2023年イグノーベル賞、授業が退屈なのは誰のせい?

2023年イグノーベル賞、授業が退屈なのは誰のせい?

  • JBpress
  • 更新日:2023/09/19
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授業が退屈に感じるのは、先生のせいなのか、それとも生徒のせいなのか。(画像はイメージ)

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

先日2023年9月15日(日本時間)、イグノーベル賞が発表されました。今年も石をなめる地質学者から、死んだクモを操る術など、10本の研究成果が並びました。日本人研究者も安定の連続受賞です。

「人々を笑わせ、それから考えさせる業績」に対して授与されるイグノーベル賞は、1991年、雑誌編集者で会社経営者(当時)のマーク・エイブラハムズ氏(1956-)によって創設されました。「イグノーベル(Ig Nobel)」は「下品な」とか「不名誉な」を意味する「ignoble」と「ノーベル(Nobel)賞」をかけた駄洒落で、つまり「下品なノーベル賞」あるいは「不名誉なノーベル賞」を意味します。

本記事では日本人受賞者に限らず、10件の受賞研究全てを、原論文にあたって紹介いたします。

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試すなら自己責任で

イグノーベル化学・地質学賞受賞者:Jan Zalasiewicz(ポーランド、UK)受賞理由:多数の研究者が石をなめるのを好む理由を説明

受賞したのは論文ではなく、『古生物学協会』のニューズレターに掲載された『化石を食べる(※1)』というエッセイです。初っぱなから道端の石を拾ってなめてます。「石をなめることは、数限りなく試され使われてきたテクニックで、地質学者と古生物学者はみなこれに頼ってこの分野で生き延びてきた」とのことです。本当でしょうか。

しかし地質学分野にはうとい筆者が心配することではないかもしれませんが、ヒ素鉱物とかなめて大丈夫なんでしょうか。自己責任でお試しください。

※1:Jan Zalasiewicz, “Eating Fossils,” The Paleontological Association Newsletter, no. 96, November 2017.

見たことあるはずなのに

イグノーベル文学賞受賞者:Chris Moulin, Nicole Bell, Merita Turunen, Arina Baharin, Akira O’Connor(仏、英、マレーシア、フィンランド)受賞理由:ある単語を何度も何度も何度も何度も何度も繰り返して発音するときの感覚の研究

「ジャメヴュ」とは、知っているはずのものごとや言葉が、見知らぬもののように思える現象です。同じ言葉を何度も繰り返して発音したり筆記したりすると、そういう感覚に陥ることがあります。誰もが経験したことがある現象と思われますが、研究例は意外に少ないようです。

この研究(※2)は、被験者に単語を繰り返し筆記させて、ジャメヴュが生じるかどうか調べたものです。94人の心理学科の学生が集められ、2分間に単語を何回書けるかの調査だと説明されて、14の単語を繰り返し書かされました。30回も繰り返し書かされると、3分の2の学生は、ジャメヴュの状態に陥ったということです。

そうすると、小学校でやらされる「書き方」は、30回以内にとどめた方が効果がありそうです。

※2:論文のタイトルがひねってあります。無理に訳すと『研究室研究室研究室研究室研究室研究室環境におけるジャメヴュの誘導:言葉の疎外と意味の飽和』という感じでしょうか。
Chris J. A. Moulin, Nicole Bell, Merita Turunen, Arina Baharin, Akira R. O’Connor, “The The The The Induction of Jamais Vu in the Laboratory: Word Alienation and Semantic Satiation,” Memory, vol. 29, no. 7, 2021, pp. 933-942.

フランケンシュタイン博士もびっくり!

イグノーベル機械工学賞受賞者:Te Faye Yap, Zhen Liu, Anoop Rajappan, Trevor Shimokusu, Daniel Preston(インド、中国、マレーシア、米)受賞理由:死んだクモを機械の手として蘇らせた

昆虫の動きなどを外部から制御する試みはこれまでにもありましたが、この研究は、(1)死んだクモをそのまま機械の手として利用して、(2)それに「ネクロボティクス」という大変かっこいい名をつけたところに新味があります(※3)。「死体を用いるロボット技術」というところでしょうか。(生物の死体や生体を利用する「ソフトロボティクス」と呼ばれる分野は以前からあります。)

クモの足は、体液の圧力で動きを制御する、ある種の水圧駆動を使っています。そのため、クモの体内に注射針を差し込んで圧力を調節することで、クモの足を操作できます。この原理で、クレーンゲームのクレーンのような手を作成しました。試験したところ、体重の1.3倍の荷重を持ち上げることに成功し、700回の使用に耐えたとのことです。

論文の写真は閲覧注意です。

図:クモの死体から機械の手を作成する方法(閲覧注意)。 Image by T. F. Yap et al., under CC BY 4.0.
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※3:Te Faye Yap, Zhen Liu, Anoop Rajappan, Trevor J. Shimokusu, Daniel J. Preston, “Necrobotics: Biotic Materials as Ready-to-Use Actuators,” Advanced Science, vol. 9, no. 29, 2022, article 2201174.

