マスクを外した秋のマンハッタン。コロナ後の世界は変わるのか?

マスクを外した秋のマンハッタン。コロナ後の世界は変わるのか?

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  • 更新日:2021/10/15

文・写真=沼田隆一

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サミット・ワン ヴァンダービルトがグランドセントラル駅の西にできた。写真の中央にある先のとがった先端を持つビルがそうである。マンハッタンのスカイスクレーパもますます様変わりしていく。またこのビル以外にもグランドセントラル駅の周辺も再開発の予定である

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ニューヨークから見たTOKYO2020

パンデミックのなか、一年遅れで開催された東京オリンピックの猛暑の17日間も終わり、すでに秋の気配が迫っている。思い返してみるとなかなか趣向を凝らしたであろうと思われる開会式や閉会式はアミューズメントパークのイヴェントのように盛りだくさんで、例えると、幕の内BENTOのようであった。IOCにとってVIPクライアントのNBCユニバーサルは高額な放送権料を支払って、関連チャンネルも含め3局で連日放送していた。

しかしながら太平洋を隔てた遠く日本で行われているイヴェントに関心をもつニューヨーカーは、私の周りにはあまりいなかった。もともと日本のように国を挙げて一つのイヴェントを応援するにはアメリカは広すぎる。また個人の自由が定着しているこの国では、オリンピックは世界のどこかで行われたスポーツのイヴェントの一つでしかなかった。国を挙げてオリンピックを応援するという時代は、すでに終焉となったのだろう。

また今年は特に、ニューヨークは長い規制の社会生活からワクチン接種が進んでやっと自由を取り戻しつつあった。そんななか、人々は自分たちのヴァケーションをどうするかで頭がいっぱいである。また日々革新が続くインターネットは、人々をテレビから遠ざけている。そのせいか、今回のNBC のオリンピック広告収入は2019年末に10億ドルを超え、過去最大の12.5億ドルになると騒がれていたが、リオの時の視聴率の半分程度に低迷した。その結果を受けてNBCは複数の広告主と今後の無料の広告を提供するなどの補償交渉が行われるとニューヨークタイムス紙は報じている。秋になってもオリンピックビジネスは、まだ後始末がありそうである。

やっちゃえば誰も文句は出なくなる?

そういう私も一日に一回はオリンピック関連の番組を少しは観ていた。日本ではあれほど反対の声が多く、メディアもそういうムードをだしていた開催前とは打って変わって、オリンピック歓迎ムードとも感じるトーンダウンにかわっていった。また、開会式前から感染防止が制御不能になっている世界と、オリンピックが行われている世界の二つが奇妙に同居しているようだった。

一年も待たされた各国のアスリートたちは、我々には想像できない苦労と葛藤があったと思う。ただでさえ酷暑の日本での競技に自分の体調を合わせようとする一方で、会場の外では開催反対のシュプレヒコールが起きており、彼らは自分たちが参加することをどう思われるかという今までのオリンピックでは考えられない心理状態に置かれていたとも思う。

日本人は合理的妥協をもった国民であるとのコメントをどこかで見た。そのもとにはお上のすることには最終的に逆らえないという昔からの負の遺産が人々の心に存在する。皮肉な見方をすると、それを政府も委員会も計算済みで中止延期を考えることは初めからなかったかもしれない。

そんなネガティブなエネルギーが漂うなかでの明るい話題は、”もてなす”文化の日本人がこんな状況であっても個を捨て忍耐をもって、何とか大会を成功させようとしたことだ。日本の民度の高さを具現した。各事前キャンプ地でも歓迎したいと努力する地元の人たちがいた。汗を流し笑顔で対応し続けるスタッフやボランティアの人たちは、猛暑だから外出は控えましょうという気象予報士の言葉とは全く関係ない世界にいた。

ニューヨークから画像を観ているだけでも同じ日本人として誇らしかった。IOC会長は政治家にオリンピッククロスという勲章を授与したらしいが、もし彼が日本人スタッフやボランティアに授与するとアナウンスしたら、ほんの少しではあるが男を上げたかもしれない。

今回のオリンピックは多様性を受け入れるということに始まり、世界で起きている様々な社会問題を投影する形となった。大会関係者の過去での差別言動による相次ぐ辞任、選手たちによる自主的な人種差別反対の発信、LGBTQの選手の活躍など社会問題の大きな発信の場になった。

また、参加選手の亡命や難民申請などの問題にも直面した。昔なら選手自身がそういった意見を表明することを懲罰の対象としていた国もいっぱいあった。そのように表現をはじめから制限している国やスポーツ団体があった。いや、今でもそのような国々は存在する。オリンピックは選手たちを中心に”モノ申す”ことができるチャンスがある場となってきている。

