北朝鮮マニアが「愛の不時着」を見たら、“金正恩が激怒したポイント”が分かった!

北朝鮮マニアが「愛の不時着」を見たら、“金正恩が激怒したポイント”が分かった!

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/08/02

日本に韓流ブームを再燃させた「愛の不時着」。軍事境界線を守る朝鮮人民軍大尉のリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)が、嵐の中、パラグライダーで非武装地帯に墜落したユン・セリ(ソン・イェジン)を救助、自宅にかくまって恋に落ちるストーリーに韓流ファンは夢中になっている。

【画像】セリが村の女性たちと飲んだ北ビールほか、北朝鮮グッズの写真を全て見る(13枚)

一方、日本にも少なくない筆者のような“朝流(北朝鮮)ファン”には、「ちょっと待てよ?」と口を挟みたくなるシーンも少なくない。マニアの目線で本作をみると、北朝鮮が激怒したというポイントも見えてきた。(全2回の1回目/#2へ続く)

(*以下の記事では、ドラマの内容が述べられていますのでご注意ください)

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「愛の不時着」の出演者。左からヒョンビン(リ・ジョンヒョク役)、ソン・イェジン(ユン・セリ役)、ソ・ジヘ(ソ・ダン役)、キム・ジョンヒョン(ク・スンジュン役) ©時事通信社

マニアも唸る「凝った小道具」

“朝流ファン”は、歌が好きな人、アニメが好きな人、軍装が好きな人、美女が好きな人、犬が好きな人など、専門分野が細分化される。筆者は、「北朝鮮グッズ」と呼ばれる軽工業品と加工食品のマニアなので、ドラマ序盤から中盤にかけ、軍事境界線近くにあるチャンマダン(市場)で取引される北朝鮮っぽい小道具に惹き付けられた。

第4話に、ジョンヒョクがセリのために市場でコーヒー豆を探すシーンがある。一瞬だが、店先には「光明」「タンポポ」といった銘柄のタバコが映り込む。これは正真正銘の北朝鮮タバコ。そばにある袋入りのインスタントコーヒーも本場のモノっぽい。わずか数秒のシーンに北朝鮮グッズを紛れ込ますとは、マニアを唸らす凝った演出といえよう。

「南町の棒コーヒー」をなぜ勧めたのか

この屋台のシーンで、店員はジョンヒョクに「南町の棒コーヒーならあります」と答える。「棒コーヒー」とは、南町=韓国の飲食店や一般家庭ならどこにでもあるスティック状のインスタントコーヒーを指している。

実は「棒コーヒー」、すでに北朝鮮国内でも生産されている。わざわざコストのかかる「南町の棒コーヒー」を勧めるのは違和感があったが、「北のコーヒーは不味い」という内部情報もある。ひょっとしてお店の人はそこに気を遣って、味のいい「南町の棒コーヒー」を勧めたのかもしれない。

同じ市場で、ジョンヒョクがシャンプーを買い求めるシーンや、セリが村の女性たちと化粧品を品定めするシーンもあるが、いずれも店主は机の下に隠してある南町=韓国のモノを勧める。

別に北の肩を持つワケではないが、化粧品やシャンプーは、わりと北朝鮮の国産品も品質が良い。金正恩党委員長が頻繁にこれらを生産する化粧品工場を現地指導するたまものかもしれない。北朝鮮の「人参クリーム」や「シャンプー」の空容器が、漂着ゴミとして日本に流れ着いたのを筆者は確認している。

漂着ゴミとして日本に流れ着くということは相当、人民に普及している証左だ。すべてにおいて「南町」製品が優位というドラマの設定は、現在の北朝鮮では幻想でしかないだろう。軽工業品の生産はここ数年で急増しており、それ以前に脱北した人の証言がドラマに反映されているのかもしれない。

北朝鮮ビールは「サイズに注目」

第5話では、大佐の妻であるマ・ヨンエ(キム・ジョンナン)はじめ村の女性たちがジョンヒョクの家に押しかけ、つまみの干しダラと缶ビールで女子会を楽しむ。

続いてセリとジョンヒョク、さらに韓国から北へ逃亡してきたク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)が、開城駅から平壌駅まで列車移動する。

食堂車でくつろぐスンジュンは、瓶ビールをありったけ注文する。ともに銘柄は平壌に工場のある「大同江(テドンガン)ビール」だ。中国に輸出するほどの品質で、女子会のシーンでは缶(350ミリリットル)、列車の中のスンジュンは小瓶の大同江ビールを飲んでいる。