スマートトイレがあなたのウ○チを監視する

イグノーベル公衆衛生学賞受賞者:Seung-min Park(韓国、米国)受賞理由:尿検査やカメラによる排泄物分析や肛門指紋識別や通信機能などの技術を用いて人間の排泄物を分析するトイレの発明

排泄物はその持ち主の健康状態を反映していて、病気の診断にも使われます。しかしこれを長期間にわたって継続的に行なうようなシステムは作られたことが(たぶん)ありません。ここで提案されているスマートトイレは、尿の量や成分を測定し、排泄物をカメラで分析して、使用者の健康状態を診断するというものです(※4)。

よその人がそのトイレを使ったら、データやら何やらが入り混じって正確な診断ができなくなってしまうのでは、と思われるかもしれませんが、このスマートトイレには使用者を「肛門指紋」で認識する機能があります。肛門付近の様子は一人ひとり違っていて、指紋のように個人識別に使えるというのです。ぜんぜん知りませんでした。スマートトイレの取得する超個人情報は、暗号化されてクラウドサーバにしまわれるとのことです。

知らないうちに自分の肛門指紋が採取されていたら、と思うと尻のあたりが何だかうすら寒くなりますが、幸い(?)まだこのシステムは提案段階で、実現してはいないようです。

イグノーベル賞は、この研究のような下ネタ・ウ○チネタに、毎年授与される伝統があります。

※4:Seung-min Park, Daeyoun D. Won, Brian J. Lee, Diego Escobedo, Andre Esteva, Amin Aalipour, T. Jessie Ge, et al., “A Mountable Toilet System for Personalized Health Monitoring via the Analysis of Excreta,” Nature Biomedical Engineering, vol. 4, no. 6, 2020, pp. 624-635.

ねるいが人なんろいに当本中の世←

イグノーベルコミュニケーション学賞受賞者:María José Torres-Prioris, Diana López-Barroso, Estela Càmara, Sol Fittipaldi, Lucas Sedeño, Agustín Ibáñez, Marcelo Berthier, Adolfo García(アルゼンチン、スペイン、コロンビア、チリ、中国、米国)受賞理由:バックワードスピーチの達人の精神活動の研究

「banana(バナナ)」を後ろから「ananab(アナナブ)」と発音することを「バックワードスピーチ」といいます。世界にはこのバックワードスピーチに熟達した人がいて、例えばスペインのラ・ラグーナ地方では、住人の多くがこれを(スペイン語で)流暢にしゃべるそうです。バックワードスピーチをラ・ラグーナの文化遺産として登録する運動がありましたが、今のところ認められていないとのことです。イグノーベル賞受賞研究を読んでいると、世の中の広さに本当に感心させられます。

この研究は、2人の達人(43歳の左利きのシステムエンジニアと50歳の右利きの写真家)にバックワードスピーチで話してもらって、その時の脳や神経の働きをボクセル・ベース形態測定法やMRIといった格好いい名前の手法で調べた(※5)というものです。

※5:María José Torres-Prioris, Diana López-Barroso, Estela Càmara, Sol Fittipaldi, Lucas Sedeño, Agustín Ibáñez, Marcelo L. Berthier, Adolfo M. García, “Neurocognitive Signatures of Phonemic Sequencing in Expert Backward Speakers,” Scientific Reports, vol. 10, no. 10621, 2020.

鼻の中は左右対称か?

イグノーベル医学賞受賞者:Christine Pham, Bobak Hedayati, Kiana Hashemi, Ella Csuka, Tiana Mamaghani, Margit Juhasz, Jamie Wikenheiser, and Natasha Mesinkovska(米国、カナダ、マケドニア、イラン、ベトナム)受賞理由:死体の左右の鼻孔に同じ本数の鼻毛があるかどうか調べた

脱毛症によって鼻毛を失うことがあり、そうなると患者は呼吸器の疾患やアレルギーにもかかりやすくなります。しかし鼻毛の脱毛の定量的な調査や、鼻毛を失うことの影響は、これまできちんと調べられたことがありません。

この研究は、死体の鼻毛を調べてその密度などを測定したもの(※6)、のようです。

※6:Christine Pham, Bobak Hedayati, Kiana Hashemi, Ella Csuka, Margit Juhasz, Natasha Atanaskova Mesinkovska, “The Quantification and Measurement of Nasal Hairs in a Cadaveric Population,” Journal of The American Academy of Dermatology, vol. 83, no. 6, 2020, pp. AB202-AB202.

祝・日本人連続受賞

イグノーベル栄養学賞受賞者:宮下芳明、中村裕美(日本)受賞理由:箸やストローに電流を流して食べ物の味を変える実験

安定の日本人受賞です。これで17年連続してイグノーベル賞受賞です。日本人はイグノーベル賞が大好きですが、イグノーベル賞も日本人が好きなようです。

この研究については、日本の多くのメディアが取り上げていますので、そちらに解説を譲ります。

※7:Hiromi Nakamura, Homei Miyashita, “Augmented Gustation Using Electricity,”Proceedings of the 2nd Augmented Human International Conference, March 2011, article 34.
日本語プレスリリース
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003fh8kv.html

退屈の原因・・・それは せんせい?