TWISTIES と言われる演技やプレーでの心と体の不一致という問題も、幾人かの勇気あるアスリートたちにより明るみに出た。それに関連して選手に対するメディアのインタビューの在り方にも目が向けられた。もはや”有名税”を許さない時代に入ったのかもしれない。LGBTQのイギリスの選手は胸を張って金メダルを受け取り、難民選手団のソマリア出身の2選手が男子マラソンで銀メダルと金メダルを獲得した。競技中に他国の選手を気遣う光景はいろんなところで見られた。またジャマイカの陸上選手の窮地を日本のスタッフが助け、結果金メダルの獲得につながった。これらはやはりオリンピックの場でしか目にできない、美しい光景だと思う。

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ドラマ・ブックショップが復活した。今年で創業104年目となる老舗で演劇関係の歴史的書物や台本など数千冊ある。一時は閉店の危機が騒がれたが、ブロードウェイミュージカルの中でも大人気の”ハミルトン”の主演俳優や監督などが店存続のため買収した。マンハッタンの老舗が守られた。ニューヨーカーにはうれしい話

Smile again, hug again,…復活するニューヨーク – New York Tough

ニューヨーク市のワクチン接種率は、必要回数の60%近くになっている。接種する人達に現金給付も含めたあらゆる手段で、拡大しているデルタ株に対抗しようとしている。またファイザー社のワクチンに関しては基礎疾患を有する人、感染リスクのったかい環境にいる人、また65歳以上を対象として3回目の接種(ブースターショット)も2回目の接種後6か月経つと認められ、ほかのワクチンも三回目の接種の審査承認の手続きに入っている。

マンハッタンを歩いているとマスクをしていない人が増えてきた。特定の屋内の場所や公共交通などを除いてマスク着用の義務化はなくなった。元気な人々の顔が見られるようになった。今まではいろんな制限から”NO”という言葉を使うことが多かったが、今は”YES”を使うことのほうが多くなった。多くのお店やレストランが廃業してしまったのは、買い物好きで食いしん坊のニューヨーカーにはさみしいことである。

この数か月人々は着実に買い物に外出し、噂のレストランに足を向けるというニューヨークの生活の大切な一部が戻ってきたことはうれしいことであるが、それと同時に”日常”というものに幸せを感じ少し謙虚になっている自分に気が付く。マスクを外して吸い込む空気も、夏であればいつもならこのにおい何とかならないかと思うはずなのだが、すがすがしく感じる。ただニューヨーク市内のレストランは店内飲食の場合ワクチンパスポートが必要になった。また政府や企業でもワクチン接種の義務化が始まっており、新学期からの子供たちへのマスクの義務化とともに個人の自由とのからみで社会の中で軋轢がさらに深まる可能性もある。連邦航空局(FAA)はマスク着用を拒否し機内でのクルーや乗客への暴力行為に関して最高数十万ドルの罰金を科す法案も準備し、フライトに際してのマスク着用義務がある期間は酒類の機内提供もしないことになっている。

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西39丁目に復活したドラマ・ブックショップの店内は”ハミルトン”の舞台デザインを担当したデヴィッド・コリンズ氏が手掛けた。店内の天井には演劇関係の本などが連なったアート作品が素敵な演出となっている。また、ゆったり座れるソファーやアームチェアーが何か所にも設置されゆったり本を選べる。カフェも併設してちょっとしたブレイクに最適である

健康に関する意識

日本を見ると悲しいことではあるが、なかなか進まないワクチン接種とデルタ株の台頭で8月半ばの時点では、緊急事態宣言する都市が増え続け、期間も延長が繰り返されている。いよいよ医療体制の崩壊はじまっているようである。政府や医療機関から出る言葉だけは切羽詰まっているが、報道映像を見る限り、街を行く人々の表情からはその切迫感がほとんどない。なぜであろう。自粛疲れということだけでかたづけられない気がする。

日本は今までレベルの高い医療を国民皆保険制度で提供してきた。男女とも長寿国と言われるようになった。興味深いことにアメリカの広告やテレビCMを見ているとかなりの割合で、トレーニング器具、医療保険や処方箋を必要とする医家向け医薬品が流されている。医療はただ与えられるものではなく自分たち一人一人が積極的に自分の健康を守り、医師が立てた治療方針に患者が口をはさむカルチャーがある。その違いがこのパンデミックで浮き彫りにされた気がする。

さらに深堀すると、我々の健康を守り安心・安全の暮らができることをお上にお任せするという感覚が見える。これでは政治と投票者の距離は遠い。何となく人柄が信頼できるという印象で投票された為政者は、言葉だけではなく本当の意味で”汗を流し”、また人々の信頼を得て有効な施策ができるのだろうか? そんな状況に陥らないためにも、有権者をはじめ国民は”お上にお任せ”から精神的に卒業する時代に入っているのではないだろうか?

