タバコの煙を吹きかけられた記憶。私自身も警戒する「差別」の意識

タバコの煙を吹きかけられた記憶。私自身も警戒する「差別」の意識

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2022/06/23
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初めて差別を受けた体験を思い出した、テレビのニュース

私が初めて差別を身近に感じたのは、大学時代、ハワイに行った時のことだった。

道端のベンチでコーヒーを飲んでいたところ、顔をしかめながら近づいてきた大柄な白人男性に、たばこの煙を吹きかけられた。彼は言葉を発するでもなく、でも明らかに嫌悪の表情を浮かべていて、突然のことにびっくりしたのと、ショックと恐怖で体が固まった。

彼の正確な意図は不明だが、恐らく私が初めて差別を受けた瞬間だったのだと認識している。私が日本人だからなのか、アジア人だったからなのか、女性だったからなのかは分からない。

でも誰かに、私の人となりではなく姿形だけで、見下してもいいと軽んじられた体験だったことは間違いない。

2020年に起きたジョージ・フロイド事件をテレビで観た時、その事の重大さは比べものにならないけど、ハワイでの出来事を反射的に思い出した。

ジョージ・フロイドさんは白人警官に無抵抗の状態で拘束され、首を過度に圧迫されたことにより死亡した。

そして彼はブラック(いわゆる黒人)だった。

「I can't breathe(息ができない)」と何度も何度も訴えながら、亡くなった。2014年にも、エリック・ガーナーさんが上記と類似した状態で亡くなっていて、これは氷山の一角にすぎない。

私は大学時代、ブラックによって大成されたファンクミュージックのバンド活動に励んでいて、卒論のテーマにするほどブラックカルチャーに夢中だった。だからより一層、このジョージ・フロイド事件は、私にとって衝撃的な出来事に感じられたのかもしれない。

障害を笑い、いじめたアイツらを許せず眠れぬ夜に、私は覚悟を決めた

無意識に差別をしてしまうのだとしたら、自分にも警戒が必要

そもそもブラック、黒人って何だろう。アジア人って何だろう。

私の肌の色や、彫りの深さ、体の大きさとか、たったそれだけで、私にはどんな価値が付くんだろう。

ジョージ・フロイドさんの肌の色が白かったら、髪が金髪だったら、あんな事件は起こらなかったんだろうか。それとも、白人の誰かが、日焼けした肌に、ブラックカルチャーをリスペクトした服装や髪型をしていたら、同じような事件は起こっただろうか。

世界のどこかに、日本人を嫌う人がいたら、私は同じように殺されるんだろうか。

殺される時、私はその人と初対面で、もしかしたらその人と好きな音楽や本の趣味が合っていたかもしれなくて、顔が見えないSNS上では友達になってたかもしれなくて、もし幼稚園で会っていたりしたら一緒に遊んでいたかもしれないのに。

もしかしたら、平和は大事とか言いながら人間は、本当は心のどこかで憎しみ合いたい欲求が渦巻いて、何か理由をつけていがみ合うものなのかもしれない。

差別されていい人間なんて、この世のどこを探したっていないと思う。

でも人は差別する。

今まで何千年も、差別は続いてきた。

ということは、多分私も、無意識に差別の意識を心のどこかに持っているのだろう。

自分だけはいい人なんてことはない、誰もが恐ろしい考えを心の中に持っていると私は思っている。

だから、いつも警戒していなければならない。自分の中のとんでもない恐ろしいものが、無意識に飛び出していないか?怒りまかせに発信してしまっていないか?いつも自分自身が自分のことをしっかり見張っていなければならない。

なぜなら、私はもうたばこの煙を吹きかけられたくないから。

「I can't breathe(息ができない)」と言いながら、誰かに死んで欲しくないから。

自分自身がいつの日か、誰かにたばこの煙を吹きかけたり、誰かを締め殺したりしたくないから。

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