イグノーベル教育学賞受賞者:Katy Tam, Cyanea Poon, Victoria Hui, Wijnand van Tilburg, Christy Wong, Vivian Kwong, Gigi Yuen, Christian Chan(中国、カナダ、英国、オランダ、アイルランド、米国、日本)受賞理由:教師と生徒の退屈の体系的研究

授業において、教師が退屈を示したら、生徒も退屈するということは、誰でも知ってる当たり前のことだと思うかもしれませんが、実際にそれを実験してみたら、ちょっと意外な結果になりました。

この実験は、437人の生徒と17人の教師に協力してもらって、2週間日記をつけるという授業を行ない、教師の退屈度と生徒の退屈度を調べたというものです(※8)。すると、両者の間にさほど関係はなく、教師が退屈しても、生徒が退屈するとは限らないという、いささか予想外の結果が出ました。

読者のみなさんはこれまで何万時間と授業を受けたエキスパート生徒だと思われますが、この実験結果はその経験に反する気がするのではないでしょうか。経験によれば、教師の退屈は直ちに教室に伝染します。

この実験結果は、実は人間というものは他人が退屈しているかどうかを読み取る能力がさほど高くなく、生徒には教師の退屈が読み取れないことを意味するのかもしれません。私達の記憶にある、教師も生徒も退屈した教室の雰囲気は、実は自分の退屈した感覚の単なる反映だったのかもしれません。

※8:Katy Y.Y. Tam, Cyanea Y. S. Poon, Victoria K.Y. Hui, Christy Y. F. Wong, Vivian W.Y. Kwong, Gigi W.C. Yuen, Christian S. Chan, “Boredom Begets Boredom: An Experience Sampling Study on the Impact of Teacher Boredom on Student Boredom and Motivation,”British Journal of Educational Psychology, vol. 90, no. S1, June 2020, pp. 124-137.

上を向いて止まろう

イグノーベル心理学賞受賞者:Stanley Milgram, Leonard Bickman, and Lawrence Berkowitz(米国)受賞理由:道で上を向いて立っていると何人の通行人がつられて上を向くかという実験

スタンリー・ミルグラム(1933-1984)はアメリカの心理学者です。ミルグラムの最も有名な業績は、1960年代に行なわれた一連の心理学実験です。「アイヒマン実験」とも呼ばれるその実験は、権威ある人間に命令された人間は、他人を傷つけたり痛めつけたりするような倫理に反する行為でも、実行してしまうということを示したものです。

今年のイグノーベル賞を受賞した研究は、1969年のもので、何人もの人間が道でぽかんと上を向いて立っていると、どれくらいの通行人がそれに釣られるかを調べるという実験です(※9)。ミルグラムはこのたぐいの実験をいくつも行なって、人間がつい従ってしまう習性や、社会の暗黙のルールを調べて、人間の本性を明らかにしました。

ミルグラムの実験はどれもイグノーベル賞にふさわしいですが、1969年の研究にいま授与する理由は、特に説明がありませんでした。

※9:Stanley Milgram, Leonard Bickman, and Lawrence Berkowitz, “Note on the Drawing Power of Crowds of Different Size,” Journal of Personality and Social Psychology, vol. 13, no. 2, 1969, pp. 79-82.

嵐を呼ぶイワシ

イグノーベル物理学賞受賞者:Bieito Fernández Castro, Marian Peña, Enrique Nogueira, Miguel Gilcoto, Esperanza Broullón, Antonio Comesaña, Damien Bouffard, Alberto C. Naveira Garabato, Beatriz Mouriño-Carballido(スペイン、ガリシア、スイス、フランス、英国)受賞理由:イワシの性行動によって海水がどれほど撹拌されるかを測定

海水は絶えず撹拌され循環していて、それには乱流が大きな影響をおよぼしています。生物がどれほどそれに貢献しているのかはよく分かっていませんが、大したことはないだろうと考えられてきました。

この研究では、産卵のために集まったイワシが、センチメートルサイズの乱流を通常の10倍〜100倍にも激しくするということを観測で明らかにしました(※10)。生物による海水の撹拌への影響は、見直す必要があるでしょう。こういう、動物の性行動や生殖器に関する研究もイグノーベル賞の好物です。

※10:Bieito Fernández Castro, Marian Peña, Enrique Nogueira, Miguel Gilcoto, Esperanza Broullón, Antonio Comesaña, Damien Bouffard, Alberto C. Naveira Garabato, Beatriz Mouriño-Carballido, “Intense Upper Ocean Mixing Due to Large Aggregations of Spawning Fish,” Nature Geoscience, vol. 15, 2022, pp. 287–292.

講評

さてこれで、2023年イグノーベル賞の10本の受賞研究を全て紹介しました。愚かな政治に皮肉の意を込めて授与されることもあるイグノーベル賞ですが、今年受賞したのは全て(ある程度)真面目な研究でした。世相の反映かもしれません。(このごろ人騒がせな行動で批判を浴びている某富豪あたりに授与するくらいの批評性を個人的には期待しています。)

小谷 太郎

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