「私はこうして認知症からよみがえった」カギは筋トレと音楽療法

「私はこうして認知症からよみがえった」カギは筋トレと音楽療法

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/09/16

一度なったら二度と元の状態には戻れない。それが認知症の厳しい現実だ。だが最新研究によれば、グレーゾーンの時期なら戻れる可能性があるという。戻れた人は何をしたのか。公務員、主婦、職人……甦った人々が明かした、驚くべき体験エピソードを取材するとともに、認知症専門の医師たちが「復治」のためのアドバイスをする。(全2回の1回目/後編を読む)

74歳の柴崎幸太郎氏(仮名)は、地方公務員として定年まで働いた。最初に自分で異変に気がついたのは、いまから8年前、2012年の7月頃だったという。

「当時、母親を在宅介護していたので、自分で料理をしていました。長年やってきたので手馴れたものでした。ところがある時、野菜を切っている間に鍋を焦がしてしまった。しかも焦げた匂いにまるで気がつかなかった。これが最初でした。

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©iStock.com

そのうちに、色々なことが思い出せなくなってしまいました。その日にやろうと思っていたことを忘れるのでメモを書くようにしましたが、そのメモの存在自体も忘れてしまう。ついには自分の誕生日がわからなくなったのです。もうたまらなく不安になりました」

それだけではない。なんと会話にも支障をきたすようになった。言葉が出てこなくなったのだ。

「たまに人と会って話をすると、言葉が出て来ないのです。何かを質問されても、答えているうちに質問内容を忘れてしまい、さらにどこまで話したかもわからないのです」(柴崎氏)

当然、家族も周囲もおかしいと感じ始めた。さらに洗面所で、こんなことがあったという。

「いつも行くトイレの手洗い場は、蛇口の下に手を出せば自動的に水が出てくるタイプでした。ところが、別の場所の洗面所は自分で蛇口を捻るタイプ。でもそのことがわからず、ずっと手を差し出したままでいたのです」(同前)

早朝5時に家を出て…

半年後の2013年1月、いてもたってもいられなくなり物忘れ外来を受診。MMSE(認知機能診断テスト)が30点満点中25点という結果だった。23点以下が認知症と診断されるので、まさに一歩手前だ。

周囲の勧めもあり、筑波大学附属病院の認知力アップデイケアに通い始めた。ここでは運動、体操教室や音楽療法、絵画療法、回想法、脳を使いながら運動する「頭(あたま)トレーニング」など、さまざまなプログラムに取り組む。週に2回開催され、毎回30人程度が参加している。

「最初は参加するのが辛かった。周りに気軽に話しかけることが出来る人はいいですが、私はそういうタイプではありません。でも自分よりも若い、若年性認知症の人が必死に取り組んでいるのを見たら、やる気が出てきました。

最初は家内と一緒につくばまで通いましたが、その後は訓練も兼ねて一人で通うようにしました。券売機の前で切符の買い方がわからなくなったり、乗る方向を何度も間違えたりしました。自宅から筑波大学病院は通常なら一時間半で着く距離です。でも時間がかかるので、デイケアは午前10時に始まりますが、早朝5時過ぎには家を出るようにしていました」(同前)

そんな柴崎氏が、一番効果を実感したのが筋力トレーニングだという。

「脚あげ、スクワットといった筋トレを、意識を集中しながら続けました。すると2、3カ月でそれまではあまり感じなかった筋肉の痛みを、はっきりと感じるようになったのです。まさに感覚神経が繫がったという、素晴らしい感覚の回復でした」(同前)

認知症対策の筋トレとして注目されているのが本山式筋トレだ。その開発者である、総合能力研究所所長の本山輝幸氏はこう話す。

「これまでの指導経験から、軽度認知障害(MCI)や認知症の人は感覚神経が鈍くなっていることがわかってきました。その感覚神経を取り戻す筋トレが非常に有効です。多くのMCIの方を見てきましたが、中には驚くほど改善される方もいます」

現在、柴崎氏は半年に一度のMMSEは30点満点をキープしているという。

「介護していた母は亡くなりましたが、いまでもあえて毎日料理しています。まず献立を考え、冷蔵庫の中に何が残っているかを確認する。その上で足りないものをメモして買い物へ行きます。一番ひどい時は、いつも行くスーパーでも、どこに何が売っているのかわからない。もう混乱するばかりでした。ここまで出来るようになったのは、デイケアに通い始めてから1年くらいたってからでした」(柴崎氏)

早く死にたいと思っていた

「認知症の前段階とされるMCIになっても、約半数は正常状態に戻ることができた」

国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)が最近、このような研究結果をまとめている。この研究は2011年、大府市内に住む65歳以上の高齢者を対象に始められた。

