雑誌創刊、アートビジネスに挑戦。モデル国木田彩良のパラレルキャリアの築き方

雑誌創刊、アートビジネスに挑戦。モデル国木田彩良のパラレルキャリアの築き方

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2020/11/22
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海外で育った幼少期、どこに行っても受ける「よそ者扱い」に苦しみながら、逆境を乗り越えてきた国木田彩良。ようやく「居場所」と思える地である日本と出会い、モデルという「手段」で2015年に来日を果たし、5年がたった。

そんな国木田は数年前から、自身のキャリアに疑問を抱いてきた。

「モデルは本当にいい仕事だと思います。素敵な人に出会ったり、貴重なことを経験したりと充実している一方で、長い目で見て力強いキャリアを築くには難しい職種でもあると考えています」

18歳から2年間通ったファッションスクールでは、ビジネス側、経営に興味があることに気がついた。いまでは、日本とドイツを拠点にアートとメディアという2つの領域で、ある挑戦を始めている。モデルという仕事を超え、異業種に飛び込んだ、彼女のモチベーションと行動力を探りたい。

──ドイツで少しずつアートビジネスを始めていると伺っています。どのようなことをしているのか教えてください。

日本のアート作品をヨーロッパに、ヨーロッパのアート作品を日本に持ってくるような仕事です。例えばドイツのギャラリーで現代アートを買って、日本の顧客に売る、アートの仲介人のような感じですね。昨年の冬にドイツで始めて、ヨーロッパや日本のギャラリーと契約し、少しずつビジネス領域を広げています。

実は、「本当に良いアート」はヨーロッパでも見つけづらいのです。アートギャラリーは基本的にコレクターなどの常連に売ることが多いので、誰にも平等な購入機会があるわけではありません。お金があっても「いいアート」を買えないのが現実です。その状況を少しでも変えるために、ビジネスを始めました。

──なぜ日本とドイツを拠点に、アートビジネスをしたいと考えたのでしょうか。

海外のアートを探す場合、どんなものがあるかわからない、探し方すらわからないのが課題だと考えています。

例えば日本人がアートを購入したいと思ったとして、ヨーロッパは距離的にも遠い。それにアートは高価な買い物なので、海外のギャラリーで買うことには抵抗感もあります。1億円のアートを買うなら、当然本物だという確信がないと買えないけれど、ただでさえオープンでない業界で、言語や地理的な条件がさらなる障壁になってしまっている。

そんな現状において、日本とヨーロッパをつなぐ「架け橋」のような役割を果たしたいと考えています。私は日本を拠点にしていますが、ヨーロッパにはよく訪れるので、お互いのマーケットを肌で知ることができます。このビジネスはかなりチャレンジングで恐怖心もありますが、同時に大きなポテンシャルも感じてとてもワクワクしています。

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──来年に向けて、雑誌創刊の準備もしていると伺いました。どのような発信を目指していますか。

海外の人たちがこれまで「知ることができなかった日本のカルチャー」を発信したいです。ファッション誌ですが、中身はポリティカルな内容にしたいです。来年1月には創刊号を出したいと思っていて、1年に2回発刊する予定です。

日本が好きな人や、日本で仕事をしたい人にとっていいコンテンツにしたいと思います。「外国の方から見える日本」と「日本の方が見る日本」は違いますよね。渋谷のスクランブル交差点のような代表的すぎる景色は、日本のほんの一部にしかすぎません。もちろん日本の方にも楽しめる内容にして、英語版と日本語版を作ろうと考えています。

ただ、コロナショックで前進するのが難しい状況でした。ミーティングも集まってできず、オンラインで進めてきました。

──雑誌ビジネスについては、国木田さんがCEOだと伺っています。

この事業では私がCEOであり、パートナーと2人で経営しています。加えて、ブランディングエージェンシーである「MINDSET」を巻き込み、雑誌創刊へ向けて奮闘しています。 私は全体を統括する編集長の役割。PRやマーケティング、営業、編集などのチームと共に、私も経営について勉強しながら進めています。

──雑誌名は何でしょうか。

「nami」です。日本を連想させるものがよかったからです。ファッションもカルチャーも、ターンオーバーする、波のように繰り返す、という発想から決めました。ロゴも波をイメージしています。

フランスでは1950年代後半から60年代にかけて、若者たちが商業的ではなく自由に映画製作を行った「ヌーベルバーグ」の動きがありました。ヌーベルバーグとはフランス語で「新しい波」という意味。波というのは、本当に世の中を表す言葉ですね。

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2021年に創刊予定の雑誌「nami」のイメージ

──ビジネスを始めるにあたって、影響を受けた人はいますか。高祖父である文豪、国木田独歩は女性誌『婦人画報』を創刊しましたね。

まず、私の曾祖母ですね。国木田独歩の娘にあたる人物です。彼女は私に「可能性」というものを教えてくれました。女性がビジネスをするのは難しく保守的な時代だったにもかかわらず、離婚後に自ら銀座でレストランのビジネスを始め、一人で世界を周りました。怖い目にあったでしょうし、侮辱され失敗もしたでしょう。その勇気と行動力をとても尊敬しています。

また、国木田独歩が自分を信じてチャレンジした勇気を尊敬しています。当時、彼の考えは世間になかなか理解されなかったのですが、そんな中でも「価値がある」と考えてやり遂げました。結局彼が亡くなってから、人々は「彼は正しかった」と気づきました。『婦人画報』はいまも存在します。コネクションやお金、名誉のために挑戦したのではありません。その領域に価値を感じて、最終的に彼の思いが詰まった雑誌を形にしました。

彼の小説をたまに読むと胸が痛みます。武蔵野の林間の美を描写した随筆『武蔵野』は、私の好きな作品ですが、一般的には評価されていませんでした。彼が生きている間に理解される機会がなかったのは悲しいですね。

──国木田独歩さんの価値観を、国木田さんも受け継ぎたいと思いますか。

はい。曾祖母や国木田独歩を含め、私の家系が教えてくれたのは「誰にも理解されなくても大丈夫」ということです。周りからすぐに理解されなくても、自分自身が納得できることや使命感を感じることには、何かしら意味があると考えています。

いま住んでいる国の人々が、自分の考えを全く理解してくれないとしても、それはその国と私の相性が合わないだけ。もしかしたら一生誰にも理解してもらえないかもしれません。でも、それでいいのです。

準備している雑誌のタイトルにも結びつきますが、やはり「波」ですね。音楽やファッションのトレンドが変わるように、人々の考え方も変わり、世の中全体が変わります。国木田独歩のように、はじめは理解されなくても、いつかわかってもらえる日が来るかもしれません。

──モデル、ギャラリスト、雑誌のCEO、今後もキャリアを広げる予定ですか。

やりたいことは本当にたくさんあるのですが、全部やるのは無理ですからね(笑)。いまは抱えているビジネスを大きくして、自分なりの成功を手にしたいと考えています。しかし数年後、出会う人や経験によっては、自分自身が変わっているかもしれません。もしかしたらこれらのビジネスを誰かに売却しているかもしれません。それはその時に、決めたらいいと考えています。

私の好きな言葉は、トーマス・エジソンの ”I failed my way to success” です。いまはたくさん失敗しながら、持っている仕事を大事に育てたいと思っています。アートも雑誌も、人を幸せにするビジネスが好き。これから長いキャリアを考えているので、自分自身も楽しく、ですね。

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