【星野の記憶】元中日・中尾氏 コーチともめ...気遣い感じた巨人へのトレード

【星野の記憶】元中日・中尾氏 コーチともめ...気遣い感じた巨人へのトレード

  • スポニチアネックス
  • 更新日:2018/01/15

◇星野の記憶7~語り継がれる熱き魂~元中日・中尾孝義氏

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81年8月18日、大洋戦で完投勝利の星野(右)を迎える中尾

昨年11月の殿堂入りパーティーでごあいさつさせてもらったのが、最後になりました。少しやせられた印象で、頬がこけていたから心配していた。ただ、口ぶりはしっかりしていたし、「優しくなったなあ」と感じていました。(訃報のニュースを見ても)信じられませんでした。

僕にとっては一番感謝しなくちゃいけない人です。星野さんは9歳上。中日でバッテリーを組みましたが、球威はすでに落ちていた。当時の星野さんは34、5歳だから仕方ないけれど、巨人戦だけは違った。「なんでこの球で抑えられるんだろう」って思うくらい気合が入っていて。腕がいつもより振れたんでしょう。球も来てましたよ。

星野さんが監督2年目の88年、捕手から外野手に転向しました。今だから言えるけど、前年の試合中、コーチともめてしまったんです。理不尽なことをされて「こんな状況では捕手やれません」と直談判。星野さんも難しい立場だったと思います。「分かった。もうこれ以上言うな」と言われたのを覚えています。腰の故障も気遣ってもらったのかな。そのオフに巨人へトレード。僕の家庭の事情があったり、捕手として求められていることもあった。ちょうど温泉で湯治中の夜に「トレード、決まったぞ」と電話をもらいました。西本聖らとのトレードで話題になったけれど、いろんな球団を経験できてすごく感謝しています。

星野さんにはなんと言っても精神面を鍛えてもらった。練習からすごいプレッシャーをかけられた。いつもピリピリしていたし、キャンプは体もヘトヘトで精神的にもきつかった。「練習でこのプレッシャーに勝てなければ、試合で勝てんぞ!」とよく言われました。

ユニホームを脱げば面倒見の良い兄貴で、自宅にも遊びに行きました。僕も今、専大北上で監督をしていますが、本番に弱いチームで…。選手には「練習で乗り越えなければ試合に勝てない」って、あの時の星野さんと同じことを言っています。

◆中尾 孝義(なかお・たかよし)1956年(昭31)2月16日、兵庫県生まれの61歳。滝川、専大、プリンスホテルを経て、80年にドラフト1位で中日に入団。82年にMVP。88年オフに巨人、92年途中に西武に移籍し、93年現役引退。通算980試合で打率・263、109本塁打。昨年3月から専大北上監督。右投げ右打ち。

≪現役最終登板に花添える本塁打≫中尾はプロ1年目の81年、翌82年と2シーズンにわたり星野とバッテリーを組んだ。新人だった81年は星野が登板した23試合中18試合にスタメンマスク。引退年の82年は18試合中16試合、先発した10試合では全て中尾がスタメン捕手を務めた。星野の現役最終登板となった82年10月12日の阪神戦(ナゴヤ)では7回に本塁打を放っている。

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