デジタル通貨の覇権争いで日本発のフィンテックに白羽の矢

デジタル通貨の覇権争いで日本発のフィンテックに白羽の矢

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  • 更新日:2018/06/14
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オイルマネーの神通力が色あせ始めた中東の大国、サウジアラビア。世界最大の産油国の座を米国に奪われ、低迷する原油価格はサウジアラビアを直撃、2018年の財政赤字は5兆5000億円を超えると見込まれている。同国の若き指導者、皇太子ムハンマド・ビン・サルマンが打ち出した、脱石油依存、産業構造の多角化などを謳った「ビジョン2030」の履行はサウジアラビアの国としての生存をかけた抜き差しならぬ計画なのである。

サウジアラビアでは給料日になるとATMに長蛇の列ができる

「石油が無くなればベドウィンの生活に戻るのではないかという恐怖が常にある」

かつて石油鉱物資源大臣として、同政府の〝顔〟でもあったアリ・ヌアイミは来日する度に、こう話しては日本からの企業進出を切望していた。ベドウィン、サウジの先祖たちがそうだったように駱駝(らくだ)を従えての遊牧生活のことであるが、オイルマネーによって成りたっている、いわば〝人工国家〟サウジアラビアにとって、ベドウィンは苦難と貧困を象徴する忌まわしい過去なのだ。

オイルマネーに取って代わる産業を必死に探し求めているサウジ政府がある日本のベンチャー企業に熱い視線を送っていることを知っているだろうか? サウジ政府が合弁事業を望んでいる日本企業の名は「ドレミング」。15年に福岡市に設立されたフィンテック企業である。その将来性は海外でいち早く評価を受けていた企業である。

世界の4大会計事務所(ビッグ4)の一つKPMGと「H2ベンチャーズ」(豪州のフィンテック専門投資会社)とが共同で行っているのが、最も権威あるフィンテック企業ランキング「フィンテック100」だ。フィンテックを牽引している企業50社(Leading50)、将来有望視される50社(Emerging50)をそれぞれ選び出す。16年、「Emerging50」に日本で唯一選出されたのが設立間もないドレミングなのである。

「世界のおよそ20億人とも言われる貧困に喘ぐ〝金融難民〟を救いたい」

こうした大義を抱えドレミングは設立された。このベンチャー企業に先のサウジアラビアのみならず、インド、英国、ベトナムなど世界中から問い合わせが殺到している。同社の何がそれほどまでに海外からの関心を引きつけるのだろうか?

ドレミングが提供するサービスを簡単に言ってしまえば、労働者の給与の前払い。決められた支払日の前に、働いたその日の賃金をその日にスマートフォンに払い込むシステムである。働いた賃金の残高は、ドレミングが雇用先に提供する勤怠管理システムによって記録され、労働者はその残高の限度まで店舗のQRコードにスマホをかざせば、買い物ができる。もちろん、キャッシュレスである。

しかも、ドレミングの勤怠管理システムでは、労働者の賃金が支払われる段階で、社会保障費や税金が天引きされ、またローンを抱えている場合は、まずローンの返済金額が事前に引かれる仕組みになっている。雇用先にとっては、これほど安心できるシステムはない(下図参照)。

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(出所)ドレミングの資料を基にウェッジ作成写真を拡大

給与の前払いシステムは数多く存在するが、現金により払い戻す場合がほとんど。しかも、これほどまでにきめ細やかな、しかも雇用先にも安心を与えるシステムは世界でも見当たらない。さらにユニークなのが、労働者から一切手数料を取らない点であろう。ドレミングの儲けは同社のアプリを導入する企業からの手数料だけだ。その視線は、徹底して銀行カードやクレジットカードを持たぬ金融難民と呼ばれる労働者に寄り添おうとしている。

ドレミングの親会社である「キズナジャパン」の創業者・高崎義一がドレミング英国のCEO(最高経営責任者)である息子の将紘を伴い、サウジアラビアを訪問したのは昨年秋。米ポートランド州立大学を卒業後、会計事務所「アーンスト・アンド・ヤング」のコンサルタント部門で働いていた将紘はドレミングの海外展開の要だ。2人が招かれたのはサウジ政府主宰の「未来投資構想会議」だった。