だが実際は、大同江ビールは大瓶が基本とされる。小瓶は輸出用に回されているのだ。近年発売された缶ビールも普及しつつあるが、やはり大きな500ミリリットルが一般的で、350ミリリットルの缶ビールはあまり市場に出回っていない。理由は単純で、北朝鮮は酒が強い人が多く、しかもビールは現地で水と同じようにガブガブ飲まれるため、小さいサイズは需要が低いのだ。また、缶は使い捨てのため製造コストがかかる。北朝鮮ではリサイクルできる瓶の方が、メーカー、消費者ともにメリットが大きい。

ちなみに筆者は今年6月、大同江の「生ビール」ペットボトル(1・25リットル)の漂着を確認している。ビールは大容量で「生」重視の時代に移行しつつある。

炭酸ジュースは「情報が古い」

さて、列車の車内販売でセリは炭酸ジュース、ジョンヒョクはミネラルウォーターを注文する。炭酸ジュースは、北朝鮮に現存するソンフン食料工場の「桃の香り炭酸ジュース」のデザインを少しだけ加工した商品が使われている。

第4話のスンジュンがキジを狩るシーン、第8話のダンの母親コ・ミョンウン(チャン・ヘジン)が第5中隊をもてなすシーンにも、同じ「桃の香り炭酸ジュース」が出現する。どうも「愛の不時着」の小道具さんが、ソフトドリンクを1種類しか作らなかったようだが、北朝鮮には数え切れないほどの種類のソフトドリンクが存在している。

ちなみに、このドラマに登場する「桃の香り炭酸ジュース」のラベルにある商品名は青字だが、現在、北朝鮮国内で流通するバージョンは赤字になっている。これは、近年見つけた漂流物で新バージョンを当方が採集して判明した。

北では軽工業や食品工場が各地で群雄割拠しており、商品販売も競争になっている。ゆえにラベルも年々、消費者に受けるよう更新されているのが今の北朝鮮社会だ。「情報が古いな」と、ドラマを見ながら悦に入ってしまった。

北朝鮮が“激怒”した理由を考える

北朝鮮はいま「愛の不時着」に対し、本気で怒っている。韓国向けの宣伝サイト「我が民族同士」は3月4日、「絶対に容認できない極悪非道な挑発行為」と題した論評を発表した。

論評では、「最近、南朝鮮(韓国)当局と映画製作会社が、虚偽と捏造に満ちた荒唐無稽で不純極まりない反共和国映画とテレビ劇を流し、謀略宣伝に積極的に力を入れている」とし、延々と批判を展開している。具体的な作品名は出していなくても「愛の不時着」を指していることは明らかなのだが、激怒した対象シーンは指摘していない。

ただ、気にかかる一節がある。

「いくら《虚構と想像》が許される映画やテレビ劇(ドラマ)だとしても、正道があり、分別がなければならないものだ」

つまり、北朝鮮にとって「愛の不時着」は邪道だというわけだ。筆者なりに推測すれば、ここまで見て来たように、韓国製品に人民が群がるといった「北にはモノがない」「北は貧乏くさい」という演出が各所にちりばめられていることが、彼らが「邪道」と断じる最大の理由ではないか。実態とは異なる北朝鮮像が演出されているというわけだ。

確かに、筆者も「これは……」と思ったシーンは多数あるので、いくつか挙げておく。

第2話で、逃走したセリがたどり着いた北朝鮮側の村では、子どもたちが虫網の外枠を持ち、軒下の蜘蛛の巣をくぐらせる。金属の外枠に付いた蜘蛛の巣を網の代わりにして、トンボを捕まえるというものだ。いくら経済制裁が続いていても虫網ぐらいある……。

停電もネタにされているが、ドラマのように人民が自転車で発電していることはなく、自分で太陽光パネルを買ってしのいでいる人も多い。断水はするが、水が出る時に大きな桶にくみ置きし、風呂に入る時のお湯は、電流棒という電熱線を巻いた特殊なアイテムで熱くして使う。

近年、脱北自体が難しくなっており、韓国にいる脱北者は“古い北朝鮮”を証言しているのかもしれない。ドラマを見て「これが今の北朝鮮のすべてだと思うなよ」と、朝流ファンから韓流ファンに釘を刺しておきたい。

(金 正太郎/Webオリジナル(特集班))

金 正太郎

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