこの墓の現責任者である伯父の面長な顔を思い浮かべる。

健兄はずずさんの二人いる兄のうちの次男。実家を出てから一〇年以上大阪にいたからか、話が面白く日本中を駆け回るやり手の営業マンだったためか服やおもちゃを会う度に用意してくれたことから子供の頃はビリケンさんと呼んでいた。本来、長男である邦夫おじさんが継ぐはずだったのだが随分前から音信不通になっている。

最後に会ったのは確か……祖母の葬式だったろうか。その時も一〇年以上ぶりに会ったのだが随分とやつれた姿に驚いた覚えがある。それから更に一〇年か。もはや街ですれ違っても気付けるか自信がない。

そして健兄とも祖父の死後、よく聞く金銭トラブルから絶縁状態となった。お互いそれぞれの守るべきものを守るために道を違えたとは言え二人にはとても感謝している。

もちろん邦夫おじさんは僕と珠ちゃんを父から救ってくれたこと。そして、健兄は文字通り兄的な存在として出張の途中で実家に立ち寄ってはテレビゲーム、マジック、トランプなど色んな遊びを教えてくれた。それに大人の世界をユーモアたっぷりに話してくれた。だから健兄が来る日はいつもワクワクが止まらなかった。

それに冬になると泊まりがけでスキーにも連れて行ってくれた。綺麗なシュプールを描いて颯爽と滑っていく健兄はとても格好良かった。

僕が四歳になってすぐに始まった一宮市での暮らし。年明けからずずさんは膨大な手続きのためにお役所めぐりをして珠ちゃんは新しい小学校、僕は幼稚園に通い出した。厳格な祖父と物静かな祖母との暮らし、それから新しい名字に慣れるのに最初は戸惑ったが春先になると少しずつお調子者の洋ちゃんが戻ってきた。

大宮 雫

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加