「社会貢献」など関係なし サウジが企む「新商法」

世界から錚々(そうそう)たるメンバーが集まる中、世界的にはまったく無名の日本のベンチャー企業には世界最大の国営石油会社「サウジアラムコ」(時価総額およそ210兆円)が並々ならぬ関心を寄せていた。高崎らは、サウジ国内の労働者の半分以上は海外からの労働者であり、給与の支払日ともなれば数少ないATM(現金自動預け払い機)の前には数時間並ぶような実情も知る。ドレミングのシステムが十分に活用される可能性は十分だった。

ところが、サウジアラムコ、つまりサウジ政府の思惑は高崎らの思惑のさらに先を行っていた。

「君たちのシステムは素晴らしい。潜在的なポテンシャルはこちらも十分に認識している。けれども、『ドレミング』って会社を知っている人間は世界にどれだけいる? 信用力の問題はどうだ?」

サウジ政府の担当者の言葉だ。高崎らもこの2つの点、知名度と信用力の問題は解決しなければならないと認識していた。

11月末、父義一はインドへの事業展開をするために一旦帰国する。が、息子将紘はサウジアラビアに残り、断続的に話し合いを持ち続けていた。サウジ政府に妥協はなかった。サウジアラムコに企画を提案する際、このプレゼンにはムハンマド皇太子も出席した。担当者から釘を指された。

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ムハンマド皇太子と高崎将紘CEO

「企画書にある〝社会貢献〟とか、〝救済〟といった言葉は削ってくれ。サウジには関係ないことだ」

高崎らはサウジアラビアの切実さを皮膚感覚で知ることとなる。

金融難民と呼ばれている人々の共通の認識は、銀行は信用できない、国さえも守ってはくれない、唯一身を守ってくれる術は所持する〝カネ〟だけなのだ。銀行に勝り、国よりも揺るぎない〝信用〟。サウジ政府が行き着いた結論は、政府の保障ともいえる〝サウジの石油〟を担保とし、その担保をもってドレミングがデジタルマネーを発行するというものだった。

喩(たと)えればこうだ。労働者を雇用する企業がドレミングと契約。労働者の賃金をドレミングに送金。ドレミングはそれをデジタルマネーにし、企業のウォレット(財布)に送金、企業は労働者のウォレットに働いた分の賃金を支払う。決済はドレミングが契約しているあらゆるクレジット会社、プリペイド会社、銀行、もちろん「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」などで行うことができる。当初、ドレミングも決済機能を持とうとした。だが、欧米系のカード会社らと敵対関係になることを避けるために、決済機能は断念した。

サウジアラビアにすればこれ以上のビジネスはない。既存の石油を担保にできるばかりか計り知れない手数料が入ってくるのだから。20億人との契約は未だしも、仮に10億人として、そうした労働者の月の稼ぎが3万~4万円として、手数料1%としてもざっと月に3000億~4000億円の収入が見込める。手数料次第では年間に優に5兆~6兆円の資金が流れ込む。ポスト石油を渇望するサウジ政府が飛びついたのも無理からぬことだ。

形を変えた〝オイルマネー〟の信用力は絶大だ。タタグループと並ぶインドの巨大財閥の1つ「リライアンスADAグループ」は昨年10月からおよそ5億台の格安スマホを実質的に無料で配っている。2年以内に国内からATMが消えるインドはキャッシュレス社会が間近だ。そうした中、リライアンスは、モバイル通貨「ジオ」を普及させ、国内金融の主導権を握ること。リライアンスもサウジアラビアの石油を担保としたドレミングのシステム導入がほぼ決定している。キャッシュレス時代にドレミングほどの給与支払いシステムは存在しないからだ。