ビッグアップルの覚醒

最近のこの街の動きに話を戻すが、失った観光客を取り戻す”NYC Reawakens”という3000万ドルをかけたキャンペーンが開始され、今年の訪問者は約3640万人と予想されている。あの陰気で時代遅れのラガーディア空港が大幅に改装され、ニューアーク空港にも新しいターミナルができる。おなじみのグランドセントラル駅の西横にサミットワン・ヴァンダービルトができ、オブザベーションデッキも10月オープンと聞く。新しく開発されたハドソンヤードの超高層ビル、30ハドソンヤードのオブザベーションデッキと対抗する観光スポットがまたできた。マンハッタンは建築ラッシュである。

5つの行政区それぞれで多様な人種や文化を紹介し、体験ができる観光プログラムも開始された。8月21日にはセントラルパークで新型コロナウィルスパンデミックからの復興を祝う記念コンサートも、あいにくのハリケーン・アンリのため短くなったが開催された。例年9月のニューヨークファッションウィークもいつものブライアントパークから五番街のビルに場所を移したこともあり、いつもとは違う趣向が期待できる。

リアリズムとグローバルカルチャー

この街を見れば確かに明るい材料があふれ出てきている。しかし、この国を冷静に見てみると、パンデミックで活躍したニューヨーク州知事はセクハラ疑惑で辞任。市街地では銃犯罪が多発し、相変わらずトランプ支持者が多い州ではデルタ株による感染爆発。それにもかかわらず個人の自由を盾にマスクの義務化に反対する州知事たちがいる。

先の大統領選挙で不正があったと主張し続けるトランプ前大統領に、今でも多額の選挙献金が集まっている。中間選挙や次期大統領選の勝利を手にするために、いくつかの州は投票方法に制限をかけることで、黒人の投票数を少なくしようとする法改正を行っている。また、バイブルベルトと言われる南部を中心とした州ではアボーションを厳しく制限し、違法行為をした人たちを市民が訴えられるという条文までテキサス州知事は加え、大きな問題となっている。日本では想像できない連邦法と州法というこの国独特の制度が大切な局面で問題として立ちはだかる。この国はまとまるばかりか、いまは二分化が深まるばかりだと感じる。

外交に目を向けると対中国との関係は冷めきっている。20年もの歳月ののちアメリカ軍が撤退したアフガニスタンは、タリバンが全土を支配下におさめた。その昔、アメリカが多くの犠牲を払ったヴェトナム戦争において、北ヴェトナム軍がサイゴンにgiải phóng(解放)を唱え進軍した。アメリカ大使館の敷地にはアメリカに協力したヴェトナム人が脱出のため押し寄せ、最後のイロコイス(Iroquois=米軍ヘリコプターUH1の名称でヴェトナム戦において最も使われたヘリコプターの一つ)に、すがりつく人たちの報道写真はあまりにも有名である。アフガニスタンとヴェトナム戦争とを同じ物差しで比較できないが、アメリカはまたしても同じ轍を踏んでしまったという感はぬぐえない。

残念ながら自由世界でのアメリカ一極主義を唱える時代は終わっている。国際連盟の生みの親とも言われたウッドロウ・ウィルソンが唱えたように、自由や民主主義のような価値観は世界を平和にするという理想主義は否定しない。ただ現実を見ると、それでは実際平和を実現できていないことはアメリカを見ていてよくわかる。

勢力均衡が重視されるリアリズムのパラダイムにシフトしているのではないだろうか。我々の周りを見ても子供の時はアメリカ文化へのあこがれや信奉のようなものがあったが、今や従来のアメリカが発信するカルチャーが世界を均一化することは不可能だ。世界のそれぞれのローカルカルチャーから作り出されるものをどれだけ咀嚼し、吸収して新しいものを作り出すことが出来るかで、新しいグローバルなカルチャーや価値観が生まれてきている気がする。

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昨年は中止になった毎年8月恒例のニューヨークバイシクルウィークエンド。パークアヴェニューを土曜日の午前中自転車や歩行者に開放するファミリーイヴェントだ。マスクなしで久しぶりに大勢の人々が集まった。FIVE BOROUGH(ニューヨーク市内5区の車道を自転車専用にして走る大きなイヴェント)も復活した。ニューヨークは自転車専用レーンも充実し、パンデミックでさらに自転車人口が増えた

様々な国の人たちが行きかい、文化や価値観が交錯するニューヨークはそういう意味でアメリカの一部でありながら、ニューヨークという独自の世界を創造していると感じる。

トンネルヴィジョンの蔓延

私の眼にはアメリカや日本を含め、世界はトンネルヴィジョンの人々が増加しているように感じる。自分が心地よい世界に焦点を置き、それ以外の入ってくるものは無意識に除外している現象である。これは国が国民に掲げた目標が何度も達成できず、希望がことごとく裏切られたと感じる中でますます負のエネルギーが蓄積し、閉塞感からくる不安に対しての人々の自己防衛メカニズムが働いているといえるのかもしれない。

社会全体より個人、将来より今、多様性に対する危機感からくる排除、世界はこのような考えに流されようとしている。このパンデミックが収束したらこの状況は変わるのだろうか? そんな単純な図式ではないようである。ひとり一人の自由を考えるのと同じくらい、それぞれがこの世界に何ができるかも考え、声に出して行動をとらないといけない。そのことをこの夏は警鐘を鳴らしていたような気がする。

今の世界をミネルバのフクロウはどう見ているのだろうか……。

沼田 隆一

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