認知症になっていない約4200人のうち18%(約740人)がMCIと判断されたが、4年間追跡調査したところ、そのうちの46%(約340人)は「正常に戻れていた」というのだ。逆に14%(約100人)はそのまま認知症に進行、残りの40%(約300人)はMCIのままというケースが多かった。

アルツハイマー型などの認知症と診断されると、残念ながら正常な認知機能に戻ることはない。一方、まだMCIの状態であれば現状維持するか、正常に戻れることがあるという。

認知症とMCIはどう違うのだろうか。

東京医科歯科大学特任教授で、メモリークリニックお茶の水院長の朝田隆氏はこう語る。

「MCIとは、正常と認知症との間のグレーゾーン状態で、言うなれば認知症予備軍です。日常生活に大きな問題はないものの、物忘れがひどくなったことを自覚したり、周囲から指摘されるようになる。MCIが疑われた人は1年後には12%、4年後には48%の人が認知症へ進行するという研究結果もあります」

MCIかどうかの判断は、認知症診断にも使われるMMSE、ADASなどの認知機能診断テスト、さらには脳のCT画像、前頭葉、後頭葉、頭頂葉などどの部分の血流が低下しているかを見る脳血流SPECT検査が用いられる。

今回の研究では46%が戻れたというが、海外の研究では、10数%から50%弱までとかなりバラつきがある。元ハーバード大学研究員でボストン在住の内科医、大西睦子氏の解説。

「これまでリバーター(戻れた人)の率については、決定的なデータはありませんでした。ところが2016年10月、米国の有名医学誌に実に驚くべき研究結果が掲載されました。ローマ・ラ・サピエンツァ大学の研究者らが、過去に発表された約2300の研究を解析し、そのうち最も精度の高い6つの研究だけを選び出したところ、26%の人が戻れたというのです」

運動習慣と知的好奇心

前出の朝田氏がこう話す。

「今回の長寿医療研究センターの研究で出た46%は『ちょっと多いかな』というのが正直な印象です。その原因として考えられるのは、まずはうつ病です。これを誤ってMCIと診断してしまうケースは多い。また、睡眠不足や体調不良といったコンディションの問題で認知機能が落ち、検査の点数が低かったというケースもあります。ただ、数字よりももっと大切なことがあります。それは、『戻れる人は必ずいる』ということです」

認知症予備軍と言われれば、ただただ不安になり、本人も周囲も辛い思いをすることになる。だが努力次第では正常まで回復できるのだ。

では、戻るためには、いったいどうすればいいのか。

「大きく言えば2つです。まずは運動習慣、特に有酸素運動を行うこと。もうひとつは強い知的好奇心を持って、積極的にコミュニケーションをはかることです。ただ慣れていること、よく知っていることを繰り返し学んでも意味がありません。あくまで、未知の分野に興味を持ち続けることが重要です」(同前)

桐島順子さん(仮名・80)は、5年前に夫が他界。うつ傾向が強くなり、認知機能に問題が出てきた。

「とにかく悲しくて、いつ死んでもいい、いっそ早く死にたいとまで思っていました。家にずっと閉じこもり、泣いてばかりいたんです」(桐島さん)

心配した長女が一緒に生活をするようになった。すると桐島さんの言動がおかしくなっていることに気づいたという。何度も同じことを繰り返したり、もう何年も前のことを、さっき起こったかのように話し始めた。さらに、お金の使い方も変わった。貴金属や高級化粧品を際限なく買うようになってしまったのだ。

その様子に驚いた長女に連れられてメモリークリニックお茶の水を受診した。

「最初の検査では、先生から『記憶力が同世代の人に比べて3分の2から半分程度しかない。これが3カ月もすれば半分になり、やがて認知症になりますよ』と宣告されました。

最初は、どうなってもいいなんて思っていましたが、それでもデイケアに通っていると少しずつ前向きな気持ちになり、あんなに億劫に感じていた人付き合いも、だんだん楽しくなってきたのです。

私はいま自分で『戻ってこられた!』と感じています。本山式筋トレをしていると、本当に脳の細胞があらたに芽生える感じがするんです。

みなさんにお伝えしたいのは、同じ立場の仲間が大切だということ。ただ筋トレをやるだけなら、自宅でもできる。でもそれではダメなんです。同じ境遇の仲間と話したり、時には競争したり悩みを話したり。そういうコミュニケーションも大切な時間です。いまでは外へ出て、人に会い話すことが生きがいです。ちょっとおせっかいなくらいに人に話しかけています(笑)」(同前)

いまでは認知機能テストも老年期うつ病評価尺度もすっかり正常値だという。

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続きは『最新予防から発症後の対応まで 認知症 全部わかる!』に収録されています。

「放っておけば悪くなるだけ」認知症の症状が改善しなかった人の特徴とはへ続く

(「週刊文春」出版部)

「週刊文春」出版部

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