16年11月には流通している紙幣のおよそ86%の流通を停止させてしまったインド政府。それはとりもなおさず、政府のキャッシュレス宣言に他ならない。隣国中国のモバイル決済額がおよそ650兆円にもなろうという時代だ。24年には中国を抜いて14億4000万人を抱える世界最大の人口大国となるインド。モバイル決済の潜在能力は計り知れない。リライアンスの視線の先にあるのは、モバイル決済で一人勝ちしている風景だ。

ドレミングのビジネスモデルが世界的な評価を得るきっかけとなったのは設立間もない時期に米サンフランシスコで行われた「テッククランチディスラプト」(ベンチャー企業コンテスト)に出展、欧米政府などからシリア難民の自立に極めて有効だと絶大な評価を得たことだった。

先のサウジアラビア、インドなどより先にドレミングに積極的な働きかけをしていたのは、移民という国内問題を抱える欧州の国々だった。その中でもいち早くドレミングに接触し、最も熱心だったのが英国だった。ドレミングに潜在的な可能性を見出した英国政府は、英国のフィンテック業界のコンソーシアム「イノベートファイナンス」に日本企業として初めて入会を許した。また、ロンドンの有名なフィンテック関連のインキュベート施設「レベル39」に入居が認められた唯一の日本企業も同社だった。

新金融に意気込む英国 門前払いする日本

昨年3月には英国金融庁とともに「英国・日本フィンテックイニシアティブ」というイベントを開催した。英国金融庁長官がわざわざ出席した他、同国財務省、対投資省などの幹部が出席し、スピーチに立った。英国政府の並々ならぬ姿勢が垣間見えた瞬間だった。会場ではノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス(グラミン銀行創設者)のビデオメッセージも紹介された。

英国政府のこうした姿勢の背景にはEU離脱、いわゆるブレグジットによる欧州での孤立がある。端的に言うならば、英国政府は流入する難民問題の経済的な解決策とともに、かつての〝パックスブリタニカ〟ではないが、植民地として治めていた国々に、英国系の銀行、HSBC(香港上海銀行)、ロイズ、バークレーズなどを通じてドレミングのシムテムを導入させようとしているのである。

英国での小口ファイナンスは日本から見れば〝闇金〟に近い金利を取る。それに代わってドレミングのシステムを使えば、給与の中からまずローン分が天引きされ、回収不能は起こらない。また、旧植民地国の農家へのファイナンスのあり方も激変すると英国政府は見ている。

農家は融資を受けた上で特定の肥料、飼料会社とだけ決済する契約を結ぶ。そして、農産物、家畜が売れた時に、低金利の上に手数料を乗せて返済する新たな金融の世界を開拓しようとしている。途上国の農民にとっては、ある種のインセンティブとなる仕組みだ。こうしたシステムは小売店でも活用できるという。給与が入った瞬間、売上が立った瞬間、農産物が売れた瞬間にまずローン分が天引きされるシステムはドレミング以外ないのである。

一見してドレミングが大手金融、政府の代理店として労働者や農家などからローンの取り立て人のように思われるかも知れないがそれは明確に違う。すべてがデジタル化されたシステムの中では、〝現金〟時代のような不当な搾取は起こりえない。なぜなら、すべてが可視化され、ドキュメントとして残るからだ。

英国金融庁とドレミングとの交渉は現在も続いている。決定的な担保を持たない英国。政府が所有する金、ゴールドを提供すれば別だが、サウジアラビアの石油の担保は魅力的だ。イスラム国家サウジはイスラム法で金利ビジネスが禁止されているから手数料で儲けたい、一方英国は金利で儲けたい。金貨の表と裏。日本の一フィンテックベンチャー企業が、これほどまでの影響力を持ち得る時代がやって来たのだ。金融技術に裏打ちされたデジタルマネーが社会のありようを根底から変える時代が到来している。

ドレミングは日本での可能性を見出すために金融庁も訪ねた。返ってきた言葉は「前例がありません」との一言だった。日本の孤立化は深まるばかりのようだ。(文中敬称略)

◆Wedge2018年6月号より

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